5.閉ざされた空間で(1)-朝日side-

 女神ジャスラが再び勾玉の中に消えてゆき……神殿には静けさが訪れた。

 倒れているトーマくんや暁、シャロット、レジェルを神官が一人一人丁寧に抱き上げ、それぞれのために用意した部屋に連れて行った。

 その間も、ソータさんは腕の中の水那さんを何度も大事そうに撫でて、涙ぐんでいた。


「ソータ。あの部屋に連れて行くがよいぞ」


 ネイア様が静かに声をかけた。


「しばらくは休んで、ずっとついていてやればよい。トーマが目覚めたら、また知らせる」

「わかった。……任せる」


 ソータさんはそう言うと、水那さんを横抱きし立ち上がった。

 私と目が合い、ニッと笑う。目尻がわずかに光っている。


「朝日、ありがとう。本当に……お前たちのおかげだよ」

「……」


 私は黙って首を横に振った。

 ソータさんはもう一度「ありがとう」と言うと、大事そうに水那さんを抱え幸せそうに微笑みながら、神殿から出て行った。

 神殿には……私とネイア様の二人が残された。


「……どうした? 浮かない顔だが……」


 ネイア様が私の表情に気づいて、首を傾げた。


「お前たちのおかげでミズナは救われたというのに……」

「……」


 どう言ったらいいか分からなくて、私は俯いた。


 水那さんは助け出せた。

 だけど、だけど……。

 私はひょっとしたら――ユウのことを優先させてしまったかもしれない。

 ユウに私の力をあげたかったから、無意識に力をセーブしてしまったかも……。

 だから、勾玉を浄化しきれなかったのかもしれない。


「……っく……」


 自分の情けなさに――涙が出る。

 急に泣き出した私を見て、ネイア様がぎょっとしたような顔をした。


「本当に……一体、どうしたというのだ?」


 私の傍に近寄り、そっと私の手を取る。


「駄目、です」


 失礼とは知りつつも、私はネイア様の手を振り払った。


「私、今……フェルをすごく欲しているから……ネイア様のを吸収……してしまうかも……」

「……何があったのだ」

「……」


 私は首を横に振った。涙を拭う。


 水那さんを無事に助けられたのは良かった。

 でも、こんなことじゃ駄目だ。こんな中途半端なことをしているようじゃ……。

 ユウにだって叱られちゃう。


 ……そうだ、それに泣いている場合じゃない。

 一刻も早く――ユウのところに行かなくちゃ。

 顔色が悪かった。かなりのフェルを失っているのかもしれない。


「何でも……ないです。あの……私、ユウのところに行きたいから……」

「――ユウディエンのことなんだな、アサヒの憂いは……。この場にいないということは……」

「今、休ませてもらってるので……だから、私がついてないと……」


 ネイア様には伝えた方がいいのかもしれない。

 でも、急いでいた私はネイア様の言葉を遮った。


「私じゃないと、癒せないんです」

「……」


 ネイア様はじっと私を見つめると、溜息をついた。


「……わかった。今は……何も聞かぬ」

「……」


 私はネイア様にお辞儀をすると、足早に神殿を出た。

 さっきユウを案内した神官が、扉の前で待ってくれていた。


「ユウは?」

「お休みになっていますよ。……こちらです」


 長い廊下をいくつも曲がる。ヤハトラの中でも奥の、あまり人がいないエリアのようだった。

 部屋の前につくと、神官がこちらです、と示してくれた。


「あの……しばらく、二人きりにしてもらえますか?」

「……かしこまりました」


 神官はお辞儀をすると、廊下の奥の一つの扉を指差した。


「私はあの部屋に詰めております。何かあれば、あちらへ。アサヒ様がお部屋に入られたら――このお部屋には誰も近づけないようにしておきます」

「……ありが、とう……」


 まるですべて見通したかのような対応に、私は少し驚いた。


「あの……あなた、お名前は……?」


 私が聞くと、神官は

「ジュジュと申します。……治療師をしております」

と言って頭を下げた。


 多分まだ十代の少女だと思うけれど、随分しっかりしている。

 そうか……治療師なら、ユウの状態を察しているのかもしれない。

 ユウは隠してるはずなのに……きっと、かなりの能力者なんだ。


「ありがとう、ジュジュ」


 私はジュジュにお礼を言うと、目の前の扉を開けた。

 中に入ると、背後でジュジュが静かに扉を閉める。

 その瞬間……辺りから、すべての気配が消えた。ジュジュが何かしらのフェルティガをかけてくれたのだろう。

 私と、ユウの二人きり――現実から遮断された空間。


「……朝日……?」


 私の気配を感じたのか、それも辺りの気配が消えたのを感じたのか――隅にあるベッドに寝そべっていたユウが、ぼんやりと目を開けた。


「ごめん……起こしちゃった?」

「いや……目を閉じてただけ」


 そう言うと、ユウは上半身だけ身体を起こした。


「気になって、眠れなかった。本当はその場にいたかったけど……」

「……」

「水那さんは?」

「……助け出せたよ」


 私はそれだけ言うと、ベッドに駆け寄った。たまらなくなって、両腕を伸ばし、ユウに抱きつく。


「だから……もう、いいよね? ユウにあげても、いいよね?」


 涙がこぼれる。ユウの背中に回す腕にぎゅうっと力を籠めると、私の中のフェルがユウの中に吸い込まれた。

 ユウは私を抱きしめると、そっと頬を寄せた。


「ごめんね……」

「だから、ユウが謝ることじゃ……」

「でも、ごめんね……」


 いっぱい我慢させて、ごめんね。

 助けてもらってばかりで、ごめんね。

 ――ずっと傍に居られなくて、ごめんね。


 いろいろな意味に聞こえる。

 でも……そのどれもが、私の胸を痛いほど締め付けた。


「……朝日のフェルティガだ。……あったかい」

「本当?」

「うん……前と、違う……」

「……」


 ユウは……やっぱり、気づいていたみたいだ。ユウが寝ている間に、私がディゲのフェルを渡していたこと……。

 そうしなければならないほど、自分の身体が弱っていたことも。

 でも、何も言わないでいてくれたのね。

 そうせずにはいられないほど……私が追い詰められていたから。


「朝日……」

「……何?」

「もっと……近くで感じたい」

「……うん……」


 私達は見つめ合うと……そっと口づけを交わした。

 ユウの手が……私の頬から首、肩――背中へと滑っていった。

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