24.古の旅人の行く手には(1)-ソータside-
暁がテスラに旅立ってから、5日。
何気なく窓の外を見ると、一頭の飛龍が凄いスピードで飛んで行くのが見えた。
「え……夜斗!?」
俺は自分の目を疑った。
あれは……サンだ。夜斗以外にも何人かを乗せている。
でも、何で……。暁はどうした?
「ヤト……さん?」
水那がよろよろとよろめきながら窓の方に歩いてくる。受け止めると、俺は水那を抱え上げた。
「暁くん……じゃなくて?」
「ああ。テスラで何かあったのかもしれない。行くぞ」
「ええ」
部屋の外に出ると、俺は神官に伝えて夜斗を迎えに行くように頼んだ。そのあと急いで、神殿の間に向かう。
俺が神殿の間の前に着いたのと、夜斗が三人の神官らしき人間を引き連れてきたのがちょうど同時だった。
「ソータさん……」
「暁は?」
「それは……ちょっと。まあ、とにかく……」
「……わかった」
俺は扉の傍に控えていた神官に向き直ると、
「テスラの使者だ。ネイアに会わせてくれ」
と伝えた。
神官は頷くと中に入り……しばらくして、扉がゆっくりと開いた。
俺達が中に入ると、扉はぴたりと閉じられた。
「……エルトラ王宮の武官、ヤトゥーイ=フィラ=ピュルヴィケンと申します」
夜斗は跪くと、ネイアに深く頭を下げた。
「……話には聞いている。わらわがヤハトラの巫女、ネイアだ」
「エルトラ王宮の治療師を連れてきました。それと……これはフェルポッドです。早く、朝日に……」
「承知した」
ネイアは頷くと、控えていた神官に合図をした。扉が再び開き、治療師たちが荷物を持って外に出て行った。
彼らを見送り、神殿内が再び三人きりになると――ネイアはおもむろに口を開いた。
「……暁はどうした?」
「そのことも、含め……大事な話が……」
そう言うと、夜斗はひどく沈痛な面持ちになった。
ネイアは夜斗に顔を上げるように言うと、傍にある椅子を勧めた。
腰かけると、夜斗はゆっくりと話し始めた。
俺たちがジャスラに向かったあと、ヨハネが飛龍と共に姿を消したこと。
三日後、瀕死の状態で見つかった浄化者の記憶から、ヨハネが闇にとり憑かれたことがわかったこと。
フィラとエルトラで厳戒態勢を敷いていた中、暁が帰って来たこと。
暁に頼んで、フィラに
そして……不意を突かれて、暁がヨハネに殺されそうになったこと。
「何と……!」
「暁は無事なのか?」
「怪我そのものはすぐに治したが、精神的にかなりショックを受けていた。何が起こったか知りたかったが、暁に拒絶されて視えなかった。わかったのはヨハネにやられた、ということだけ」
「……」
「とりあえず、暁はミュービュリに帰した。一番安全だからな」
「よく暁がうんと言ったな……」
「何故かすんなり頷いた。ヨハネに何を言われたのか知らないが、俺はいない方がいいかもしれない、と呟いていたから……」
夜斗はそう言うと、悔しそうな顔をしていた。
大事な暁が、身体だけでなく精神的にも傷つけられて……それを救うことができないのが、歯痒いのかもしれない。
「……とにかく、テスラでは守りきれる自信がなかった。ヤハトラなら安全だから、落ち着いたら朝日やユウに会いに行け、とは言ってある」
そう言うと、夜斗は自分の荷物から一つのフェルポッドと分厚い本を取り出した。本にはところどころ血がこびりついて変色しており、ドキッとする。
「それは?」
「暁が先代女王のフレイヤ様からもらったフェルティガと、ユウの書いた本だ。どうしても渡したかったらしいから、これは、俺から直接……」
「……」
「とにかく、ヨハネが何をしようとしているのか分からない。どこから忍び込むかもわからないから、手分けして見張ってはいるが……」
「わかった。とりあえず、テスラに行く。キエラ要塞に用があるんだ」
「……え?」
今度は俺の方から、女神ジャスラの話をした。
女神ジャスラも危機を感じていて……そのためには
「……そうか。女神に関しては直接ソータさんから女王に報告するべきだろうな。じゃあ俺は一足先に帰って、ソータさんが戻ってくることやキエラ要塞に立ち入ることだけは女王に伝えておく。ソータさんは飛龍が苦手だろう? 廻龍で来てくれればいい」
「え、でも緊急事態だろ? 急ぐんじゃないのか?」
飛龍は苦手だが、こういう事態なら「速いのは怖い」なんて我儘は言わないぞ、さすがに。
「飛龍の扱いについてはヨハネの方が上なんだ。サンは特別だけど……用心に越したことはない。操られることのないように、最大限の速さで飛ぶことになる。多分ソータさんはもたないし……ミズナさんに無理をさせる訳にはいかない。多少時間がかかっても、海の中を進む廻龍の方が安全なんだ」
「それならヤトゥーイよ……。シャロットをウルスラに送ってやってはくれぬか」
ネイアが口を挟んだ。
「シャロット王女?」
「うむ。シャロットにはシルヴァーナ女王に話を通してもらわねばならぬし、頼みたいことがあるのだ」
「頼みたいこと……?」
シャロットはここ数日、ヤハトラの治療師と共に朝日に付いていた。
二人のフェルティガの状態を視るためと、ミジェルの話し相手だ。
声でフェルティガを放つミジェルだが、独りで喋り続けるのも難しいだろうと、ずっと二人で朝日に寄り添っていた。
すると水那が、テスラの子守唄をミジェルに教えた。水那が赤ん坊だったトーマに歌ってやっていた、懐かしい歌だった。
朝日はあれから一度も目を覚ましていないが、ミジェルが子守唄を歌ったときだけは少し微笑んだ。
ミジェルの祈りが、朝日にもお腹の子供にも届いているのかもしれない。
ユウは一度、目を開けた。そして、自分の左手が朝日の右手に繋がれていることを確認すると安心したようだ。
治療師から説明すると、納得し――すぐに眠ってしまった。
シャロットはそんな二人に微笑んで……そして少し淋しそうに見ていたが……。
「ソータはフェルティガエではないから、別行動の場合にヤトゥーイと連絡を取り合うことはできないであろう。ミズナもフェルティガエとしてはあまり強い力は持っておらぬし、今は無理もさせられぬ。しかしこれは、パラリュス全体に関わる大事なことだ。三つの国すべてで、連携して行わねばならぬ」
「それは……」
「視る力に長けるシャロットと、絶大な力を持つシルヴァーナ女王に、間に入ってもらう」
「……間に?」
「そうだ。シャロットならば頭の回転が早く、機転も利く。各国を視ることで、何が必要か、誰に連絡しなければならないか、瞬時に判断できるだろう。調整役には適任だ。ミュービュリにいるアキラとも連絡が取れるしな」
「そこまでシャロットを買う理由は何だ?」
「……これだ」
そう言うと、ネイアは机の上に置いてあった紙の束を指差した。
「何だ、それ?」
「シャロットがウルスラで開けた、次元の穴の記録だ」
「穴を開けたぁ?」
「そうだ」
頷くと、ネイアはそのうちの一つを手に取り、紙の束をパラパラとめくった。
「やったことは褒められたことではないが……研究としては素晴らしい内容だった。正直なところを言えば、ヤハトラでも今後大いに役立つと思う。……それに、シャロットのフェルティガエとしての能力も大したものだ。次元の穴の揺らぎで場所を特定し、その奥のミュービュリを視る――そんなことができる人間は、そうはいない」
「……」
「ジャスラの人間では他国まで覗くことはできん。フィラにもいないのではないか?」
ネイアの言葉に、夜斗はちょっと考え込んだ。
「そうですね……そもそも、他国の存在自体、知らないので……。知ってても、可能かどうか……」
「そうなんだ……」
「それと……フェルティガエの通信だが、何も媒介せずに各国を跨げる人間は、殆どいない。アサヒとアキラ……それと、シルヴァーナ女王ぐらいであろうな」
「つまり、シャロットとシルヴァーナ女王に中継役を頼む、ということか?」
「そうだ。闇は恐らく、ウルスラには近付かん。シルヴァーナ女王がいるからな」
ネイアは自信たっぷりな様子で断言した。
シルヴァーナ女王がとてつもない力を持っている、ということは知っている。
だが、それほどなのか? 闇が避けるほど?
フェルティガエでない俺にはいまいちピンとこないのだが、夜斗は「確かに……」と呟き、頷いている。
俺が納得していないことがわかったのか、ネイアは
「ウルスラでは各国にフェルティガエの詰所を設け、密かに管理しているという話ではなかったか?」
と俺に問いかけてきた。
「ああ……前の、
「ウルスラに異変が起きれば、シルヴァーナ女王の耳にすぐ入る。それだけの体制が整えられている。封印はできずとも、結界を張って身動きできなくすることぐらいは可能だろう……女王ならば」
「多分……」
「どうやら今回、奴はかなり慎重に動いている。わざわざ危険に身を晒すことはあるまい。つまり、ウルスラは今のところかなり安全な場所だということだ。シャロットが戻っても問題はないだろう」
「……なるほどな」
俺が頷くと、夜斗はすっと立ち上がった。深くお辞儀をする。
「いろいろ知恵を授けて下さり、ありがとうございます」
「何を……テスラのミリヤ女王にも、わらわが礼を言っていたと伝えてほしい。王宮治療師を寄こしてくれるとは……」
そう言うと、ネイアはホッと一息ついた。心の底から安堵したようだ。
朝日とユウの状態は、それほど危うかったのか……。
「とりあえず、朝日とユウディエンの部屋へ案内しよう。ちょうどシャロットもおるからの」
* * *
扉の外に控えていた神官の案内で、俺と夜斗は朝日とユウが眠っている部屋に向かった。
中に入ると……テスラの治療師がベッドを取り囲み、何やら手を翳していた。
シャロットとミジェルは、少し離れた場所で心配そうに見守っている。
「……どんな様子だ?」
二人に近付いて小声で聞くと、シャロットは
「あ、ソータさん」
と言って、ちょっとホッとしたような顔をした。
「十分なフェルティガは与えられていたみたいで、今のところ問題ないみたい。後は、王宮治療師の指示に従って調整していく感じだって」
隣にいたミジェルは頷くと、そっと俺の手を握った。
――私……お役に立てたみたいで、よかったです。
「そりゃ、そうよ。ミジェルがいてくれたから……」
そう言うと、シャロットは少し複雑な顔をした。
ずっと黙って見ているしかなかったのが、思いのほか辛かったのかもしれない。
「このペースでこれから1か月もの間フェルティガを賄うのは、ちょっと厳しいところだったの。だから王宮治療師の方々が来てくれて、本当によかった。ヤハトラのフェルティガエだけでは賄いきれないかと危惧していたところだったから……」
「……そっか」
頷く俺の後ろから、夜斗がすっと歩み出て朝日とユウに近づいた。
持っていたフェルポッドと本を、傍らの机に置く。
そして、寄り添って眠るユウと朝日の額にそっと手をやると
「……まったく、お前らは……本当に……」
と呟いた。
その言葉に、朝日が「ん……」と少し唸って身じろぎした。
三人の――長い、長い付き合いと――深い繋がりを感じさせた。
夜斗はちょっと溜息をつくと、フェルポッドを手にとり、蓋を開けた。
俺にはよくわからなかったが……その場にいた全員が息を呑んだ。驚きの声を上げそうになり、口を押えている。
どうやら、凄まじい量のフェルティガだったらしい。
それを受け止めた朝日の瞼が、ぴくりと震えた。
「……フレ……イヤ……様……?」
「……ああ」
起きたのかは分からないが、朝日の言葉に夜斗が返事をする。
「……あき……ら……」
そう呟くと、朝日は再び眠ってしまった。
夜斗はちょっと肩を震わせたが……そのまま黙って、二人を見守っていた。
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