10.探すために(3)-ソータside-

 国道に出たところで、ユウの肩から下ろしてもらう。

 真昼間だし、大の男が男に担がれてるなんて、恥ずかしすぎるだろ。


 さっき示した方角から行くと、鹿児島方面のようだった。

 気配も感じないし……多分、かなり遠い。とにかく南下するしかない。


 検索してみると近くのバス停からバスが出ていることがわかったので、俺はユウと二人、並んで歩き出した。


「ソータさん……歩くの、早いね」


 フェルティガを使わないと途端に頼りなくなるユウが、息を切らしながら言う。


「ジャスラの旅は、ずっと徒歩だったからな」

「雫……集める旅、だっけ?」

「ああ」

「ねぇ。……旅の間、何を考えてたの?」


 ユウの言葉に、ちょっとハッとする。


 正直言うと……あまり思い出せない。ハールの山越えでびっくりするぐらい大きい獣に出会って焦った、とか、ラティブのモンスに頼まれて外れの村の揉め事を収めた、とか、そういう派手な出来事はいろいろと頭に浮かぶ。

 だが……あの小さな粒を拾い集めながら、俺は何を考えていただろう……。


「んー……何だろうな。とにかく必死に目の前のことを片付けていくことに精一杯だったし……考えないようにしてたかもな」


 考えたら、辛くなる。水那を失ってしまった過去を思い出して……それだけはどうにか回避できなかったかと考えて、自分を責めてしまう。


 ユウは一瞬押し黙ると、ちょっと辛そうな顔をした。


「……朝日も……そうだったのかな……」

「――多分な」


 必死で大学で勉強をし、一生懸命に暁を育て……。

 忙しくすることで、過去を振り返らなくて済むようにしていたに違いない。

 その気持ちは、わかるような気がした。 


 ふと横を見上げると、切り立った崖が見える。

 その上は……さっきまでいた山の方に続いている。


「崖を見ると……朝日と初めて会った時を思い出すな」


 ちょっとしんみりとした空気になってしまった気がして、俺は話題を変えた。

 朝日から何も聞いてないのか、ユウが不思議そうな顔をした。


「ウルスラで会ったんだよね。強引に入った、とは聞いたけど」

「そう。私に任せて、崖を越えてみせるから……と言って、俺を担いで――まぁ確かに、二回ジャンプしただけで越えたんだけど」

「凄いな……。俺の知ってる朝日に比べると、だいぶんパワーアップしてるね。夜斗が言ってた意味がわかった」

「パワーは凄い。でも、その後の着地が無茶苦茶で何回転したか分からないぐらい転がった。……まぁ、怪我はなかったけど」

「ぷはっ……」


 ユウは吹き出すと、めずらしく大声で笑った。


「なのに本人は妙に達成感に満ち溢れてるしよ。あれは成功とは言わねぇ」

「不器用だからね。でも……そういうところが可愛いよね」


 可愛い……かな、アレは……。


 どう返したらいいか困っていると、ユウが不意に

「ねぇ、水那さんてどういう人なの?」

と聞いてきた。


 ……そんなこと、言えるかよ。


「――言いたくない」

「何でさ」

「……勿体ないから」

「……」


 ユウは呆気にとられたような顔をすると「なるほど……」と小さく呟いた。


   * * *


 バスからJRに乗り換え、次に新幹線に乗り換える。幸い乗り継ぎはスムーズで、午後11時頃には鹿児島に着きそうだった。

 その間も、俺はずっと鞘の気配を探っていたが、近付いている感じはするもののまだまだ……だった。

 今まで来た距離と比較して考えると……鹿児島よりさらに南。

 奄美大島とかあの辺りまで行かなければならないようだ。


 フェリーかなんか出てるんだろうと思い、検索する。

 すると、奄美大島に向かうフェリーは11時ちょうどに出発、となっていた。


「うーん……」


 思わず唸ると、ずっと本を読んでいたユウがふと俺に顔を向けた。


「どうしたの? 鞘の在処がわかった?」

「いや……とりあえず、もっと南ってことぐらいしかわからない。ただそうなると、フェリーに乗る必要があるんだよな。鹿児島への到着時刻から考えると、乗るのは難しい。丸1日空くかも……。明日中には、無理かもしれない」

「えっ……」


 ユウの顔色がサッと変わる。そして携帯を覗きこみ、

「どういうこと? もう少し詳しく教えて」

と身を乗り出してきた。


「鹿児島に11時ちょっと前に着いて……で、ここがフェリー乗り場な。ここから11時にフェリーが出る。間に合いそうもないな……っていう……」

「……」


 ユウは俺が持っているスマホの画面に映し出された地図を見ると、しばらく考え込んでいた。

 そして自分のリュックを開くと、中から一つの巾着袋を出した。

 朝日に大量に荷物を持たされたので、用途別に小分けしてあったのだ。


 開くと、袋から水筒みたいな……円筒形のものが二つ転がり出てきた。どう見ても袋に入らないサイズのものが出てきたので、俺はちょっとびっくりした。

 これが、圧縮か。前にも確か見たことあるけど、本当にすごいな。


「何だ、それ?」

「フェルポッド。朝日がミリヤ女王に必死にお願いして貰ってきたもので……中に夜斗のフェルティガが入ってる」

「ああ、カンゼルが発明したっていうやつか」

「ちょっと手段を選んでいられなくなってきた。ソータさん、ホームに降りたら俺はすぐ担ぐから、そのつもりでね」

「えっ……人が居るのに、恥ずかしいっての!」

「これ使うから大丈夫」


 そう言うと、ユウはフェルポッドを片方だけ残し、もう一つは再び元通りに片付けた。


「これは隠蔽カバーっていって、俺達の姿を隠してくれるんだ」

「ああ……」


 確か、カガリと決着つけるときにかけてもらったやつだな。


「とにかく急ぐから、心の準備はしておいてね」


 ユウは真面目な顔でそう言うと、再び視線を本に戻した。

 いつもならちょっと笑顔で俺をからかうような感じで言うのに……妙に真剣だったから、俺は「わかった」と神妙に答えるしかなかった。


   * * *


 ホームに降り立った途端、ユウは俺を担ぎ上げた。

 それと同時に俺がフェルポッドを開けると、ぎょっとしたような顔をしていた駅員が急にキョロキョロしだした。

 ……多分、目の前でかき消えたように見えたんだろう。

 ユウはものすごいスピードでホームを走ると、急にジャンプした。


「おわ、何だー!」

「真面目に階段とか上り下りしてられないから。上から駅を飛び越える。最短距離で向かうから!」

「うお……」


 一体時速何キロ出ているのか……ユウは駅の屋根を飛び越え、道路を行き交う車やトラックも飛び越え、一直線にフェリー乗り場に向かっている。

 海が見えてきたところで……笛が鳴った。


「――11時だ!」


 俺が言うと、ユウは舌打ちしたあと

「ちょっと……本当の本気出すね!」

と言ってさらに加速した。


「ぐ、ぐお……」


 屋根を飛び越えてフェリー乗り場に降り立つ。

 ものすごいスピードで海に近付いたが……フェリーはすでに出港していた。


「飛ぶよ!」

「マジかー!」


 ユウは俺を抱えたままジャンプした。

 今までのような特大ジャンプではなく……完全に宙に浮いている。


 飛ぶって、飛ぶって、本当に飛んでるじゃねぇかー!


 俺があたふたしている間に、スピードはぐんぐん上がる。

 そして……フェリーに追いつくと、ユウはそのてっぺんにふわりと舞い降りた。


「ふ……」

「ひー……」


 ユウの手が緩んだので、どうにか下りる。膝がガクガクしていた。

 見ると、ユウは荒い息をついて倒れている。胸に手をやり、かなり苦しそうだ。


「おい、大丈夫か! 相当無理したんじゃねぇのか!」

「違う……ちょっと久し振り、だっただけ……」

「本当か?」


 少し微笑むと、ユウは頷いた。


「眠れば大丈夫。フェルティガはそれで……回復できるから。鞘を見つけたら……知らせてね」


 ユウはそう言うと目を閉じた。ほどなく……寝息が聞こえてくる。

 顔色は悪くない。多分……大丈夫、なんだろう。

 俺は帽子とマフラーと手袋を取った。


 かなり南に来たので、もう寒くはない。潮風が心地よく感じる。

 そしてアノラックを脱ぐと、ユウにかけてやった。

 こんな外で寝たら、風邪をひくかもしれないからな。


 神剣みつるぎをぎゅっと抱きしめる。

 鞘が近づいて……こいつも何だか、喜んでいるような気がする。


 ありがとうな、ユウ。

 後は……俺が鞘を見つける番だよな。

 

   * * *


「……ん!」


 気配を感じて、俺はガバッと起き上がった。どうやら寝てしまっていたらしい。

 まだ太陽は出ていないが……東の空が少し明るくなっている気がする。


 胸に抱えていた神剣が、熱くなっていた。

 布を取り、仮の鞘を抜くと……その気配に、ユウがビクッとして目を覚ました。


「――何? 見つかった?」

「……ああ」


 神剣の赴くままに……ある一点を指差す。

 それは予想通り……遠くに見える、小さな島だった。

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