3.すべてはここから始まる(1)-ソータside-

「ほわー……」


 俺の後ろで、暁が間抜けな声を上げた。


「これだけ同じ風景が続くと、さすがに飽きてくるね……」

「我儘な奴だな」


 テスラからヴォダに乗って出発してから、四日。

 いつもは飛龍のサンで行動する暁だが、今回はヴォダで旅したいと言って俺にくっついてきた。


“アキラ、すごく、くつろいでる”

「本当か……?」

“ヴォダも、楽しい”

「……そうなのか?」


 暁とヴォダは勿論、直接話をすることはできない。

 でも何となく雰囲気が合うらしく、ヴォダは初めて会ったときから暁のことを気に入っていた。

 ……よくわからん。


「でも、海の中って何か楽だねー。ね、ヴォダ」

「ニュウ、ニュ、ニュウ」

“アキラ楽しそう、嬉しい”

「うん……あれ?」

「ニュ……ニュッ、ニュッ!」

“アキラ、こっち……オサカナ”

「あ、魚の群れだ。写真撮っておこう」


 何か知らんが会話が成立しているな……。

 暁はカメラを取り出すと、何回かシャッターを切った。


「ニュ、ニュウー!」

“もうすぐ、ジャスラだよー”


 ヴォダはそう言うと、急に体を上に向け、水面に向かって泳ぎ始めた。


「うおっと! ヴォダ、前も言ったよな! 上がる前に言えって!」


 俺は慌ててヴォダの角を掴み、叫ぶ。


「そんな怒らなくてもいいのに……。ね、ヴォダ」


 片手でヴォダの背中のヒレを掴み、もう片方の手だけで器用に写真を撮りながら、暁が呟く。


「ニュウ、ニュッ」

“ソータ、怒りんぼ”

「だから何でお前らは話が通じてるんだよ……」

「あ、水面だ!」

「ニュウー!」

“とう、ちゃーく!”

「人の話を聞けー!」


 俺の叫びをよそに、ヴォダは楽しそうに声を上げた。ザブンと水面から跳び上がり、ジャンプする。


「ジャスラだー! あ、あれがハールの海岸かな?」

“ソータ、着いたよー!”

「だから飛ぶな、騒ぐな、落ち着けー!」


 必死にヴォダの角に掴まっていると、上空から「キュキュー!」という飛龍の鳴き声が聞こえてきた。


「あ、朝日たちだ」


 どうやらユウも俺達に気づいたらしい。サンが急降下してくる。


「ニュー! ニュー!」

“サンだー! 久し振りー!”


 ヴォダが興奮してより高くジャンプする。


「だー、はしゃぐなー! 落ちるー!」

「ソータさん、慌て過ぎ……。そっか、サンと友達になったんだっけ」

「ニュウ、ニュウ、ニュ!」

“サンと、遊びたい、急ぐ!”


 ヴォダはそう言うと、飛ぶのをやめて真っ直ぐに海岸に向かって泳ぎ始めた。

 俺はほっと胸を撫で下ろすと、目の前に広がる大地を見た。


 ――水那。いよいよ……来たぞ。

 再び、お前を取り戻すために。



 ヴォダから海岸に降り立つ。

 暁のカメラでヴォダと皆で記念撮影(よく考えれば意味不明だが)をした後、俺と暁はサンに乗せてもらった。

 猛スピードを出しやがったらユウを殴ってやろうと思っていたが、サンはいたって穏やかに、ジャスラの上空を舞った。


 ジャスラに初めて来たトーマはのんびりと辺りを見回している。

 見ると、何やら重そうにリュックを背負っていた。何度も担ぎ直している。


「……久し振り。その荷物、何だ?」

「これ? アルバムだよ」

「アルバム……」

「じいちゃんと俺の。母さん、見たいかと思って」

「……そっか」


 親父が死んだとき――ミュービュリでずっと眺めていたアルバムか。

 確かに、水那は喜ぶだろうな。


「そう言えばさ、写真が一枚抜けてたけど、父さん持って行った?」

「あ……うん」


 俺は懐から一枚の写真を取り出した。親父と一歳ぐらいのトーマが写っている。

 テスラの東の大地を調査している間――ずっと俺と共に旅していたから、ちょっとくたびれていた。


「悪い。何て言うか、お守りにしてた」

「いや、父さんが持ってたんなら別にいい。そのまま持ってて」

「……おう」


 サンが急にふわりと下降し始めた。

 見ると……ヤハトラの神殿の広場だ。もうすでに神官が待機している。

 サンから降り立つと、神官が静かに一礼をした。

 サンは「キュウー」と一声鳴くと、海岸の方に戻っていった。ヴォダのところに遊びに行ったんだろう。


 三人の神官が、俺達を順に地下の神殿に案内してくれた。

 初めて転移を経験したトーマだったが、慌てるでもなく、ただ「へー」と一言発しただけだった。


「しかしお前、びっくりするぐらい落ち着いてるな。見たこともない場所に来たってのに」

「何で慌てる必要が? 父さんと一緒なのに」

「トーマくんて、そういうところ凄いよねー」


 先に神殿に下りて待っていた朝日がひょっこりと顔を出して言った。


「普通はちょっとドキドキしたりキョロキョロしたりするよね」

「ドキドキは、してます。初めて母さんに会うから」

「……そうだな」


 俺達六人はそのまま神殿の前まで案内された。

 そこにはレジェルがすでに待ち構えていた。


「ソータさん……お久し振りです」


 レジェルが丁寧に頭を下げた。


「久し振り。レジェルはいつヤハトラに来たんだ?」

「昨日、ミジェルと一緒に来ました。今日に備えてしっかり休んで集中できてるんで、大丈夫です」


 レジェルはそう言うと、ぐっと拳を握りしめた。相変わらず生真面目だ。


「え、ちょっと待て……ひょっとして、すぐにやるのか?」


 てっきりいったん休んでからかと思った……。

 慌ててそう言うと、シャロットがくすっと笑った。


「ねぇ、何でソータさんって、そんなにすぐに慌てちゃうの?」

「水那のことだからだよ!」

「……わお」


 暁がちょっとおどける。


「お前達、大丈夫なのか? 休まなくていいのか?」

「サンに乗って来ただけだしね。……暁は? ヴォダはどうだった?」


 朝日が聞くと、暁はちょっと伸びをしてニコッと笑った。


「すごーくのんびりできた。いい感じだと思う。でも、シャロットは? 飛龍で来たばっかりだけど」


 暁の問いに、シャロットはちょっと肩をすくめた。


「んー、大丈夫。だって気になるもの、早く助けたい。ここで寝たところで、休めないと思うよ」


 俺は一人一人の顔を見回した。

 確かに……皆、何だか生き生きとしている。

 今日のために頑張って来た――そんな思いが伝わってくる。


「……ユウ? 大丈夫か?」


 ふと、朝日の隣で少し青白い顔をしているユウに気が付いた。


「う……ん……」

「――ユウ!」


 よろけたユウの身体を支えようと朝日が手を伸ばすと、ユウは朝日の手を避けるように身をよじった。サッと左手で朝日を制する。

 朝日はハッとしたような顔をすると、おとなしく伸ばしていた手をゆっくりと引っ込めた。


「僕は……ここまで連れてくるのが仕事だからね」

「ユウ……」

「見届けたかったけど……ごめんね、ソータさん。ちょっと休ませてもらっていいかな?」

「……ああ、それは……」


 俺の言葉に、神殿の前に控えていた神官が、一礼してユウの前に来た。

 ユウはちょっと俺達に手を振ると神官の後についていった。


「朝日……ユウ、具合が悪いのか?」

「ちょっと疲れやすくなってるの。眠れば落ち着くから、気にしないで」


 そう答えたものの、朝日は唇を噛みしめ、今にも泣き出しそうな顔でユウの背中を見送っている。

 しかし俺が声をかける前に、急にバッとこちらに振り返った。その表情からは、憂いは消えている。


「とにかく、早くやってしまいましょ! 今がその時よ!」

「……戦じゃねぇんだぞ」


 拳を振り上げて大声を出す朝日に思わずツッコむ。

 そのとき、神殿の扉がわずかに開いた。


「――いつまでそこにいる気だ」


 奥から、ネイアの少し不機嫌そうな声が聞こえる。

 どうやらずっと待っていたようだ。


 先頭に立つと、俺は神殿の扉を開けた。

 神殿の奥――微かに見える勾玉、蠢く黒い闇……その奥で祈り続ける水那。

 その前に、ネイアが仁王立ちで待っていた。

 じっと、俺達を見つめる。


「……準備は良いようだな」

「こいつら、今ジャスラに着いたばっかりなんだ。俺はそれを心配していたんだが……」

「特に問題はないようだ。――やるぞ」

「……」


 俺は振り返ると、一人一人の顔を見回した。


 レジェルはギュッと拳を握りしめ、水那を見上げている。俺の視線に気づくと、力強く頷いた。


 隣のシャロットは、じーっと俺の顔を見つめていた。そしてちょっと笑って、「ハ、ヤ、ク」と口パクで俺を急かした。

 ……ったく……。


 暁がシャロットをちょっとつついて「大事なところなんだから、茶々を入れるなよ」と諌めていた。そして俺の方を見ると、「いつでもいいよ」と言ってにっこり笑った。


 朝日はそんな二人に向かってちょっと微笑んだあと、俺の方に振り返った。そしてゆっくりと頷くと自分の胸に手を当てて目を閉じた。

 ……意識を集中させているのかもしれない。


 その隣にいたトーマは……身じろぎもせず、目を見開いてじっと水那を見上げていた。

 こんなに多くの蠢く闇を視認したのは、初めてだろう。こんな中でずっと祈り続けていた――若いままの水那の姿に、驚きを隠せないに違いない。


 俺はネイアの方に向き直った。


「――わかった。……よろしく、頼む」


 緊張のあまり、喉が渇いて声がかすれる。


「……あの、これ……」


 朝日が鞄からフェルポッドを取り出すと、ネイアに渡した。


「これは……フェルポッド、だったか?」

「そうです。フィラの浄化者のフェルティガを集めてあります。闇に向かって蓋を開ければ発動するはずなんですが……」

「――わかった。これは、わらわがやろう」


 フェルポッドを受け取ると、ネイアは深く頷いた。


 その後……ネイアの指示に従い、各自が所定の位置についた。

 ネイアのすぐ後ろに、俺とトーマが並んで座った。俺が右手で、トーマが左手で神剣みつるぎを持つ。

 俺は空いた左手を、胸に充てた。……勾玉の欠片に意識を集中させる。

 俺の後ろに、暁が座った。右手をシャロットと、左手をレジェルと繋ぐ。

 朝日は暁の後ろに座り、包み込むように暁の両肩を抱いた。


「――よいか。まず、ソータ、宣詞は不要だ。勾玉と繋がる水那にすべての力を渡すつもりで祈れ」

「……ああ」

「ソータが水那に呼び掛け、起こす。これが、最後の浄化だと――伝えるのだ。神器の力を引き出し、ジャスラの闇を浄化すると……。水那が解放されるためには、水那の強い意思が必要だ。よって、切っ掛けはソータに任せる」

「わかった」

「水那が目覚めれば、瞳が開く。浄化者は、それと同時に力を解放しろ。自分の力をすべて出し切るつもりでやってほしい」

「はい」

「うん」

「わかった」

「わらわが補佐につく。命を削るような真似は絶対にさせぬ。安心して力に身を委ねろ」

「……」


 ネイアは全員の顔を見回すと、ゆっくりと頷いた。


「――いい表情だ。必ず――成功する!」

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