15.ソータの結論(2)

 俺は再び、地図に目を落とした。


「で、テスラの闇を完全に封じ込めるためには、どう考えたって神器が必要になる。割れた宝鏡ほかがみは俺が復元できるはずだが……」

「そうなのか?」


 ミリヤ女王が意外そうな顔をする。


「ウルスラの動乱の際、トーマが神剣みつるぎを手に取ったとき、ひどく錆びた状態だったらしい。多分、ずっと放置されていたからだろうな。だけどトーマが使っていくうちに力を取り戻し、水那と繋がり、闇を封印し……」


 俺は神剣を掲げて見せた。


「もとの輝きを取り戻した。直接の契約者ではないトーマができたんだから、多分問題はないだろう。それに……勾玉のこともある」

「勾玉?」

「代々のヒコヤの生まれ変わりが勾玉の欠片をジャスラに運び、ヤハトラの神殿にある勾玉に奉納していた。最後の欠片は俺の胸の中にあるが……そうやって勾玉も復元できた訳だから、宝鏡も例外ではないだろう」

「……ふむ、なるほどの」

「しかし宝鏡を動かせば、闇が……」

「それについては、ウルスラのシルヴァーナ女王に内々に頼んである」


 ミリヤ女王の隣から心配そうに口を挟むアメリヤを制すると、アメリヤは訝しげな顔をした。


「シルヴァーナ女王?」

「ユウ、説明してやってくれ」


 フェルティガエについては俺にはよくわからないこともある。

 面倒になってそう言うと、ユウは頷き、「ん」と咳払いを一つした。


「ウルスラのシルヴァーナ女王は……そうですね、ちょっと想像を絶する力の持ち主ですね。彼女が本気になれば、それこそ世界征服も夢じゃないかな。たとえ――たった独りだとしても」

「それほど、なのか……」

「ミュービュリからウルスラへ、ゲートも次元の穴も経ることなく、人間を瞬間移動させられる。ウルスラの領土面積はテスラの2倍以上あるんですが……4年前の神剣の騒ぎのときは、国土全部をほぼ覆い尽くす結界を張ったそうです」

「究極結界……完全防御クイヴェリュンか!?」

「そうです」

「何と……」


 ミリヤ女王が驚きのあまり、言葉を失う。

 完全防御クイヴェリュン……いかなる攻撃も侵入も阻む、まさに鉄壁の守りだったな、あれは。

 ウルスラの血の力を借りたとは言うが……。


「……本人はいたって普通の女性ですけど」


 そう言うと、ユウはクスリと笑った。


「つまり……女王自ら、テスラに足を運ぶというのか」

「ああ。朝日から女王に伝えてもらって一応、了承は得た。内部的にもどうにか対応できるらしい」

「なるほど、の……」


 ミリヤ女王は考え込むと、扇をパチリと鳴らした。


「それで……三種の神器を完成させた後、どうやって闇を封じ込める気だ?」

「それは考え中だ」

「……何だと?」


 ミリヤ女王がピクリと眉を震わせた。


「そんな不確かなことでいいのか」

「こればかりは、水那を助けて話を聞いてみないと……。勾玉と、勾玉の中の女神ジャスラに触れているはずだからな」


 俺は腕組みをした。


「……ま、それ次第かな」

「何を……!」

「ミリヤ女王、しばしお待ちを」


 アメリヤがいきり立つ女王を制する。

 そして俺の方を見ると

「ジャスラに向かうのは……来月であったな?」

と静かな口調で切り出した。


「そうだ。暁の都合を考えたらそうなった」

「ミリヤ女王。それまでに恐らく、託宣があるであろう」

「……」

「その託宣によっては――何をすべきか、もう少し見えてくるかも知れぬ。ソータにばかり押し付けるのも……」

「……」

「それを待ってはどうかと思うが」

「……ま、よいであろう」


 ミリヤ女王はそう言うと、大きく息をついて深く椅子に腰かけた。

 少し感情的になったことを、恥じているのかもしれない。


「……で、闇を封じ込めているくさびは、その二か所の宝鏡だけなの?」


 朝日が少し大きめの声で言った。

 やや険悪になってしまった場の空気を、変えようとしているのかもしれない。


「楔としてはそうだが……多分、ダイダル岬にも何かある」

「何か……?」

「闇の波動がその手前で堰き止められているからだ。ただ、神器じゃないな。俺にはさっぱりわからない」

「ダイダル岬って、王宮のフェルティガエの遠視もきかない、不思議な場所、だったっけ?」


 朝日がユウの方を見て言った。


「それで確か、ユウは隠れてたのよね。こっそりサンを育てて」

「ヤ……ヒールがそう言ってたからね」

「それについては、われから説明する」


 アメリヤは咳払いを一つすると、手に持っていた何かの本を広げた。


「前に預かった、フィラ創世期――つまり、女神テスラがまだ隠れていなかった頃の書物を憶えておるか?」

「私がお渡しした、何冊かの――かなり古い古文書ですよね?」

「そうじゃ。これは……その一部をわれが解読した物だ。結局、あの本の解読より先にソータが宝鏡を見つけたのだが……」

「まあな」


 ちょっと誇らしげに言うと、ミリヤ女王が

「ちょっと黙っておれ」

と俺を叱った。

 ……ただ、苦笑していたので本気ではないと思うけど。


「今も、すべてを解読した訳ではないが……女神テスラがフィラを去った経緯が分からぬかと、その年代の部分の解読を試みた」

 そう言うと、アメリヤは深呼吸をした後、解読した文章を読み始めた。



   ◆ ◆ ◆



 女神テスラとヒコヤは長い間フィラを見守り続けていたが、それも永久のことではなかった。

 神器を手放したヒコヤ――その命が消えていくのを、たとえ女神テスラでも、止めることはできなかった。

 世の理に逆らうことは、三柱の女神を遣わした天界の特級神の意向に反する。


 ヒコヤが死に――女神テスラはフィラの最も近くにある海岸から、その亡骸を見送った。

 フィラの民も海岸からその背後の崖に至るまで、多くの人々がつめかけた。

 ヒコヤの亡骸は遠く水平線の彼方に消え……やがて、藍色の夜が訪れた。


 女神テスラは言った。


「神であるわれは……ヒコヤと添い遂げることは叶わぬ。でも、せめて……われの半身をこの地に残して行こう。ヒコヤと共に逝けぬ代わりに、ヒコヤと過ごしたこの場所を、全てのものから守るために……」


 女神テスラはヒトの形を解き放った。

 辺りに眩しい光が広がり……フィラの民はみな、目を背けてしまった。

 気が付くと……女神テスラの姿は忽然と消えてしまっていた。


“われの半身……永久に、この地で、ヒコヤと共に……”


 そんな声が聞こえ――女神テスラの靄は遠く、北の方に飛んで行った。


 ヒトから女神に戻ったのだ……と、誰ともなく言った。

 そして……すべてのフィラの民が、北に向かって深く頭を垂れた。

 女神テスラは遠い北の地で、このフィラと――今は袂を分かってしまったエルトラの地を見守り続けるのだろう。


 残されたフィラの民は、女神テスラが残したという半身を探したが……見つけられなかった。

 どこに残されたのかはわからないが、女神テスラの意思を継いでゆこうと、岬に祠を作った。

 何も祀られてはいないが……女神テスラは、確かに此処にいる。


 ――空の祠ダイディル


 その場所は、いつかそう呼ばれるようになった。

 ヒトになってヒコヤを愛した半身――それが、我々フィラの民を永久に見守っているのだ。



   ◆ ◆ ◆



「……つまり、ダイダル岬には……女神テスラ自身が眠っている、ということ?」


 朝日が大きく目を見開く。


「この古文書の通りであれば、そうであろうな。また……北とは、あの北東の遺跡を指すのであろう」


 アメリヤの言葉に、俺は大きく頷いた。


「じゃあ、ダイダル岬を調べれば……」

「それは――フィラの民として、断固反対するわ」


 俺が言いかけると、それまでずっと黙っていたリオが強い口調で遮った。

 夜斗の双子の姉で、今はフィラの長となっているらしい。この4年でも数えるほどしか会ったことがなかったんだが……かなりおっかない姉ちゃんだな。


「細かい経緯までは伝わっていなかったけれど――フィラの民は、ダイダル岬には足を踏み入れないの。フィラの民にとっての聖域なのよ」


 リオがキッと俺を睨む。


「女神の半身を探るなんて、とんでもないわよ」

「まぁ……落ち着くのじゃ、リオネール」


 アメリヤが深い溜息をついた。


「神の存在は高次元過ぎて、われらでは把握できぬだろう。女神テスラと接していたいにしえのフィラの民ですら、探しても見つけられなかったのだ。それから何千年も経ち……触れたこともない女神の半身など、われらで見つけることができるとは思えぬ。女神自身が近付いてくれぬ限りは……な」

「あ……そう……ですね……」


 リオはホッとしたように息をついた。


「でも、ヒコヤの呼びかけになら……」

「可能性はあるが……そうまでして眠りを妨げる理由が、今のところはない」


 朝日の問いに、アメリヤは叱りつけるように言った。


「女神は呼びつけるものではない。崇め奉るものだ。もし女神テスラが必要だと判断すれば……自ら姿を現す。それを待つしかないであろう」

「託宣……とか……?」

「そうじゃ」


 そう言うと、アメリヤはパタンと本を閉じた。


「ソータよ。これは女神ジャスラにも言えることじゃ。無理に起こそうとしてはならぬ。ミズナを救い出すこと……まず、そのことだけを考えればよい。そして……そのときにわかったことをまず、われらに知らせてほしい。行動を起こすのは、それからじゃ」

「……わかった」


 俺はゆっくりと頷いた。


 女神とは――それほど高貴で遠い存在なんだな。

 俺も別に気安く思っていた訳じゃない。だけど……ヒコヤの記憶を持っている俺からすると、女神たちは皆愛すべき、魅力ある女性達だった。

 ヒコヤは女神テスラを愛した訳だけど、女神ウルスラも、女神ジャスラのことも、とても大事にしていた。

 そうか……ヒコヤのこういうところが、女神たちも気に入っていたんだろうか。


 それでも俺はヒコヤ本人ではない訳だし……あんまり軽々しく立ち入っちゃ、駄目なんだろうな。

 記憶があるから妙に近い感じがしてたけど、そこは勘違いしてはいけない。

 ジャスラに発つ前に聞いておいてよかった。


「……肝に銘じるよ」


 俺が言うと、アメリヤは満足そうに微笑んだ。


   * * *


 会議を終えて――俺は与えられた自分の部屋に戻った。

 窓を開け、藍色の空を見上げる。

 近付いてくる冬の気配が……より一層、澄んだ空気を運んでくる。



 水那――ついに、あと少しのところまで来たな。

 本当に……長い、旅だったよ。

 でも、やっと……お前に会える。


 水那……。

 水那も少しは、俺に会いたいって思ってくれてるか?


 ――ええ。早く……ずっと感じているだけだった颯太くんに――触れたい。


「……!」


 不意に、水那の声が聞こえてきた。

 返事が来ると思っていなかった俺は、思わず赤面してしまった。


「んが……何を……」

 ――ふふっ……。

「笑いごとじゃねぇっての……」


 まったく……周りに誰もいなくてよかったよ。

 思わず辺りを見回す。俺の部屋だから当然俺しかいない訳だが、それでもかなり恥ずかしい。


「……待ってろよ」

 ――ええ……。


 胸の中の勾玉から、水那の気配が消えた。

 再び眠りについたようだった。

 俺はちょっと吐息を漏らすと、静かに窓を閉めた。




                        ~ Fin ~




Continue to 「Tenjo no kanata」・・・

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