11.少しずつ変わってゆく(2)-暁side-

「さーてと。……シャロット?」


 あとはシャロットが乗ればいいだけだな、と思いながら振り返ると、シャロットはサンの背中に掴まって何だかジタバタしていた。


「……何してんの?」

「サンに乗ろうとしているの。見て分からない?」

「……」


 シャロットは背も高いしサンの背中にもちゃんと手が届いている。

 ジャンプすればすぐに乗れそうなもんだが……何をモタモタしてるんだ?


「……ひょっとして、一人じゃ乗れないのか?」

「……うん」

「今までどうしてたんだよ」

「ユウ先生がさりげなく手を貸してくれたもの。オトナ、だから」


 何か当てつけのように言われたので、ちょっとムッとする。


「悪かったな、気が回らなくて」

「とにかく、下からお尻を押してよ」

「できるか、そんなこと!」


 思わず叫ぶと、シャロットがますますムッとしたような顔をした。

 どうやら手助け自体を拒否したと誤解されたようだったので、俺は慌てて

「上から引っ張ってやるから……」

と言って先にサンの背中に乗り、手を伸ばした。


「……もう……」


 シャロットがちょっとプンスカしながら俺の手を掴む。

 引っ張り上げてやると「ひゃっ」と叫んでバランスを崩し、身体全体で俺の上に乗っかって来た。

 慌てて抱きとめたけど、あまりにも柔らかいのといい匂いがするのとでパニックになりかける。


「……っ……お前、どれだけバランス悪いんだよ!」


 とにかく引き剥がして怒鳴ると、シャロットは

「うるさいな!」

と赤くなって怒鳴り返した。


「そんなこと言わなくてもいいじゃない。ミジェルと扱いが違い過ぎない!?」

「お前はでかいだろ」

「でかいって言わないでよ」

「ひょっとして……すごく運動神経が悪い?」


 それもあって、服を着替えてきたのかな。


「ずっと王宮育ちだもん。アキラ、忘れてない? 私、王女だよ」

「忘れてないけど、王宮育ちだから運動音痴っていうのは……」

「うるさーい!」


 ――喧嘩……駄目……。


 ふと、舌足らずな声が響いてきた。見ると、ミジェルが俺達の手を握ってプルプルしている。


「あー、ごめん、ミジェル!」


 シャロットがミジェルをぎゅっと抱きしめた。


「喧嘩じゃないの。これぐらいのやり取りは日常茶飯事だから」

 ――本当……?

「アキラがあんまりにもひどいから」

「俺は……まぁ、いいや」


 これ以上押し問答しても仕方がないので、俺は諦めて折れることにした。


「まぁとにかく、シャロットは動きが鈍いからもう少し気を使ってくれ、と。そういうことだよな」

「ちょっと引っかかるけど、まあ、そうよ。優しくして」

「……わかったよ」


 言っておくが、俺がこれほど相手の都合に合わせて行動するなんて、お前ぐらいなんだからな。

 そんな言葉が喉まで出かかったけど……言わない方がいい気がして、俺はその言葉を呑み込んだ。

 言ってしまったら……何か、戻れない気がするから。


 ミジェルと扱いが違いすぎるって……そんなの、当たり前じゃないか。

 だってシャロットは――女の子だから。

 俺から見たら、特別な、女の子だからだ。


   * * *


 サンがテスラの白い空に向かって飛び立つ。

 俺の後ろにいるミジェルは、右手で俺の腕に掴まりながらとても嬉しそうに空からの景色を見回している。

 シャロットはその後ろでミジェルの両肩を抱きかかえていた。


「ミジェル! 怖くない? 楽しい?」

 ――うん。……凄く素敵。

「そっか。よかったー!」

「もうすぐ海だぞ」


 ハールの海岸が見えてくる。……すると、少し沖の方で水面が波打っているのが分かった。海面から突き出た角が、沖から海岸に向かって動いている。


 ――あれ……廻龍かいりゅう

「そう、廻龍のヴォダだよ」

「キュウー!」


 俺の声に反応するかのように、サンが鳴いた。やがて、海面からぽっかりと姿を現したヴォダが、軽く飛び跳ねて「ニュウ!」と鳴いた。

 サンがヴォダに向かって急降下する。ヴォダはその場でじっと待っていた。


「ヴォダ、お待たせ!」

「ニュウ!」

 ――わあ……すごい! 本当に角がある……。

「そうだね」

 ――廻龍も乗せてくれるの?

「うん、でもちょっと待ってね。サン、ヴォダに伝えてほしいんだ。今から思いっきりフェルティガを放出したいんだけど、海の生き物が影響を受けないような穴場ってない?」

「キュキュウ……キュウ、キュウ」


 サンがどう解釈したのかは分からないが、何かヴォダに向かって喋っている。


「ニュウ……ニュ、ニュ」


 ヴォダはちょっと鳴くとパチャパチャとヒレで海面を叩いた。どうやら案内してくれるようだ。


「じゃあ、そっちに移るね」

「……」

「シャロット、ちゃんと俺が運ぶからそんなヴォダを睨みつけなくていいよ」


 どうやってヴォダに飛び移ろうかと考えていたんだろう。

 かなり緊迫した顔をしているシャロットに呆れながら伝えると、シャロットは

「そ……そっか」

と呟いて苦笑いをした。


「ミジェルはちょっと待ってて」


 ミジェルが頷いたのを確認して、俺はシャロットを抱え上げた。

 シャロットが俺の首にギュッと掴まる。


「ぐ、ぐえっ……ちょっとシャロット、力を緩めて。そんな必死でしがみつかなくても、大丈夫だって」

「う、うん……」


 シャロットはちょっとは力を緩めたものの、それでも怖いのか目をぎゅっとつぶっている。

 こうしてると、シャロットも可愛いんだけどなぁ……。


「よいしょっと」


 俺はサンの背中からヴォダの背中に飛び下りると、シャロットを下ろした。


「さて……おわっ」


 今度はミジェルを運ばないと、と思って上を向くと、ミジェルはすでにサンの背中からぽーんと飛び下りていた。


「あ……」

「……!」


 ミジェルはヴォダの背中に下りてくると、大きく弾み、くるりと一回転して綺麗に着地した。

 さながら、体操選手のようだ。


「……すご……」

「……ミジェル、身のこなしが軽いんだね……」

「……」


 ミジェルはにこっと笑うと、俺とシャロットの方にてててっと駆け寄って来てぎゅっと手を握った。


 ――子供の頃は、海で泳いだり山で駆け回ったりしていたから……。

「あ、そうか。……そうだよね、ミジェルはハールで育ったんだしね。元々自然の中で生活してたんだもんね」

 ――でも……私も、忘れてた。ずっと……引き籠っていたから。


 ミジェルはちょっと頷くと

 ――思い出させてくれて……ありがとう。二人とも。

と言って、もう一度力強く俺達の手を握った。


「よかった。よし、じゃあ後は、叫ぶだけだね!」


 シャロットが元気よく言う。


「そうだな。ヴォダ、頼む。サンも行こう」

「キュウ!」

「ニュウ!」


 俺達は二頭の神獣と共に、ゆっくりと大海原を出発した。


 海に来たのは、ミジェルが思い切り叫ぶことで少しでも鬱憤を晴らせたら、と思ってのことだったけど……もうその必要がないくらい、ミジェルは清々しい顔をしていた。

 そしてヴォダが連れて行ってくれる間も、小さい頃のこととか、エンカさんとレジェルさんの話とか、ラティブの市場のこととか、いろいろ話をしてくれた。

 勿論、自分からペラペラ喋った訳じゃなくて、好奇心旺盛なシャロットからの質問に、次々と丁寧に答えてくれただけなんだけど。


「そうなんだ。ジャスラはやっぱり、フェルティガエでない人達が中心となってるから……活気があるというか、積極的というか、自分たちの暮らしを良くしていくということに対して貪欲なのね」


 シャロットが納得したように頷いている。


「欲が過ぎれば戦争になってしまうから、それは駄目だけど……ちょっとはウルスラも見習った方がいいかも」

「ウルスラも、別に女王が統治している訳じゃないだろ? 各領土に領主がいるんだよな」

「そうだけど、象徴である以上、国の一番頂点にいるのは確かだからね。やっぱり民が自由に国造りをって訳にはいかないみたい。それにどちらかというと、変わらない平和にこそ意味がある、という風潮だから……」

「ふうん……」

 ――でも……ウルスラはとても美しい国だと聞いたわ。

「あ、うん。そうだね」

 ――行ってみたいな……。


 ミジェルの言葉に、シャロットがパッと顔を輝かせた。ガッと両手でミジェルの手を握り、大きく口を開けて嬉しそうに頷いた。


「うん! いつか来てね。私は、やっぱり王女だから……王宮からはあまり出れなくなるの」

 ――うん。

「楽しみだなあ!」

 ――私も、楽しみ。


 二人が楽しそうに喋っている横で、俺はちょっとモヤッとしてしまった。


 シャロットは王宮から出れなくなる。

 ――なぜなら、大事な使命を果たさなければならないから。


 前に聞かされていたことだ。別に驚きはしない。

 だけど……。


「ニュウ、ニュウー!」


 ヴォダの鳴き声で、我に返る。どうやら目的の場所に着いたようだった。


 そうだ、バカなことに気を取られている場合じゃない。だいたい、俺には関係ないじゃないか。

 そう自分に言い聞かせ、俺は顔を上げて目の前の風景を見つめた。

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