23.託宣の神子の宿命(3)-暁side-

 北の塔から出て長い廊下を渡り、中庭に出る。

 すると離れたところにいた一人の兵士が、ひゅっと物凄い速さで俺のところに飛んできた。フェルティガエのようだ。


「アキラ様、ヤトゥーイ様から伝言です。しばらく王宮内の部屋で休息しているように、とのことです」

「あ……はい」


 そっか……。確かに、絶対障壁シイヴェリュを張ってちょっと疲れたかも。


「サンは?」

「念のためヤトゥーイ様が隠蔽カバーをされていました。だから姿は見えませんが、この近くにはいると思います」

隠蔽カバー……何で?」

「それはちょっと……」


 兵士は急に口ごもる。


 そう言えば、どうしてこんな厳戒態勢になっているのか、俺は聞いていない。

 でも、この人に聞いても駄目なんだろうな。何か口止めされてるみたいだし。

 俺も朝日とユウのことでいっぱいいっぱいだし……夜斗兄は俺を煩わせたくないって思ってるのかもな……。

 夜斗兄って結構、先に先にと手を打つタイプだし。俺が勝手に出かけないように、サンを隠蔽カバーしたのかも。


 まぁ、でも実際のところ俺はすぐにジャスラに戻るつもりだったから、テスラの状況を聞いても仕方がないか。

 あ、でも絶対、闇に関係することだよな。ソータさんには知らせた方がいいんじゃないかな。

 やっぱり、後で夜斗兄に聞かなくちゃ。


「ふうん……。ま、いいや。じゃ、ありがとう」

「いえ。……あっ、どちらへ?」


 王宮の中ではなく外に向かおうとした俺を見て、見張りの兵士が慌てて引き止めた。


「ちょっと……散歩」

「お願いですから、王宮の外には行かないでくださいね!」


 見張りの人は持ち場を離れることができないのだろう。

 外をチラチラ気にしながら、俺を心配そうに見ている。


「……何で?」

「どうしても、です」

「……わかった」


 俺が頷くと、見張りの兵士は会釈をして元の場所に飛んで行った。

 中庭をてくてく歩くと、少し離れた西の塔に向かった。

 儀式に使う場所だとかで全然行ったことがなかったし、どんな風になってるのか見たかったからだ。


 中に入ってみると……真ん中に大きな祭壇があって、がらんどうになっていた。

 上を見上げると、高い天井の脇に小さな足場とドアがある。

 案外つまらなかったので、すぐに外に出た。


 そう言えばこっちはヤンルバの方向だよな、と思って裏に回ってみた。

 だけど樹が邪魔で、よく見えない。下を見ると、地面からは結構な高さだった。


 見上げると、西の塔の裏側は途中から階段のようなものがついていて、てっぺんまで登れるようになっていた。

 でも階段までの足場が全くないから、普通の人間には無理だな。儀式のときにフェルティガエが昇るための階段なのかも。

 さっきの兵士の真似をすれば、昇れそう……。上に行ったら、ヤンルバも見えるかな。


 俺は意識を集中すると、足に力を溜めて思い切りジャンプした。塔の壁を足場代わりにして、階段に着地する。

 それでも、踏み外したら王宮の外に真っ逆さまだ。一歩一歩、注意しながら、慎重に階段を昇った。


「はあっ……よいしょっと!」


 目的の、塔のてっぺんに到着した。

 王宮の中庭を見下ろすと、兵士たちがキエラ要塞や王宮の周辺を注意深く見張っている。

 その中の一人――さっき俺に夜斗兄の伝言を伝えてくれた兵士が、俺に気づいて少し慌てていた。

 大丈夫だから、という意味で手を振ると困ったように溜息をついている。


 俺は顔をひっこめると、反対側の――ヤンルバの方を見た。辺り一面、雪景色だ。小さな村が点々とある。

 どうやら村にも、兵士が見張りとして駐在しているみたいだった。


 本当に、まるで戦争中みたいだ。昔のエルトラとキエラの戦争のときも、ずっとこんな感じだったのかな……。

 左の方にはヤンルバがある。でも、いつもは何頭か戯れているはずの飛龍が一頭もいない。


「……何でだろう」


 全部、外に出かけてるのかな。それにしちゃ、空にも一頭も見かけないけど。


「……ま、いっか」


 俺はその場に座ると、鞄からユウの本を取り出した。

 冬の冷たい風が、俺の頬を掠める。力を使ってちょっと興奮してたから、静めるのにちょうどいい。気持ちいいな。


 パラリとめくると、最初は俺も習った基礎の修業についてだった。きっと、この本の順に習得していくように、といういわゆる指南書になってるんだな。


 そうだ……ちょっと落ち着こう。


 本に書いてあることをイメージして……深呼吸する。

 本の文字がユウの声になって、俺に教えてくれている気がする。

 弟と妹ができたら、俺が教えてやらないと駄目だもんな。


「――!」


 急に、ゾワリとした空気が伝わってくる。

 俺は咄嗟に立ち上がり、振り向いた。

 その瞬間――右の脇腹に激痛が走る。


「ぐっ……!」


 思わず脇腹を押さえた。グラリと身体が揺れる。何が起こったか分からない。

 左手に持っていた本が落ちそうになり、慌てて両手で抱え直す。

 その右手が、真っ赤に染まっていた。


「な……!」


 その瞬間、ゾワリとした気配が再び近付く。


 ――これは、闇だ……!


 俺は咄嗟に、血まみれの右手を向けた。

 浄化の力をぶつけようとして……。


「――やめてくれ、アキラ! 僕だよ!」


 急に戸惑ったような声が聞こえて、思わず右手を引っ込めた。

 だって……それは、ヨハネの声だったから。


「ヨハネ……?」


 脇腹の痛みがじわじわとぶり返してきた。立っていられなくなって、ガクリと膝をつく。

 どうしてこんなことになったのかよく分からないが、右側の下半身が血塗れだ。


「……そう」


 蹲っている俺の目の前に、誰かの足がすうっと現れた。きっとヨハネで間違いないだろう。

 足元から徐々に視線を上げる。

 だらりと下げられた右手には、血塗れのナイフが握られていた。


「え……?」


 驚いてバッと顔を上げると、歪な笑顔を浮かべているヨハネと目が合った。


 ヨハネが、俺を刺したのか……?

 え……?


 ショックと痛みで、意識が朦朧とする。

 だけど、ヨハネの右肩が闇で真っ黒になっているのが目に飛び込んできて、俺の意識は急に覚醒した。


「ヨハネ、闇に……!」


 左手を振り上げて浄化しようとしたが、ヨハネに思い切り蹴られる。


「ぐあっ!」


 思い切り後頭部を床に打ちつける。いろいろな痛みでジンジンする。


「やめてくれって。……僕を殺したいの?」

「な、何を……」


 痛む頭を押さえながら上半身を起こす。

 ヨハネは相変わらずイヤな笑みを浮かべ、俺を蔑むように見下ろしている。


「僕はデュークと一つになったんだ。アキラが浄化したら、僕も死ぬよ?」

「……な……」


 何を言っているかわからない。デューク?


「アキラがさ、僕がいない間にフィラに余計なことをしてくれたおかげで、計画が大幅に狂ったよ」


 ヨハネが困ったような顔をした。

 普通でないその表情に、背筋にゾッと寒気が走る。


「アキラを殺せば、消えるかなと思ってさ」

「俺を、殺す……?」


 ……ヨハネが?

 ヨハネが、俺を?


「そんな、まさか……だって……」


 友達だったんじゃ……ないのか?

 いつも一緒に居た訳じゃないけど……でも、友達だったよな?


 ヨハネは俺を見て……そして俺の脇腹を見ると、ふっと不敵に微笑んだ。


「僕は……ずっとアキラが目障りだったよ」

「な……」

「フィラの三家の直系なのにさ……外で自由に過ごしててさ。ヤトゥーイさんにも可愛がられて。王宮の人間も、アキラだけは特別扱いでさ」

「……え……」


 ヨハネは……そんなことを思ってたのか? 俺が……目障りだって?

 ずっと? ずっと、昔から?


 脇腹から、刺された痛みとは違う痛みが広がっていく。


「友達、じゃ……」

「……友達? 何それ?」


 ヨハネが腹を抱えて笑い出した。痛みがどんどん強くなる。

 ヨハネは俺をチラリとみると、満足そうに微笑んだ。


「特別なアキラを憎んでただけだよ」

「……」


 鈍器で頭を殴られたようだった。ヨハネの声がわんわん頭の中で響いて、何も考えられない。

 ヨハネがニヤリと笑う。心の底から楽しそうに。


「でも、それって……アキラが特別なのって、アキラが託宣の神子みこ、だからだよね? 僕が力を得て特別な存在になれば、みんなの見る目も変わるかなってさ」

「な……」


 何を、馬鹿な、ことを……――!


「ヨハ、ネぇ――!」


 俺は思わず叫んだ。その声と共に、俺の中のフェルティガが猛然とヨハネに襲いかかる。

 だが、それは……ヨハネの右腕を少し掠めただけだった。まだ闇はヨハネの身体に纏わりついている。

 ヨハネは一瞬だけ顔を歪めると、ひらりと後ろに飛んで宙に浮いた。


「だから、浄化するなよ。……くそっ、逆効果だったかな。かなり……削られた」


 ヨハネは舌打ちをすると、ギロリと俺を睨んだ。ちょっと息が上がっている。


「……やっぱりアキラは目障りだ」

「ヨハネ……」

「次に会ったときには……しっかり殺してあげるよ」


 そう言うと、ヨハネはそのまま姿を消した。ゾワリとした気配が遠ざかる……。


「ぐうっ……」


 脇腹が痛い。でも……それ以上に、心が痛い。


 俺のせいなのか? ヨハネが闇に囚われたのは……俺のせい?

 何で? だって、俺は……。


 考えが纏まらない。意識が、朦朧として……。

 俺はゆっくりと後ろに倒れ込んだ。その右手に……何かが触れる。

 ――ユウの本だった。


「あ……」


 俺には……やらないといけないことが……。

 ジャスラに……フレイヤ様のフェルティガを……治療師も連れて行って……ユウに、この本を渡して……。

 ――ユウ。……朝日。俺……俺が、助けないと……。


「――暁ぁ!」


 遠くから……夜斗兄の声が……聞こえる。

 いつも……俺を可愛がってくれる……大好きな……。


 ねぇ、夜斗兄……。

 ヨハネ、俺のこと憎んでたんだって。

 俺……テスラに来なければ、よかったのかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る