10.暁のこれから
「ど……どうしよう……」
シャロットが青ざめた顔のままウロウロし出した。
「姉さま……シルヴァーナ様、ミュービュリに行っちゃった?」
コレットもオロオロしながら忙しなく動くシャロットを目で追っている。
「多分、そう。あんな怖い顔をして、トーマ兄ちゃんに……どうしよう……」
「いやー、結果オーライじゃない?」
オレが言うと、シャロットとコレットが不思議そうな顔をしてオレを見た。
マリカはうんうんと頷いてオレの意見に賛同してくれている。
「トーマさんがすべてを知って……シルヴァーナ女王がめずらしく自分の感情だけで突っ走って、トーマさんに会いに行った。女王の立場も忘れて。……二人が本音で話せる、最大のチャンスだと思うけど」
「え、じゃあうまくいったのかな?」
「それは……わからないけど」
「視ないと!」
シャロットはそう言うと、バッと空中に手を翳した。
「やめとけ! 悪趣味だから!」
「何で……」
「私も見たーい。お花が咲いてるところ……」
コレットが横から口を出す。
「コレット様、その場合はなおさら見ちゃ駄目です」
「えー……」
「とにかくやめて、シャロット。本当にマズイから。そっとしてあげて」
「私からもお願いします。シャロット様、どうか……」
「……」
シャロットはまだ納得していないようだったが、マリカの口添えもあってどうにか諦めてくれた。
オレはほっとして息をついた。
ユズルさんにも連絡しないと、と気づいてスマホを取り出す。……だけど、よく考えればここはウルスラだ。届く訳ないよな。
ユズルさんにはテレパシーで連絡をし、まだ「お花が見たい」とごねるコレットをマリカに任せて……オレとシャロットはコレットの部屋を出た。
東の塔に向かう間、オレはずっと、さっきのトーマさんとシャロットのやり取りを思い返していた。
席は外したけど、シャロットはかなり大声だったし……内容が内容だったから、気になって立ち聞きしてしまった。
――シルヴァーナ様は闇の影響で、子供が生めないの。だから、それはオレが代わりにするんだ。
確か、シャロットはこう言っていた。
それって……?
「――で、何? アキラの聞きたいことって」
部屋に入るなり、シャロットがオレに向かって乱暴に言葉をぶつける。
「えっ……え? オレ、何か言ったっけ?」
「顔に書いてあるもん」
「……」
シャロットがいつものようにティーポッドからお茶を注ぎ、テーブルの上に並べる。そして「ふう」と息をつきながらストンと椅子に腰を下ろした。
オレも向かい側に座り、カップを手に取って一口飲む。
いつもはすごく美味しく感じるお茶のはずだけど――何の味もしなかった。
喉が乾きすぎて、おかしくなってるんだろうか。
「あの……さ」
「何?」
「また今度、って言ってた話……何だ? それ、自分には不必要だからって言ってたのと……関係ある?」
シャロットのあの台詞について真っすぐ聞く気には、とてもなれなかった。
その前に引っかかっていたことをとりあえずぶつけてみる。絶対に無関係じゃなさそうだし。
シャロットは黙ったままお茶を一口飲んだ。右手でカッブを持ち、左手を添えて、じっと何かを考え込んでいる。
やがてトンとテーブルの上にカップを置くと、その眼差しを、真っ直ぐオレに向けた。
心臓が、ドキリと音を立てた。
「私には、使命があるの」
シャロットはオレを真っ直ぐに見つめたまま、ゆっくりと言った。
オレ……やっぱり、シャロットのことが好きなのかもしれない。
そう自覚した途端、かなり昔に朝日に言われたことを思い出した。
――パラリュスの女王の一族はね、自由に恋愛できないの。国を守るために、決まった道しか歩けないの。シャロットも……もっと自由はないかもしれない。――大事な使命があるから。
そうだ……確かそう言っていた。
だから――女の子としては、好きになるな、と。
仲間以上の気持ちは持っては駄目だ、と。
「……使命って……?」
――聞かない方がいい。
そう思ったのに……口から出たのは、正反対の言葉だった。
シャロットはゆっくりと俯くと
「――ウルスラの優秀なフェルティガエを迎えて、女王の後継者を生む。それが、私の使命なの」
と、自分自身にも言い聞かせるように、静かに――だが力強く、言った。
「……え……」
口から間抜けな声が漏れる。
「それって……え?」
「あんまり説明させないで。さすがに、アキラには……」
そう言うと、シャロットは立ち上がって窓の方に行ってしまった。
オレからはシャロットの綺麗な赤い髪と細い背中しか見えなくなった。
「ミズナさんを助けて、テスラの闇を浄化したら、私――」
「……」
「そしたら……もう、王宮からは出られなくなる。だから、その前に動きたかったの。シルヴァーナ様を安心させたかった。ちょっと無茶をしたかった、っていうのもあるかな」
「シャロット……」
「でね、どうしてそんなに急ぐかって言うとね」
シャロットはオレの言葉を遮った。
「私ね、パラリュスの……本音を言えば、パラリュスだけでなくて、ミュービュリもなんだけど……とにかく、世界中を廻りたいの。いろいろなものを見て回りたい。きっと、ウルスラの未来に繋がるものがある。……でもね、器がないからといって、私だけがそんな勝手に自由に動く訳にもいかないじゃない。シルヴァーナ様やコレットは、女王としての使命を背負っているのに」
「……」
「だから、ウルスラの後継者問題を早く解決してしまいたいの。……そういうことなの」
「……そ……」
「ねぇ、アキラは?」
シャロットは再びオレの言葉を遮った。
……どうやら、この話はこれでおしまいにしたいようだ。
誰の意見も、聞きたくないのかもしれない。
「……オレ?」
「アキラは……フィラの、重要な家系の最後の一人だって聞いたよ」
「あぁ、まぁ……」
何か大事な話が多すぎて、頭がまとまらない。
間の抜けた返事になってしまった。
「アキラには……使命は、ないの?」
「……」
シャロットの言葉に……オレは、何も言い返せなかった。
気づいてしまった、シャロットへの気持ち。
知ってしまった、シャロットの使命。
オレが……果たさなければならないはずの、使命……。
ユウとヒールの意志を引き継げる、立派なフェルティガエになること。
それが、オレの目標だった。
でも、そんな漠然としたものじゃなくて……もっと具体的に考えないといけない時期に来ている。
そう気づいて――オレは、自分が真っ暗闇に呑み込まれるような……そんな気分になった。
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