8.探すために(1)-ソータside-

 あれから――ミリヤ女王との謁見が終わってから、5か月が経っていた。


 あの後、俺はまずウルスラに行った。シルヴァーナ女王には

「シャロットが見違えるように明るくなって……本当にありがとうございました」

と感謝された。

 黒い布の記憶については、俺の口から説明した。シャロットはジャスラには3日ほど滞在したあと戻り――ネイアが語った場にはいなかったからだ。


 二千年前の経緯を説明すると、シルヴァーナ女王がウルスラの扉の話をしてくれた。

 次元の穴がたびたび開いて不安定だった場を、千五百年ぐらい前のウルスラの女王がウルスラの血を祀って扉を作り、力を制御したらしい。

 しかしその頃にはとっくにミュービュリの人間が混じっており、どこかの代で女王の相手として選ばれた人間がミュービュリの血を引いた人間だったのだろう、ということだった。


 シャロットが古文書の肝心なところが無くなっていると言っていたが、その元凶となる男が自分の罪を隠すためにすべて葬ったのだろう。それが、本人の立場のせいか闇にとり憑かれたせいかは分からないが。

 女王の純粋性の重大さなどはそのとき一緒に失われ、伝えられなくなったのだ。


 しかし、剣を封じる結界を張ることができた先代のイファルナ女王やシルヴァーナ女王の存在から、入ったミュービュリの血の中にはヒコヤに縁のある者がいると考えられた。

 ヤハトラの巫女と九代目ヒコヤの子孫であるレジェル。

 女神テスラとヒコヤの直系の子孫である暁。

 そして女神ウルスラの系譜であるシャロット。


 ネイアは

「女神の血を引くこと。ヒコヤに由来があること。この二つが、浄化者の条件だったのかもしれぬの。だとしたら、いろいろな不都合も……すべては今、この三人が同じ時代に生まれるための試練だったのかもしれん。それを糧にできるとよいな」

とレジェルとミジェルに話していた。


 その話をシャロットに伝えると、とても嬉しそうにしていた。

 そして自分にもミュービュリの血が流れていると知ったシルヴァーナ女王も、どこか幸せそうだった。ミュービュリに行くが何か伝言はあるか、と聞くと

「私は今……とても落ち着いている、とだけ……」

と言って少し淋しそうに微笑んだ。


 シルヴァーナ女王は、どうやらユズルとは時折連絡を取っているものの、トーマとは話していないらしい。トーマはそれほど力が強くないため、直接話すことができないようだ。

 それでも、孤独を覚悟していた以前よりはだいぶん安定しているようには、見えた。


 しかし……どうするつもりなのかな、あいつは。まあ、俺が口を出すことじゃないだろうけど……。


 その後、シルヴァーナ女王もテスラの女王とヤハトラの巫女に挨拶だけはしておきたいというので、代わりに聞いておいた。

 水那を救い出した後……いよいよテスラの闇の本体を封じるとなったときには、シルヴァーナ女王の力も必要だろう。


 次に、俺はジャスラに戻り、ネイアにミリヤ女王とシルヴァーナ女王の言葉を伝えた。

 そして、テスラで調査をしながら次元の穴が開くのを待つことにしたことも。


 今度はかなり長い間ジャスラを留守にすることになるので、セッカやホムラにも会いに行った。

 暁とシャロットは、ジャスラに来たときセッカの家にも訪れていた。

 セッカのところには二人より年上の子供たちがいるが、結構仲良く遊んだらしい。

 遊んでていいのか、とは思ったが……まぁ、シャロットにとってはよかったかもしれない。

 ずっと王宮に閉じ込められたような生活をしていた訳だしな。


「あの二人、すごく奇麗な子たちだったよね? 育ちがよさそうな……。テスラとウルスラのフェルティガエって、みんなあんな感じなの?」


 セッカがやや興奮気味に話す。


「シャロットは王女だから、まぁ、育ちはいいだろうな。暁は……どうだろう?」

「すごく可愛かったよ。ご飯が美味しいねーって」


 ……非常に、暁らしいな。


「あの子たち……いろいろ複雑な事情なのか?」


 はしゃぐセッカをよそに、ホムラがボソッと言った。


「え……何で?」

「最初のうちは、顔色を窺うというか……こういうと、嫌な感じになるか。そうではなくて、うーん……まわりの気配を察知して動いてるというか……何と言うか、子供にしちゃ恐ろしく頭が回るヤツらだったからよ。子供らしくないというか。まあ、慣れてからはそういう感じもあまりなくなって……ウチの子らと遊び呆けていたが」


 さすが、感覚で動くホムラには暁の猫かぶりも通用しないらしい。

 暁もホムラみたいな人間には会ったことがなかっただろうし、さぞかし驚いたことだろう。

 まあ、結果として二人にとって息抜きになったんなら、よかったよな。


「そうなの? まぁでも、楽しんでくれたんならいいけど」

「ああ、だいぶん楽しかったらしいぞ。シルヴァーナ女王に感謝された」

「そっか! よかった」


 セッカはそう言うと、「また遊びに来てくれないかなー」と呟きながら台所に戻っていった。

 子供たちが結構大きくなったので、世話し足りないのかもしれない。


 まぁとにかく、そんな訳で……ヴォダであちこちを回った後――俺は、テスラに来た。東の大地をくまなく調査するためだ。

 そしてようやく――次元の穴がまもなく開くことが分かった、という訳だ。


   * * *


「えーと、テントでしょ。寝袋に……あ、これカイロね。あとは折りたたみ傘と、合羽と……。あ、ユウ! ユウが好きだった本、この十年で新刊が八冊も出てたの。買っておいたから、電車の中で読んでね」

「ありがとう、朝日」

「あとは、非常食と、水と……」

「――おい、ちょっと待て」


 目の前に大量のグッズが拡げられているのを見て、俺は朝日の言葉を遮った。


「これ全部持ってミュービュリに行けってか。……鞘に辿り着く前に死ぬぞ!」

「ユウがいるから大丈夫よ。圧縮してくれるもの」


 朝日がにこっと笑って言った。


「それで、これが財布。こっちはソータさんが持ってた方がいいかな。ブランクはあるけど、ミュービュリの人だし。携帯は前に渡したよね?」

「まあ……。しかし、携帯……」


 俺がいたときは、まだPHSという通話専用の携帯電話しかなかった。

 朝日のスマホとやらを見せてもらったときに、腰を抜かすほど驚いたよ。

 写真も撮れるし、ビデオみたいに動画も撮れる。

 科学館でしか見たことのないようなテレビ電話の機能もあり、ネットとやらで自分の現在地やいろいろなことを調べられるらしい。

 ミュービュリで移動するなら絶対に必要になるから、とだいぶん前に俺は朝日に渡されていて、使い方を練習しておけと言われていたのだった。


「ソータさん、それで使い方は覚えた? もう大丈夫?」


 朝日が俺の顔を覗き込んで心配そうにしていた。

 ……何だか、かなりやつれているように見える。


「まあ……。それより、朝日の方がずいぶん疲れているように見えるが。何かあったか?」


 俺が聞くと、朝日は慌ててちょっと笑って

「今、修士論文がやっと終わったばかりで……それで、かな」

と言ってユウの方に振り返った。


「ユウ、お願いだから無茶はしないでね。トラックに飛び乗ったりしないでね。お金使っていいんだから、ちゃんと公共の交通機関を使ってね」

「わかってるよ」

「本当かな……」


 いや、あまりわかってない気がするな。


 テスラの調査は、基本的に俺が一人でやっていた。

 ユウはずっと一緒にいて手伝うと言ってくれたのだが、俺としては四年後の浄化の方が心配だった。

 三種の神器を揃えられない以上、浄化者の力の底上げを徹底的に図らなければならない。

 水那を確実に救い出すには、ユウの力が必要だと思ったからだ。


 テスラの浄化者の指導やウルスラのシャロットの指導となると、詳しい事情を知らない人間では心もとない。

 それに、ユウを育てたヒールという人は指導者としてかなり優れていたらしく、今となっては、その指導内容を知っているのはユウしかいないのだ。


 だから「ずっと俺についてなくていいからそっちを頑張ってくれ」と言って、ユウにはテスラとウルスラを行き来してもらっていた。

 ただ、俺一人では登れない崖があったりもするから、そういう時は助けてもらうことになる。

 だが……こいつはとにかく、俺の反応を見て楽しんでいるフシがある。


「おい、ユウ。一緒に行ってくれるのは感謝するけどな。絶対、俺の言うことを聞けよ。頼むから、勝手に動くなよ」


 俺が強く言うと、ユウは

「うん、大丈夫」

と言ってにっこりと微笑んだ。


 いや、こいつの笑顔はなかなか曲者だからな。あまり信用できないのだが、しかし背に腹は代えられない。

 ネイアに「ミュービュリのどこに出るか分からない」と言われ……そうなると、どんな状況でも助けてくれる力が必要ということで、ユウに白羽の矢が立った。

 まぁ、朝日のボディーガードをしていたユウなら、俺が危険な状況になっても必ず助けてくれるだろう。

 ……大事に扱ってくれるかは分からんが。

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