14.ソータの結論(1)

「……こんなもんかな」


 俺は手に持った地図と目の前の景色を見比べながら、独り言を言った。

 初めてテスラに来てから、4年余り――ようやく、東の大地の調査が終わった。

 季節は、もう冬になろうとしていた。


「本当に……大変だったな」


 隣にいた夜斗が、溜息をつく。傍には飛龍もいた。

 もうすぐ終わりそうだという報せを受けて、俺を迎えに来てくれたのだ。


「じゃあ、女王に取り次げばいいか?」

「そうだな。あと、フィラの古文書を解読している女王の母親……アメリヤさま、だったっけ? その人の話も聞きたいんだが」

「その人って……」


 夜斗がちょっと呆れたような声を出した。


「まぁ、いいか。じゃあ、関係者……朝日とユウも同席した方がいいな。暁は……ま、いいか、いなくても。朝日から内容を伝えてもらえばいいだろう」


 ぶつぶつ言いながら飛龍に跨る。俺も、夜斗の後について飛龍に乗った。


「そう言えば、今日……ユウは?」

「今日は王宮で書き物をするって言ってたな」

「ふうん」


 ユウは指導者として優れていたヒールヴェンという人――朝日の父親らしいが――の教えを後世に残そうと、本を書いている。

 最近は指導の大半を人に任せ、監督だけしているようだ。

 ユウのおかげで何人かの浄化者が見つかり、力を発揮できるようになった。

 しかし、彼ら全員の力を合わせても、暁はおろかレジェルやシャロットの力にも遠く及ばない。

 守秘義務の問題もあるし……結局、本人たちは連れていかずに、王宮で管理しているフェルポッドに込めて持っていくということになった。


「ユウ、あんまり外出しなくなった気がするんだが、気のせいか?」

「……」


 俺の疑問に、夜斗はしばらく黙っていたが

「……寒くなってきたからな」

とだけ答えた。


「まあ、そっか」


 何となく相槌を打ちながら、俺は朝日とユウのことを思い出していた。


 今からちょうど1年前……朝日はテスラに移住した。

 暁が高校を卒業するまでは、とか言ってたのにな、とは思ったが……ま、それぞれ家の事情とかあるだろうしな。

 朝日は治療師に指導を受けたり、王宮の図書館に詰めたり、はたまたフィラの山で薬草を採取したりと、かなり精力的に動いているようだ。


 それでも、俺がサンを見かけたときは、たいがい朝日とユウは一緒にいた。

 仲が良いのは知ってたけど、その様子はどこか必死で、切なささえ感じられて……俺は、何だか不思議な気持ちがした。

 夜斗は、そんな二人を適当な距離を保ちながら黙って見守っている。フェルティガエならではの意思の疎通があるのかな……と思ったりしたが、結局――何も聞けなかった。


 朝日とユウだけじゃない。

 俺が暁とシャロットの成長を待ちつつ、地道に東の大地を調査していた間……何も変わらない俺に対し、周りは随分と変わったように思う。


 ヤハトラの巫女ネイアは、来年18になる娘のセイラの教育に熱心だ。

 初めて会ったときは幼い少女だったネイアも、もう37歳だ。パラリュスが落ち着いた頃に、セイラに巫女の座を譲るつもりらしい。


 セッカは相変わらずデーフィで狩りと牧畜で生活している。長男のゴータと長女のミッカも一緒だ。

 次男のカイは、ホムラと共にハールで漁をしている。

 でも、そろそろ漁の季節は終わりだから、デーフィに戻ってくるのかな……。

 ホムラは50をとっくに越えたけど相変わらず現役で、豪快に漁を仕切っているらしい。


 エンカとレジェルの間には、3歳になる女の子がいる。

 レジェルは「出産で浄化の力が衰えたら元も子もない」とかなり修業に時間を割いているようだ。

 水那を助けようとしてくれるのは嬉しいけど、自分の人生だって大事だ。そこまで気にしなくてもいいのにな。

 俺がそう言うと「私の存在意義ですから」と生真面目に返された。

 強情なのは相変わらず、だ。エンカはさぞかし尻に敷かれているに違いない。


 ウルスラのシルヴァーナ女王は……何と、トーマとうまくいったらしい。

 二人とは直接会っていないので、朝日から話を聞いただけだけど……トーマは女王の眷属とやらになったんだそうだ。

 それってつまり女王の支配下に置かれたってことだろ、大変だな、と朝日に言うと、トーマくんは全然気にしてなかったわよ、と言っていた。

 もし俺がトーマの立場だったら、悪いことをしていなくても何だか焦ってしまうような気がするんだが……あいつのあの妙に肝の据わったところは、一体誰に似たんだろうな。

 ……まあとにかく、テスラの調査も報告しないといけないから、ヴォダでジャスラに戻る途中にウルスラに寄って、女王に会ってみようと思う。

 朝日によると、だいぶん変わったらしいから。


 シャロットはこの4年余りで、かなり能力が成長したようだ。

 本来の能力が浄化でありフィラの三家のうちの二つの血を引く暁、ヤハトラの巫女の血を引くレジェルに比べ、シャロットは浄化者としてはあまり強くはなかったが……ユウの指導の賜物だろう。

 ちなみに、暁と組んでいろいろやらかしたという話は、朝日から聞いていた。

 まあ、大人しく引っ込んでいるようなガキ共じゃないしな。

 そのおかげでトーマ達が幸せになったんなら……ま、いいか。


 暁と言えば、ミュービュリでモデル事務所に入ったらしい。

 その理由が「旅人になるため」というもので、俺にはさっぱり意味が分からなかった。

 だけどこの間も「ソータさんの話を聞かせてー」と言ってカメラ片手にやって来た。

 よくよく聞いてみると、写真家の弟子にしてもらう代わりに事務所に入ったんだそうだ。

 とにかく撮りたいものをいろいろ撮ってみたら、と言われ、カメラを持ち歩いているらしい。

 モデルの方は、受験があるから本格的に活動するのは高校生になってから、だそうだ。

 ……多分、水那の件があるからそうしてくれたんだと思う。


 俺がパラリュスに来て――23年。

 世界は――大きく変わろうとしている。


   * * *


「……それでは、報告を聞かせてもらおうかの」


 ミリヤ女王が中央の椅子に座りながら、そう切り出した。

 女王の母のアメリヤが、その隣に座る。

 ここは、いつも女王と会う大広間ではなく、王宮の東の塔にある部屋だった。

 中央には十人掛けぐらいの大きなテーブルがある。

 内密の話だし、地図を広げて説明したりもしたかったし……。

 キエラとの戦争時は、この場所が作戦会議室となっていたそうだ。


「まず、闇の核についてだが」

「うむ」

「要塞には一度、ユウに強引に連れていかれたときに入ったが、闇の核があるのは地下深くのようだ。どういう仕組みかはわからないが……そこにずっと引きつけてあるような状態だな」

「太古の昔、女神テスラが何らかの手段でそこに封じ込めたと……?」

「そうだな。ひょっとしたら、女神テスラ自身が引き付けているのかもしれない」

「なんと……」

「そして……」


 俺は地図につけた二つの丸印を指差した。


宝鏡ほかがみの位置はこの二か所。ただ……北東の遺跡の方は、本来もっと地中深くに埋めてあったんじゃないかと思う。キエラとの戦争時、北東の遺跡に立ち入ったとか言ってなかったか?」

「そうだ」


 女王が頷いた。


「正確には、終わった後だ。カンゼルと少年の亡骸を、海に送り出すのではなくその場で火葬した。魂の輪廻から外れてもらうためにな」

「朝日はその場にいたか?」

「いいえ……その頃は私、怪我の治療で伏せっていたから」

「じゃあ、暁もいなかった訳だよな。……夜斗は?」


 夜斗はゆっくりと首を横に振った。


「俺も別件で忙しい頃だったし……確か、王宮の兵士だけで執り行ったと思うが」

「ふうん……つまり、フェルティガエは誰も関与していなかった、と」

「――何が言いたいのだ?」


 ミリヤ女王が焦れたように俺を睨んだ。


「恐らく火葬は、あの闘技場みたいなところで行われたんだろう。その際に、地下に埋めてあったはずの宝鏡が掘り返されたんだろうな」

「でも……湖の宝鏡はあんな深く沈められていたんだぞ」


 実際に現場を見た夜斗が反論する。


「火葬のためにわざわざそんな深く穴を掘るとは思えないが……」

「……んー、そうか」


 そう言われればそうだな。ちょっと掘ったぐらいで出てくるような場所にあったとは思えないな。


「あの……」


 朝日が手を挙げている。


「どうした?」

「カンゼルの資料なんだけど……どうやらカンゼルは地下の闇すら実験に利用していたフシがあるの」

「え……」

「カンゼルは北東の遺跡にもたびたび出入りしていたって言うし……。何かを調べてて、その際に一度宝鏡を掘り出したんじゃないかしら? でもカンゼルには割れたガラクタにしか見えなくて、そのままになってたとか……」

「でも、カンゼルなら見つけたものを放ったらかしにはしないんじゃないかな」


 ユウが首を捻った。


「あれだけ研究熱心なんだ。太古の遺跡から発掘されたものを、そのままにするとは思えない」

「でも……」

「――まぁ、それは今となってはもうよいだろう」


 ミリヤ女王がピシリと言った。


「とにかく、宝鏡の位置が外れてしまったために封印が緩み、闇が地上にまで蔓延はびこるようになった。――そう言いたいのであろう」

「そうだ。で……今はまだ、そのままにしてある。正しい位置に直したかったが、さすがにそこまではわからなかった。下手に動かしてさらに緩んでも困るし……」

「じゃあ、そのまま外に晒されているのか?」


 女王の母、アメリヤがギョッとしたような顔をする。


「いや、念のため夜斗に隠蔽カバーしてもらってある。誰も立ち入ることはないし、動くことはないと思うが……」

「……そうか」


 俺の答えに一応は納得したらしく、アメリヤとミリヤ女王はそれ以上は何も言わなかった。


 とりあえず、現状はだいたい把握できた。

 問題は、このテスラの闇をどうするか、だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る