9.探すために(2)-ソータside-

 いよいよ、今日……次元の穴が開く。

 ――鞘を取り戻すために、俺はミュービュリに渡る。


 朝日が用意してくれたミュービュリの服に着替え、神剣みつるぎを背負う。

 夜斗がサンでフィラまで送ってくれた。


「しかし……すごい格好だな」


 俺を見ると、ちょっと呆れたように夜斗が言った。

 なぜかと言うと……厚手のアノラックに毛糸の帽子、ごついマフラーに分厚い手袋、厚底のブーツという完全防寒装備に埋もれていて、誰だかもわからない状態になっていたからだ。


「1月の日本は真冬で、場所によっては異常に寒いから……とにかく着とけって朝日が言うからさ」


 マフラーに阻まれ、声がもごもごする。


「まぁ、この時期はこっちも寒いけどな。でも、そんな奴いないけど」

「だよなあ……」


 俺が育ったS県は比較的暖かい気候なので、全く見当もつかなかった。

 とは言っても、ジャスラの北の国……年中寒い、ベレッドよりはマシだと思うんだが……。

 でも……確かにどこに出るか分からない訳だし、おとなしく言う通りにした。まぁ、暑ければ脱げばいいことだしな。


 サンから降りると、穴を感知するという姉妹が待っていた。

 もうすぐなので急いで下さいと言われ、俺たちは小高い丘を走って登った。

 岩穴の前まで来ると……確かに、不穏な空気が漂っている。穴が、もうすぐ開くのだろう。

 俺はごくりと唾を飲み込んだ。


 圧縮した荷物が入ったリュックを背負ったユウが

「じゃ、行こうか」

と言って俺を抱え上げたので、俺は呑み込んだ唾を吐きそうになった。


「ちょ……ちょっと待て、何で担ぐ必要があるんだ?」

「離れてると、咄嗟に対応できないから……こっちの方が確実」

「頼むから、ゆっくりな。冗談でなく、俺は死ぬからな」

「大丈夫だって」

「だから、お前の大丈夫は……」

「じゃ、行くよ! またね、夜斗! 二人もありがと!」


 目の前の穴が開くと同時に、ユウは挨拶もそこそこに穴に飛び込んだ。

 夜斗が「頑張れよー!」と叫ぶのが……遠くで聞こえた。




 辺りは真っ暗闇で……ジャスラに召喚された日のことを思い出した。脂汗が出る。

 あの日……すべてが変わった、あの日……。


「――来た!」


 ユウが不意に叫ぶ。見ると、足元に穴がぽっかりと開いていた。

 真っ白な……雪?


「とりあえず……海の中ではないね」

「おう……」


 穴から出ると、そこは鬱蒼とした木々に囲まれた場所だった。大量に雪が降り積もっている。

 ユウがふわりと地面に舞い降りた……にも関わらず、想像以上の積雪にずっこけた。


「うわっ……」

「どわー!」


 ユウがよろけた拍子に俺の身体が投げ出される。降り積もった雪の中にズボッとはまり、体中雪だらけになった。


「ごめん、ごめん……」

「いや、ま……」


 ユウが慌てて俺の近くに来て、手を引っ張って起こしてくれた。

 身体についた雪を払いながら、辺りを見回す。


 高い樹が何本も立ち並ぶ、林……いや、もっと深い、森の中だ。足は膝ぐらいまで雪に埋もれている。

 見上げると、押し寄せるような木々の上のわずかな空間から、青い空が見えた。

 木の幹が雪でふちどられ……太陽の光に反射して光っている。

 ……どこか、幻想的な風景だった。


「……どこだ、ここは?」

「それをソータさんが調べるんじゃないの?」

「そっか」


 俺はアノラックのポケットに入れておいた携帯を取り出した。

 やり方を思い出しながら一生懸命検索する。……辺り一面、すべて山。……訳が分からん。

 仕方なく広域に広げると……どうやら中国地方の山間部に降り立ったことが分かった。

 それで……鞘はどこにあるんだろう。


「ユウ、念のため誰か来ないか見張ってろよ」


 俺はそう言うと、背中の神剣を下ろし、仮の鞘を抜いた。刀身がギラリと光る。

 ユウが、少し俺から離れたのが分かった。……フェルティガエには、キツいらしいからな。

 神剣を構えて、目をつむり祈る。


 ……お前……どこにいる?


 すると……神剣が何かを訴えるように啼いた。

 ゆっくりと目を見開くと……俺の手が自然と動き……ある方向を指し示していた。


「……とりあえず、こっちか」


 お疲れさんと声をかけ、神剣を仕舞う。元のように背負うと、俺は再び携帯で調べた。

 神剣が示した先は……さらに、南だった。


「うーん……」


 思わず唸る。

 ミュービュリに着いたら、まずは親父やトーマがいるT県に行くつもりだった。

 だけど、この場所から考えるとかなりの逆戻りになる。

 となると……先に鞘を探しに行った方がいいんだが……。


「どうしたの? 何か問題があった?」

「いや……親父に会いに行きたかったけど、鞘の方向と真逆なんだ。どうしたもんかと思って………」

「――朝日に電話してみたら?」

「そうだな」


 時刻を見ると、昼の二時だった。

 修士論文も終わったと言っていたし、忙しさのピークは過ぎている。大学の講義中ということもないだろう。

 それに夜斗が、穴に飛び込んだら朝日に連絡しておくと言っていた。


 朝日は親父やトーマたちと頻繁に連絡を取ってくれているらしい。俺の動画を撮って親父に見せたらとても喜んでくれた、と言って泣きそうになっていた。

 朝日にも「まず親父に会いにいきたい」と言ってあったので、俺からの連絡を待っているかも知れない。

 俺は画面の「朝日」という文字を押した。ワンタッチダイヤルとかいうやつで、朝日が前もって設定しておいてくれたものだった。


“――もしもし?”

「あ、俺。今着いたけど、中国地方の山ん中なんだよ」

“え……。かなり遠いね”

「そう。それで鞘は、もっと南……九州地方にあるみたいなんだ」

“そうなの!?”

「ああ。だから親父に会いに行きたかったけど、真逆になるからどうしたもんかと思ってさ。まず、鞘を手に入れるっていう仕事を終わらせてしまった方がいいかな、とも思ったりしてるんだ。その方がゆっくり会えるし」

“あ……うん……そうだね……うーん……”


 朝日にしては珍しく、返事がはっきりしない。気のせいか、何だか声も上ずっている感じがする。


「どうした? ひょっとして取り込み中だったか?」

“ううん、大丈夫。ちょっと……待ってて”


 そう言うと、朝日は保留ボタンを押したみたいだった。ゆったりとした音楽が流れてくる。


「朝日、何だって? 何かあったの?」


 俺の慌てたような声に、ユウが心配そうに言った。


「いや……ちょっと待っててって言って、保留になってるだけ。……ただ、何か忙しい時にかけてしまったのかも知れないな」

“――もしもし?”

「あ……うん」


 朝日の声が聞こえて来て、俺は慌てて耳に当てた。


“中平さんは、まず使命を果たせって。それから――会いに来てくれればいいから……って”

「親父、そこにいるのか? 出れる?」

“――ううん。ごめんなさい、ここにはいないの。別の電話でかけて、聞いたの”

「……そっか」


 ちょっと、声だけでも聞いておきたかったけどな。


“こっちは……大丈夫よ。どうにかするわ。だから……頑張って、早く手に入れてね”

「おう。神剣はかなりはっきり導いてくれてるし……乗り継ぎにもよるが、明日には見つけられると思う」

“わかった。それで……ユウに代わってくれる?”

「ああ」


 俺は電話を耳から離すと、ユウに渡した。


「代わってくれって。ここに耳を当てればいいから」

「……ふうん」


 ユウは不思議そうに電話を眺めると、耳に当てた。

 そして俺から少し遠ざかると、二言三言交わし、すぐに電話を切った。


「……短かったな」

「うん。無茶するなって、念を押されただけだからね。で、どっちに進めばいいの?」

「えーと……こっちに進むと国道があって、しばらく進むと駅があるな」


 再び携帯を見ながら指し示すと、ユウが俺を担ぎ上げた。


「だから、何で担ぐんだー!」

「だってしばらく山の中の徒歩でしょ。俺の方が早いから」

「待て待て、無茶するなと……」

「――急ぐからね」


 ユウはそう言うと、物凄い勢いで走り始めた。

 俺の悲鳴なんてお構いなしで――それはもう、凄まじいものだった。

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