2.シャロットの動機(2)

 それから二ヶ月後。私は十四歳になった。


 相変わらず、次元の穴の観測は続いている。フィラやジャスラの次元の穴は数年に一度しか開かないらしいんだけど、ウルスラは神剣みつるぎが放置されていたせいか干渉を受けやすい状態にあるみたいだ。三カ月に一度は裏庭か書庫のどちらかで開いている。

 おかげで繋がる先の場所もだいぶん判明してきた。だいたい……十か所ぐらいかな。

 ジャスラのネイア様なら、全部でどれぐらいあるかも知っていらっしゃるかもしれない。聞いてみたいな……。


「姉さまー、いるー?」


 私の部屋の扉がノックされ、コレットの声が聞こえてきた。私は慌てて書庫から出ると、扉を開けた。


「どうしたの? コレット」


 目の前には、栗色の巻毛がふわふわ揺れた、ピンク色のドレスを着たコレットがいた。

 成長が遅れていたのが心配されていたコレットだけど、神官の管理や指導が行き届いたおかげか、すっかり年相応の姿になってきた。


「あれ? 一人で来たの?」

「うん! あのね、内緒だけど……跳んじゃったの」


 コレットはそう言うと、ペロリと舌を出した。……私の癖が移ったらしい。


「コレット、それは真似しちゃ駄目って言ったでしょ? 皇女こうじょらしくないよ」

「とにかく、お部屋に入れて? 内緒の話があるの」

「はいはい」


 私は溜息をつくとコレットを部屋に招き入れた。

 コレットはキョロキョロと見回すと、書庫の扉を指差した。


「姉さま、あの扉の奥、変よ?」


 私はギクッとした。次元の穴が開いているのを感知したのだろう。

 そう言えば、ユウ先生もすぐにわかったもの。皇女であるコレットが気づかないはずがない。


「前に神剣が置いてあったでしょ? それで時々変な感じになるときがあるの。でもすぐ消えるから……」


 私が説明している間に、穴の気配が消えた。


「……ほんとだ」

「だから、勝手に入っちゃ駄目よ」

「はーい」


 コレットは素直に返事をすると、中央のテーブルの傍の椅子にちょこんと腰かけた。


「姉さま、どうしていつも神官の格好をしているの? ドレスは? 持ってるでしょ?」


 白い上着と細みのズボンを穿き、髪も適当にまとめている私の姿を見て、コレットが眉を潜めた。

 コレットはいつも綺麗なドレスを着て、髪もきちんと結いあげてとても可愛らしい。コレットは皇女だから、それらしくないと、ね。……私と違って。


「動きにくいし、研究の邪魔になるから」

「でも、似合ってるのに……」


 そんなこと言ってくれるのは、きっとコレットだけだね。

 ドレスは重要な行事でしか着ないなあ。あ、アキラに久し振りに会うときにも着たっけ。


「それで……内緒の話って何なの?」


 カップにお茶を淹れながら聞くと、コレットは「あ、そうそう」と呟いて

結契けっけいの儀式のこと、神官から聞いたの」

と言って、にこりと笑った。


「え……」

「それでねー」

「ちょ……ちょっと待った!」


 私はティーポッドとカップを乱暴に置くと、コレットの両肩をガシッと掴んだ。


「聞いたって……何を……?」


 コレットはきょとんとすると

「姉さまが十二歳になったときに習ったのと、同じことよ。でも……私は少し幼かったから遅くなったんですって」

とあっけらかんと答えた。


 確かに、コレットはもう十三歳だ。成長も年齢に追いついてきた。

 だから知っててもおかしくはないんだけど……。本当にちゃんと理解したんだろうか。

 やや不安を感じたものの、とりあえずコレットの話を聞く方が先かと思い直し、私は一息ついて椅子に座り直した。


「で、何が内緒なの?」

「シルヴァーナ様のことも、聞いたの。儀式、できないって……。だから、十八歳になったら女王になって頂き、結契の儀式を行うことになります。そのつもりでいて下さいって言われたの」

「……えっ?」


 コレットが十八歳になったら……って、五年後? でも、その頃でもシルヴァーナ様はまだ二十八歳だ。退位する年齢じゃないのに……。

 私が首を捻っていると、コレットが「あのね……」と少し声を潜めた。


「先代女王イファルナ様の遺言なんですって。儀式を担う神官から聞いたの。時の欠片を受け継ぎ、女王になってから儀式に臨んだ方が、器をもつ娘が生まれる可能性が高いからって……」

「……そう」


 私の胸がチクリと痛んだ。

 イファルナ様は……やっぱり、私には何の期待もしてなかったんだ。


 でも、そもそもウルスラは孫に女王を継承する仕組み。女王となる娘を生むのは、女王ではない王族の人間。

 器を持たない母さまだって、女王を経ずにコレットを産んだ。だから、私にだって十分可能性はあるのに……。


「それにね、シルヴァーナ様は女神ウルスラに生き写しだから……先代女王として、そして女神に最も近い存在としてウルスラを守り、私を後見する方がいいんじゃないかって仰ってたそうなの」

「なるほど……ね……」


 イファルナ様は女王の血筋を――時の欠片の継承を、何よりも重んじていた。だから、シルヴァーナ様の身を案じてそんな遺言を遺した訳ではないと思う。

 だけど、シルヴァーナ様にとってはいいことかもしれない。コレットも嫌そうではないし。


「でも、ほんとは内緒って言われたの。シルヴァーナ様にも、姉さまにも」

「どうして……」

「お二方ともあんなに一生懸命ウルスラのことを考えておられるのに、お気の毒だからって」

「――お気の毒って、何よ」


 イラッとして、思わず語気が強くなってしまう。

 紫色の瞳でないから可哀想。子供が産めないなんて不憫。……そういうこと?


「あの……あの……私は、そんなこと思ってないのよ?」


 私の気配を察したコレットが、私の腕を掴んでプルプルと首を横に振った。


「でも、私が女王になった方が……三人でウルスラを守ろうねって……こう、いろいろ、できることが増えるんじゃないかって……そう思って……」

「わかってるよ。……コレット」


 私がコレットの頭を撫でてあげると、コレットはホッとしたように微笑んだ。

 コレットが素直に私を慕ってくれて、シルヴァーナ様にも懐いているのは、十分わかっている。

 コレットの笑顔が、今まで私やシルヴァーナ様をどれほど癒してくれたかわからない。

 だから、コレットの心を疑う気には全くなれなかった。


 コレットが女王になり、民を癒し……シルヴァーナ様がその圧倒的な存在感で民を一つにまとめる。

 それは……理想的な形かもしれない。


「で……その内緒の話を、どうして私にしたの?」

「姉さまには協力してほしいから、お話ししたの」

「協力?」


 コレットはにっこり笑った。


「ユズは家族なの。だからウルスラに来たとき、私が『お帰りなさい』って言うと『ただいま』って言うのよ。でも、トーマは違うの。『こんにちは』って言うの」

「うん……まぁ、ね……」

「トーマも『ただいま』って言えるといいのに。だから、シルヴァーナ様と家族になればいいなって思うの」

「……え……」


 私は驚いてコレットを見た。

 時の欠片の動乱のとき、コレットはまだ幼くて詳しい事情は知らなかった。神剣の事件の時も、コレットは乗っ取られていたからよく分かってなかったと思う。

 だから……起こった出来事は説明したけど、トーマ兄ちゃんとシルヴァーナ様が両想いだったとか、記憶がないとか、そういう個人的な事情までは説明しなかった。コレットも聞かなかったし。


「何で……」

「トーマとシルヴァーナ様が二人でいると、お花が咲くの。でも……しばらくすると、お花がしぼんじゃうの。何かちぐはぐで、変なの」

「???」


 独特の表現過ぎてよくわからない。


「白い、小さな綺麗なお花が一面に咲くの。でも……すぐしぼんじゃって悲しい。ソータさんは胸に水色のお花をいつも咲かせているの。ユウ先生とアサヒさんは……前は真っ赤な大きな花だったけど、この間は紫色のお花が静かに揺れていたのよ」

「……」


 つまり……シャロットの目には、好きって気持ちが花に見える、と。そういうことかな。

 新しいフェルティガが発現したのかもしれない。今、私は勝手にフェルティガを使うことを禁じられているから、『看破』は使えないけど。


「姉さまはねぇ……」

「えっ! 私!?」


 私はギョッとしてコレットを見た。コレットは「うん」と頷くと、少し残念そうな顔をした。


「お花は咲かないの。でもアキラといるときは、青々とした草原が広がってるの」


 それは、そうだろうね……。私の中に、そんな気持ちがあるとは思えないもの。

 さしずめ、友情とか信頼を表しているのかな。


「アキラの話をするときは、そうよ。生き生きしてるの」

「そうなんだ……」

「お花には養分が必要なの。でも、このままだとトーマとシルヴァーナ様のお花は咲かなくなってしまうの。だから、姉さまと私でシルヴァーナ様のお花を咲かせるのよ」


 コレットはそう言って興奮気味に拳を振り上げた。


「そうだね。私も……ずっと、そう思ってた」

「だから、ユズにもお手紙書くの。トーマのお花を咲かせてねって」

「それは……ユズ兄ちゃんに伝わるのかな……」


 さすがにちょっと不安になって呟くと、コレットは

「ユズなら私の言うこと、わかってくれるの。きっと」

と言って、これ以上ないくらいニコニコしていた。


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