3.ソータの気がかり(3)
その日の夜は、エルトラに泊まった。
そして翌日の昼になってすぐ、夜斗の案内で女王と謁見した。何でも女王が調査の途中経過を聞きたがっていたため、俺を呼び戻したらしい。
だけど残念ながら、
女王の母であるアメリヤの古文書の解読もまだそんなには進んでおらず、何も情報は得られなかった。
俺は要塞にもう一度きちんと
中庭に行くと、夜斗が口笛を吹いた。すると、サンではない別の飛龍が現れた。
「あれ? 今日はサンじゃないんだ」
「ユウが朝日と一緒にフィラに行ったからな」
夜斗はそう言うと、飛龍の背にひらりと跨った。その後ろに俺も乗る。
「サンはもともとユウの飛龍だし……俺はユウのいない間、面倒を見ていただけだから」
夜斗は淡々とそう答えたが、俺は何かひっかかるものを感じて思わず言葉を呑み込んでしまった。
――ユウのいない間……面倒を……。
まるで、朝日のことを言っているみたいだ。
「……じゃ、行くぞ」
「あ、ああ」
夜斗の声で我に返る。飛龍が空に飛び立った。
今日もテスラの空は白く、光が眩しい。俺は荷物から地図を取り出した。
「どこで下ろせばいい?」
「えっと……ここだな」
俺は地図の一点を指差した。今は、エミール川の東側に沿って移動している。川に沿う形で、途中まで俺が書き込んだ線が引いてある。
「今、どんな感じで調査してるんだ?」
地図に書かれた線を見て、夜斗が興味深そうに聞いた。
「とりあえず、闇の力が及ぶ範囲を調べている。女神テスラが張った結界の輪郭がわかれば楔になっている宝鏡の位置もわかるかもしれないと思って」
「え? 闇って要塞に留まってるんじゃないのか?」
「核はそうだが、地面の中の波動はもう少し広がっている」
「へぇ……そんなことまでわかるのか」
「ただ、ごくわずかなものだから実際に歩き回らないと駄目だな。長期戦覚悟だ。あと三年凌ぐのにはちょうどいいよ」
暁やシャロットが成長するまで、俺は待たなければならない。
どうせならその間にきっちり調査して、憂いは早くなくしてしまいたい。
「そっか」
「……あのさ。朝日のこと……」
「ん?」
夜斗が特に気に留めることなく返事をする。
「いや……」
朝日のことをどう思ってるか、なんて聞いてどうする。
聞いたって、俺にはどうすることもできないのに。
俺は首を横に振ると、言葉を変えた。
「朝日がさ、ユウが他に好きな人ができたんじゃないかと心配してた」
「はあ!?」
夜斗が素っ頓狂な声を上げて俺の方に振り返った。
「また、何をトンチンカンなことを……」
「俺もそう思ったから、夜斗が何も言ってないなら違うだろって言った。そしたら一応、納得したみたいだが」
「それならよかったけど……。わかった。とりあえず、様子を見てフォローしておくよ」
夜斗は深い溜息をつくと、再び前を向いた。
今までずっとこうして……夜斗は二人の――朝日のことを見守ってきたんだろうか。
「そう言えば……朝日が暁を育てるのに、夜斗にすごく世話になったって言ってたんだが……」
俺が聞くと、夜斗は「ああ」と言ってちょっと笑った。
「まぁ、そうだな。ミュービュリで育ててたからな。でも、何でそんなことを?」
「いや……俺はさ、トーマを親父に育ててもらったんだけど……フェルティガエをミュービュリで育てるのは、普通よりずっと大変なのかと思ってさ。ちょっと気になったんだ」
「そういうことか。フィラでは、幼い子たちは村全体で面倒を見る形だから、確かに一人で育てるのは大変かもな。でも、トーマは去年初めて力に目覚めたって聞いたけど?」
「ああ」
「だとしたら、普通の子供と変わらないんじゃないかな」
うーん、と夜斗が俺から目を逸らし、首を斜めにしながら遠くを見る。
どうやらいろいろと思い出しているようだ。
「暁は生まれてすぐに目覚めたし、力も大きくて特殊だったから、ちょっと扱いは大変だったかもしれない。フェルティガエは環境の影響を受けやすいし……かといって、そう何度もゲートを越えてこっちに来させる訳にもいかなかったし。だから、高熱を出したとか、フェルティガが暴走したとか、何か起こるたびに朝日が俺に連絡をしてきて、俺がフィラの人間やリオに聞いて朝日にアドバイスして……。まぁ、そんな感じのことを暁が安定するまでは続けてたからな。多分、そのことを言ってるんだろう」
「ふうん……」
そうやって、ずっと朝日を助けていたのか。
朝日が『夜斗は特別だ』と言っていたのがよくわかる。
「じゃあ、夜斗が暁の育ての父親ってことなんだな」
何気なく言うと、夜斗がちょっと驚いたように俺に視線を戻した。
口がちょっと開いて、珍しくポカンとした顔をしている。
「……何だ?」
「あ、いや……」
ハッと我に返ると、夜斗は照れ臭そうに頭を掻いた。
「そう言われれば、そうかもな」
そして、とても嬉しそうに笑う。
いや、嬉しそう……というよりは、幸せそう。満ち足りた笑顔。
何だか……夜斗の真意に触れたような気がして、
「でも……そしたら、自分の子供が欲しいなあとか、そういうことは思わなかったのか?」
と思い切って聞いてみたが
「全く思わない」
と即答された。
ひょっとして気を悪くさせたかとドキリとしたが、夜斗は別に普段と変わらない表情だった。
「……何か似たようなことを、前に暁にも聞かれたな。そのときも思ったけど……俺は朝日や暁……ユウやリオの力になるってことに精一杯で、それ以外のことに
「……」
「あの二人……朝日とユウは、お互いに頼るってことをあまりしないんだよ。別に遠慮している訳ではなくて……うーん……何て言うか、お互いがお互いを守ろうとしてるんだよな、必死に」
「へえ……」
言われてみれば……ユウが朝日に愚痴ったり、朝日がユウに弱音を吐いたりしてるところって、見たことない気がする。
……そんなマイナスな事が全く起きなかったから、かもしれないけど。
「もともとユウは朝日のガードだから、朝日に頼るっていう発想はないのかもな。でも、朝日は……まあ、何て言うか――朝日が困ったとき、頼る人間は俺だったし、これからもそうありたいとは思ってるかな。その時に、必ず何かしてやれる存在でいたいんだ」
「……」
それは、俺には――最大限の愛情表現に思えた。
……けれど、夜斗は自分ではわかってなさそうだ。
それでもちょっと恥ずかしいことを言ってしまったという自覚はあるようで
「あれ……何で俺、こんなことペラペラ喋ってるんだろうな」
と言って正面に向き直ってしまった。
俺はとりあえず
「……俺一人の胸にしまっておくよ」
とだけ言った。
夜斗は小さく「頼むよ」と言うと……白い空を見上げた。
「やっぱり、ソータさんて……何か、ミュービュリの人間ともパラリュスの人間とも違う、特別な存在なんだろうな」
「ん……そうか?」
自分ではよくわからないが。
夜斗は俺の方に振り返ると
「ヒコヤの生まれ変わりだからかな。女神の子孫は……みんな、何か素直になってしまうのかもな」
と言って、照れ臭そうに微笑んだ。
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