10.少しずつ変わってゆく(1)-暁side-

 ミジェルを紹介されてから二日間。

 俺とシャロットとミジェルとレジェルさんは、ヤハトラの神殿の中でも比較的大きな部屋に集まって一緒に修業をした。


 朝日は、相変わらず引き籠ったままだ。

 ネイア様が心配していたので、

「朝日にしかできない治療をしているから」

とだけ説明しておいた。


 ちなみに、ソータさんの姿も全然見かけなかった。

 水那さんはもう目覚めたらしいんだけど、身体の自由がきかないからずっと傍についているらしい。


「やっぱり一度、吐き出した方がいい気がする。アキラが言っていた、海に向かってバカヤロー作戦をやってみようよ」


 そして三日目。シャロットがバーンと勢いよく俺の部屋の扉を開けて飛び込んできた。

 ノックぐらいしろ、とは思うけど、ずっとミジェルについて考えていて居ても立ってもいられなくなったのだろう。


「ああ……確かにね」


 ミジェルは確かに修行を頑張ろうとしていた。

 でも集中しようとすると、どうしても発現したときの光景が蘇って来て、恐怖心が拭いきれないらしい。


「でもさ。威力によるって言ってなかったか?」

「そうなの。大量に生き物が死んだりして、海の生態系を狂わせたら困るし。そうすると、ハールの国やひいてはジャスラ全体、パラリュス全体に悪影響を与えるかもしれないし……」


 また何か小難しいことを言い出したな。


「……海のことなら、ヴォダかなあ……」


 そう呟いたとき、開きっぱなしだった扉からトーマさんが顔を出した。


『暁? ……あ、シャロットも。今、取り込み中か?』

『ううん。どうしたの?』

『俺、今日帰るからさ。掘削ホールを頼もうかと……』

『えー、トーマ兄ちゃん、もう帰っちゃうの?』


 シャロットが不満げな声を出した。


『オレ達と遊ぼうよ。今ちょうど海に行く話をしてて……』

『悪いけど、また今度な。今から父さんと母さんに挨拶して……』

『あ、じゃあ、俺も行っていい? ソータさんに頼みたいことがあるんだけど』


 俺は立ち上がると、シャロットの腕を引っ張った。


『シャロットも我儘言ってないで、付き合え』

『んー……』


 シャロットはまだ不満そうだったけど、渋々頷いた。


 俺達はトーマさんと一緒にソータさんと水那さんがいる部屋に行った。

 水那さんは、茶色い長い髪の、色白で華奢な、凄く繊細な感じがする人で……ソータさんがずっと閉じ込めておきたいぐらい大事にしてるんだな、と思った。


 ソータさんがヴォダを呼んでくれるということだったので、俺達はちょっとワクワクしながら部屋を出た。


『トーマ兄ちゃん、やっぱり帰っちゃうんだ……』


 シャロットが残念そうな声を上げる。


『学校が始まるからな。……暁、頼む』

『うん』


 フェルポッドを開ける。その場に次元の穴が開いたけど、これは俺の部屋に繋がる穴なので、意味がない。

 ……しばらくすると、穴が徐々に閉じていった。


『じゃ……行くよ』


 俺は拳を握りしめると、空間を叩いた。その場に真っ黒い穴が開く。

 トーマさんの家の和室を思い浮かべたから、そこに繋がっているはずだ。


『じゃあな。シャロットも、もう少し大人になれよー』


 トーマさんはそんな捨て台詞を吐いて穴に飛び込んだ。


『どういう意味だよ、トーマ兄ちゃん!』


 シャロットが少し赤くなって叫んだけど……多分、トーマさんには聞こえなかったに違いない。


「さーてと……それじゃ、ミジェルの所に行くか」


 フェルポッドに新たに掘削ホールを入れて蓋を閉めながら言うと、シャロットは急に「あっ!」という声を上げた。


「何だよ」

「フェルポッド。ミジェルが叫びたくなったとき、フェルポッドに溜めるってのはどう?」

「あー……」


 俺は手元のフェルポッドをまじまじと見た。


「いいけど……溜めたそれ、どうするんだ? 蓋を開けたらすぐに発動するのに」

「あ、そっか……」

「まあ、とにかくどれぐらいの威力か見ないとわからないよな。確か朝日が何個か持ってきてたはずだから、取ってくるよ」

「うん。じゃあ、私はミジェルを呼んでくる。ヤハトラの入り口で待ち合わせね」

「ああ」


 シャロットは手を振ると、嬉しそうに駆け出した。

 俺は自分の部屋に戻ると、預かっていた朝日の鞄から、フェルポッドを2個取り出した。


 そうだ……ミジェルのフェルティガ、これに溜めて朝日に渡せばいいかも。

 ユウの老化は、フェルティガの喪失だって言ってた。

 きっと、自分のフェルを渡すためにユウにかかりきりになってるんだろうけど、そのうち朝日のフェルティガだけじゃ足りなくなるかもしれない。

 ただでさえ浄化の補佐で大量に消費した訳だし……。

 朝日なら、それがどんな性質だろうが、吸収して自分のものにしてしまう訳だから。闇でさえなければ、危険はないはずだ。


 そう心に決めると、俺は2個のフェルポッドを袋に入れ、それを背負って部屋を出た。


   * * *


 ヤハトラの入口に行くと、ミジェルとレジェルさんがシャロットと一緒に待っていた。

 シャロットはあのワンピースではなく、前によく着ていた神官服に着替えている。


「……何で?」

「だって汚したくないもの。海に入るんでしょう?」

「ヴォダの周りはいわゆる障壁シールドが施されてるから、濡れないし話もできるよ」

「でも、念のため。だって、私……」


 何か言いかけたが、シャロットはぶんぶんと首を横に振った。


「ま、とにかく行こう!」

「うん。……じゃ、お願いします」


 入口に控えていた神官にお願いする。

 すると……ふわりとした浮遊感を感じたのも束の間、あっという間に外に出ていた。


 口笛を吹く。

 すると、海の方からサンが「キュウゥー」と鳴きながら飛んできた。


「サン! 淋しくなかったか?」

「キュウゥ……キュッ」

「……何て言ってるの?」

「俺はユウみたいにはっきりとはわからないけど……とにかく、元気に過ごしてたみたい。ヴォダと一緒にいたからかな」

「ふうん」


 レジェルさんは律義に「よろしくお願いします」とサンに挨拶をしていた。

 隣のミジェルは、目をまんまるにしてサンを見上げている。


「びっくりした? でも、怖くないよ」

「………………」


 ミジェルは俺の手を握ると、急にソワソワし出した。


 ――本でしか知らなかった神獣、飛龍が目の前にいて……すごく感動してるの。

「神獣……じゃあ、今から廻龍かいりゅうにも会えるよ」

 ――廻龍も!? すごい!

「ソータさんによると、まだ子供だから小さいらしいけど。それでも俺から見れば十分大きいかな」


 そう言うと、俺はミジェルを抱え上げた。


「……っ……」


 声を出しかけて、ミジェルが慌てて両手で自分の口を押さえる。


「あ、ごめん。ミジェルは小さいから自力でサンに乗れないと思って……」

「……」


 ミジェルは首を横に振ると、ちょっと赤くなっていた。


「あ、小さいは余計だった? ごめん」


 小さいって言うと、朝日はよく赤くなって怒るんだよな。

 そのことを思い出して、俺はミジェルに謝った。


「……」


 ミジェルは再び首を横に振った。……声は聞こえてこない。

 とりあえず怒ってる訳ではなさそうだったので、俺はそのままサンの背中に飛び乗った。


「よいしょっと。……あれ? レジェルさん?」


 ミジェルをサンの背中に下ろしてから下を見ると、レジェルさんが顔面蒼白になってオロオロしていた。


「よく考えたら……飛龍って、空を飛ぶのよね?」

「そりゃ、まあ……」

「海に行くんじゃなかったの?」

「そうです。とりあえずサンにヴォダのところまで連れて行ってもらおうと思って……」

「……」


 レジェルさんは真っ青になると、手をぶんぶん振り回しながら

「ごめんなさい……私、無理」

と言って後ずさった。


「へ?」

「高い所……駄目なの。――ミジェル、私がいなくても、もう大丈夫よね?」


 すでにサンに乗っているミジェルに声をかける。ミジェルはちょっと考え込むと

「……姉さまが一緒が、いいの」

とちょっと拗ねたように言った。

 その瞬間、レジェルさんの身体が浮き上がり、ミジェルのところまで飛んで行く。


「きゃーっ、きゃーっ! 無理……ほんとに、無理だからー! いやー、下ろしてー!」


 大した高さじゃないはずなのに、レジェルさんが大騒ぎをしている。

 ミジェルの傍にふわりと舞い降りたが……レジェルさんはまだガタガタ震えていた。


「嫌……怖い……。ここから……また、浮くのよね?」

「それは……」

「ねぇ、ミジェル!」

「……」

「お願い、無理だから……許して!」

「……」


 ミジェルは少しふくれっ面をしていたが、レジェルさんの再三の嘆願に諦めてこくんと頷いた。

 そんなミジェルを見ているとますますリスみたいだなと思ったけど、とりあえず黙っていた。


「えーと、じゃあ下ろしますね?」

「お……お願い……」


 硬直しているレジェルさんを抱え、下に飛び下りる。

 地面に下ろしてあげると、レジェルさんはホッとしたように息をついた。


「ヤハトラで待ってるから、楽しんできてね」

「……」


 ミジェルはまだ不満そうだったけど、少しだけ頷いた。


 それにしても、ミジェルもだいぶん表情豊かになったな、と思う。

 レジェルさんには災難だったかもしれないけど、ミジェルの心に余裕が出てきたのがわかって、俺は微笑ましく思いながら姉妹のやりとりを眺めていた。

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