9.声を失った少女(2)-暁side-

 ミジェルはセイラ様と同じ18歳で、言うなればセイラ様の幼馴染なのだそうだ。

 小さい頃に闇の中で生活していたせいかレジェルさん同様とても小柄だけど、もともとは元気で活発な女の子だったらしい。

 ――フェルティガが発現するまでは。


「セイラだが……よいか?」


 ある扉の前まで来ると、セイラ様が中に向かって声をかけた。


「……はい」

という声が聞こえ、扉が開く。レジェルさんだった。


「セイラ様……あら?」


 俺達二人を見て、不思議そうな顔をする。


「異国の元気な二人組だ。フェルティガにも精通しておるし、ミジェルとは年も近い。仲良くなれぬかと思うての」

「こんにちはー」


 ひょいっと覗き込むと、奥の絨毯の上にとても小柄な女の子がちょこんと座っていた。

 俺達より年上のはずなのに、かなり幼く見える。……12歳ぐらい?

 茶色と銀色が混じった、不思議な髪色をしている。

 俺達をびっくりした様子で見つめていた。


「ミジェル……よいか?」


 セイラ様が声をかける。

 ミジェルさんはちょっとビクッとしたけど、他でもないセイラ様の言葉のおかげか、素直に頷いた。


 怖がらせちゃ駄目だよな、と思いながらセイラ様の後について中に入る。

 セイラ様はミジェルさんの隣に座ると、俺達には向かい側に座るように言った。


「テスラから来た暁です」

「ウルスラの王女、シャロットです」


 俺達がこんにちは、と言うと、ミジェルさんはぺこりとお辞儀をした。

 それでも警戒しているらしく、セイラ様の服の袖をぎゅっと握ったまま。伏し目がちだ。

 瞳は……碧と茶色が渦巻いた不思議な模様になっている。

 ……何と言うか、リスみたいだな、と思った。守りたくなるような、可愛い女の子だ。


「でも……セイラ様、なぜ……」


 レジェルさんが少し困惑した様子で俺達を見比べている。


「この二人は、ウルスラで実験とやらをやらかして次元の穴を開けた」

「えっ!」

「いや、開けたのはシャロットで俺は関係ないけど」

「ちょっとー! 関係なくはないでしょう!」

「フェルポッドのこと黙っててもらう代わりに、俺は仕方なく……」

「絶対、違う。アキラだってノリノリだったもの!」

「それは……」


 ふと視線に気づいて、三人を見回す。

 生真面目なレジェルさんは、かなり面食らった様子だ。

 セイラ様はちょっと笑いを堪えている。


 そしてミジェルさんは……呆気にとられた様子で俺達をぽかんと眺めていた。

 それでも、さっきよりはだいぶん警戒心が薄れている気がする。

 そう思って見ていると、目が合った瞬間にパッと逸らしてしまった。


「何ということをするの、あなた達……」


 レジェルさんがふうっと大きく溜息をついた。


「母さまも同じことを言っていた」

「それはそうですよ。危険ですもの」

「でも……訳もわからず恐れていたって、何も解決しない」


 シャロットが凛とした声できっぱりと言い切った。


「どういう風に危険なのか、ちゃんと知っておくことに意味があると思う」


 ……まぁ、当初はそこまで考えてしたことではないだろうけどな。

 多分、ミジェルさんに言いたかったんだろう。

 ……自分の力をちゃんと理解しよう。恐れないでって。


「……」


 どうやらそれは伝わったようだ。ミジェルさんが小さく頷いたように見えた。


「まぁ、それはともかく。私達はね、疑問に思ったことはそのままにしておけないタチなの」

「俺も一緒くたにするなよ……」

「アキラは黙ってて。……ねぇ、ミジェルさん。私、フェルティガエの能力を視ることができるの。どういう力なのか、視てもいい?」


 ミジェルさんはちょっと考え込んだ。セイラ様の袖を握ったままだし……かなり不安そうだ。


「視るとは、どうするのだ?」


 セイラ様が代弁するかのように聞く。


「意識を集中して、瞳を見るだけです。視線さえ合わせてもらえば」

「ミジェル……」


 セイラ様がそっと促す。ミジェルさんは小さく頷いた。


「……よろしくね」


 シャロットがにこっと笑ってミジェルさんの手を取った。

 ミジェルさんがおずおずとシャロットの瞳を見つめる。


「……」

「――――うん」


 シャロットは頷くと、そっとミジェルさんの手を離した。


「ミジェルさんのフェルティガは周りを攻撃するものっていう訳じゃなくて、自分の思いを物理的に伝えてしまう、というものよ」

「……?」

「えっと……もし嬉しいなっていう気持ちを声に出したら、相手には浮き上がるような高揚感が伝わる。慰めてあげたいなと思ってそれを声に出したら……優しく包み込むような包容力が伝わる」

「へえ……」

「だから、そういうプラスの感情のときは、声に出してもいいの」

「……」


 ミジェルさんの表情が少し和らいだ。


「何らかの力が働くとは思うけど、怪我をさせることはないはずだから」

「そっか……。よかったな、ミジェルさん」


 そう言って笑いかけると、ミジェルさんはちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。

 その表情を見て、レジェルさんが

「ミジェル……」

と言って嬉しそうに小さい彼女を抱きしめた。

 セイラ様もにっこり微笑んで姉妹を眺めている。


 多分……随分長い間、笑顔を見せることもなかったんだ。


「じゃあ、やっぱり問題になるのは、怒りとか悲しみとか……そういう負の感情の場合?」


 シャロットに聞く。シャロットは頷くと

「今は特に、ずっと喋れなかったことでストレスが溜まってるから……」

と眉間に皺を寄せながら腕を組んだ。


「そういう痛烈な感情の方が相手に伝わりやすいだろうし。……やっぱり、時々は発散した方がいいと思うけど」

「海に向かってバカヤローと叫ぶのはどうだ?」

「……何それ?」

「普通の人間でもやるの。大声出して罵倒すると、何かスッキリするから」

「うーん……威力によるね」

「威力……」


 朝日がいれば、全部受け止めてくれるのにな。

 でも、今はそれどころじゃないからな……。


「ウルスラに来てくれれば、使いどころがあるんだけどな……」

「使いどころ? 何の」

「ウルスラの扉。前、アキラがテスラに行くのに使ったでしょう?」

「うん」

「機能は失われなかったけど、やっぱりちょっと弱くなっちゃったの。だからフェルティガエが定期的にフェルティガを補給してるの」

「なるほど。……それを言ったら、テスラだってあるぞ」

「何?」

「飛龍。飛龍は幼いうちは、フェルティガを吸収しながら育つんだってさ。この間、卵がもうすぐ孵化しそうだってヨハネが言ってたから」

「ふうん……でもさ、怒りをぶつけられた飛龍って、ちゃんといい子に育つの? 乱暴な子になりそうじゃない?」

「あ、そっか……」

「アキラは思慮が足りないな」

「エラそうに言うなよ」


 そんな小競り合いをしていると。


「――ふふっ……」


 という、小さい……可愛い笑い声が聞こえた。

 その瞬間――俺達を含め、机やベッド、絨毯が宙に浮き上がる。


「わっ……」

「きゃっ……」

「こ、これは……」

「……ん?」


 驚いてキョロキョロすると……ミジェルさん自身も浮き上がっていた。

 お腹を抱えて、とても楽しそうに笑っている。


「ふふっ、うふふっ……変な……人たち……」

「ひゃんっ……」


 裾がめくれそうになったシャロットが慌ててスカートを押さえる。


「……あっ……」


 異常に気づいたミジェルさんが、ハッとして真顔になる。

 その瞬間……浮き上がっていたものが、ゆっくりと地面に降りていった。ふわり、と浮いていた家具や俺たちが行けに着地する。


「……ははぁ……」


 微妙に配置が変わってしまった部屋を見回す。

 急に力が消えて真下に落ち頭でも打ったら危ないと思っていたけど、どうやら障壁シールド効果もあるようだ。

 楽しい気持ちを伝えただけ。だから決して相手を傷つけない。……そういうことなんだろうか。

 それにしても、だいぶん特殊だな……真似できないし。


「なるほど……えっ!」


 思わず声が出る。ミジェルさんがぐっと俺の手を掴んでいた。その手のあまりの小ささにドキリとする。


 ――ごめんなさい! どうしよう、私……。

「いやー、まあ、いいんじゃない? 部屋の模様替えをしたと思えば」

 ――でも……。

「……何の話?」


 俺の隣にいたシャロットがちょっとふてくされている。


「何で怒ってるんだ?」

「別に。ねえ、何を話してるの?」

「思いがけず力を発揮したから、後悔してるみたい」


 俺が言うと、シャロットは俺の手を掴んだままのミジェルさんの手に触れた。


「でも、わかったでしょ? 決して傷つけるだけじゃないって」

 ――うん……。

「とりあえず、修業しようよ」

 ――修業……? 姉さまがしていたような……?


 ミジェルさんが困ったような顔をしている。


 ――姉さまは時折フェルティガを放出して、その様子を確認しながら精度を上げていたみたいだけど……。でも、私はその方法では……。


 力を使うこと自体が怖いから、無理だと思ってるのだろう。


「そうじゃなくて……もっと精神的な鍛錬だよね。最初に俺達がしていたのは」


 俺が答えると、ミジェルさんはますますわからない、という顔をした。

 それを見たシャロットが「あ、そうだ」と声を上げる。


「あのね、ソータさんに聞いたんだけど……ミズナさんも、最初はパラリュス語を話すことができなかったんだって。強制執行カンイグジェが発動するのが怖くて」


 シャロットはミジェルさんの目をじっと見つめながら、優しく言い聞かせるように話し始めた。


「でもね、精神的に落ち着いたら……ちゃんと力を発揮せずに喋れるようになったんだって。だから、ミジェルさんもきっとできるようになると思う」

「そうだよな。ミジェルさん、一緒に修業してみようよ」


 ミジェルさんは俺たち二人を顔を見比べると、ちょっと微笑んだ。


 ――ミジェル……でいい。年も近いし……。

「……そう?」

 ――これから……色々教えてもらうから。

「そっか。……よろしく、ミジェル」


 俺が言うと、ミジェルはにこっと笑った。笑うと、ますます小動物みたいで可愛い。


「私もよろしくだからね、ミジェル!」


 シャロットが急にずいっと割り込む。


「さっきから落ち着きがないな。どうした?」

「うーん……よくわかんない。まだ疲れてるのかな」


 シャロットはそう言うと、鼻から息を出しながら、きゅっと口元を歪めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る