7.託すために(3)-朝日side-

 ずっと黙って私たちの話を聞いていた夜斗が、すっと顔を上げた。


「ミリヤ女王……よろしいでしょうか」

「何だ?」

「これまでのことは、あくまで予想……。その予想がはたして正しいのか、調べる必要はあると思いますが」

「ふむ……」

宝鏡ほかがみが、本当に東の大地にあるのか……」

「そうだよな」


 ソータさんも大きく頷く。

 しかしアメリヤ様は大きく首を横に振って溜息をついた。


「調査に出したことはある。……が、うまくいっていない。せめて、場所の予測さえできればよいのだが……」

「……あ!」


 私は慌てて、持っていた箱を取り出した。


「何だ? アサヒ」

「これは、キエラ要塞に残されていた書物です」


 ユウにもらった袋は、私が一度開けた。

 女王に献上するにしても、どんな書物が残されていたのかぐらいは確認する必要があると思ったからだ。

 中にあったのは、大きく分けて三種類だった。

 カンゼルが行っていた実験の資料。

 フィラの人達が持っていたと思われる書物。

 そして……古代文字らしく、全く読めなかったかなり古い古文書。


 箱を開けて、分類した書物を見せる。

 ユウに圧縮してもらっていたので、開けたとたん書物が溢れ出る。

 ミリヤ女王とアメリヤ様が驚きの声を上げた。


「それで……この古文書なんですが。私には全く読めない文字ですが、アメリヤ様なら……」


 古文書の一つを手に取り、玉座の隣にいたアメリヤ様の元に持っていく。

 アメリヤ様は受け取ると、パラリとめくり……両目を大きく見開いた。


「これは、かなり貴重な……恐らく、フィラの創成期ぐらいの文字だ。解読すればかなりのことが分かるとは思うが……われでも恐らく数年はかかるぞ」

「え……」

「ただ、絶対に解読せねばならぬ。とりあえず、その古文書は預かる」

「はい」


 今は人払いがされており、神官は誰も控えていない。

 しかしミリヤ女王がくるりと扇を回しパチリと鳴らすと、すっと二人の神官が玉座の背後から現れた。

 古文書を渡すと、彼らは恭しく頭を下げ、再びすっと姿を消した。

 大広間は、再び私達六人だけになる。


「残りの書物は……」

「フィラの物に関しては、ヤトゥーイに預ける。リオネールと相談し、所在を決めよ。何かあれば、われのもとへ」

「はい」

「カンゼルの資料については、アサヒが所有してよい。……どうせ、不快な内容しかない。われらにはどうにもならんからの」

「……そうですね」


 多分、人体実験の様子とか結果とか書いてあるんだろうな……。

 でも、その中にはフェルティガエの医療に役立てるものもきっとあるはず。

 それに、カンゼルの発明についても、きっと……。


「――おい。解読に数年かかるってことは、その書物から宝鏡の在処を知るのは、だいぶん先になるってことだよな?」


 私達のやりとりを黙って見ていたソータさんが口を開いた。

 しばらく考え込んだアメリヤ様が、やや顔をしかめる。


「……そうじゃな。すぐには、無理じゃな」

「しかも宝鏡について書いてあるかどうかも分からない、ってことだよな……」


 ソータさんが独り言のように呟く。


「さっき調査がうまくいかなかったと言っていたが、なぜだ?」

「フェルティガエでは危険過ぎて、キエラの大地の奥深くまではなかなか入れぬ。何回かは障壁シールドを施して向かわせたが……身体への負担が大きく、遅々として進まなかったのだ。かといって、フェルティガエでない者は何もわからないため調査にならない。……正直、滞っている」

「……」


 ソータさんはじっとアメリヤ様を見ると、諦めたように溜息をついた。


「――仕方がない。俺がやるか」

「えっ……」

「本当か!」


 私達の驚きとは違い、ミリヤ女王とアメリヤ様は嬉しそうに身を乗り出した。


「水那を救い出したら、あの闇をどうにかしなければならない。宝鏡の在処はもちろんだが、どのような封印がされているのか。闇はどれぐらい大地に影響を与えているのか。……そういったこと、感じ取れるのは俺しかいないだろうしな」


 ソータさんは頭をボリボリ掻いた。


「それにどうせ……やらせようと思ってたんだろ」

「なかなか察しが良いの」


 ミリヤ女王がにっこりと微笑んだ。

 ソータさんはふん、と鼻をならした。


「ただ、東半分とはいえかなり広い……。くまなく調査するとしたら、相当な時間がかかる。俺には行けない場所もあるだろうし。だから、夜斗とユウを時々貸してくれ。それで、四年なんてあっという間だろ」


 ソータさんの言葉に、夜斗とユウが思わず顔を見合わせた。


 ――水那を救い出すまで、四年……。とりあえず、目の前のことを一つ一つ片付ける。


 そう言っていたソータさんは、確かにその一歩を踏み出そうとしている。

 私は素直に、ソータさんはすごい、と思った。


「ちょっと待て。二人だけでいいのか? 補佐に何人かのフェルティガエと実働人員として兵士をつけようと思っていたのだが……」


 ミリヤ女王が慌てたように言う。こういう女王は、少し珍しい。

 ソータさんは顔をしかめて、首を横に振った。


「闇からいちいち守るのは面倒臭い。自分の身は自分で守れる奴がいい。それに、解読が済んでいない今は関わる人間は最小限の方がいいんじゃないのか? エルトラにとっても」

「まあ、それは願ってもないことなのだが……」


 ミリヤ女王は夜斗とユウの方を見た。


「二人は構わぬか?」

「僕は全然構いませんが。ソータさんについてろって朝日に言われていたので」


 ユウがそう答えると、夜斗は

「まだヨハネにすべての仕事を引き継ぐ訳にはいかないので……常時ついていることはできませんが、並行してなら」

と言ってソータさんの顔を見た。


「それで大丈夫だぞ。たまにフィラやエルトラと繋ぎを取ってくれれば」


 ソータさんの言葉に、夜斗は「それなら大丈夫です」と女王に向かって答えた。


「私は……?」


 そう言えば、ソータさんは私の名前は出さなかったな。


「朝日は、ソレをどうにかするんじゃないのか?」


 ソータさんは私の傍にあるカンゼルの資料を指差した。


「その内容が理解できるのは、朝日しかいないんだろ? お前は、お前にしかできないことをやれ」

「……うん!」

「あ……でも、たまにはミュービュリの差し入れでも持ってこい。それでいい」

「ふふっ、わかった」


 私が頷くと、ソータさんがちょっと笑った。


「――ところでアサヒ。キエラ要塞に入ったのか?」


 ミリヤ女王に急に聞かれ、思わずうろたえる。


「えっ……えっと……」

「立入禁止は、知っておるな?」

「えっと……それは、ですね……」


 どう説明したらいいかわからず困っていると、ユウが

「僕が入りました。ソータさんに協力してもらって」

と言って手を上げた。にっこり笑う。


「……立入禁止、知らなかったので」

「ほう……」


 ミリヤ女王が扇で口元を隠しながら、じっとユウを見つめる。

 ソータさんは「協力したくてしたんじゃないがな」とぼやいていた。


「……まあ、よいわ。悪影響もなかったようだし……貴重な書物も手に入ったしの。不問とする」

「ありがとうございます」


 ユウが丁寧にお辞儀をしている横で、夜斗がものすごく何か言いたそうな顔をしていた。

 ……多分、だいたいの察しはついてるんだろうな。


「――本当に……お前たちは……」


 ミリヤ女王が扇で顔を隠して身体をぷるぷる震わせている。

 隣のアメリヤ様も、顔をしかめて溜息をついていた。

 ひょっとして怒らせてしまったかな、と思ってビビっていると――


「ふっ……くくく……」


という笑い声が聞こえてきた。

 驚いて顔を上げると、女王が大笑いしている。

 隣にいたアメリヤ様は、眉間に皺を寄せたまま

「……ミリヤ女王。笑い事ではないはずじゃが」

と女王を諌めた。


「あ……あの……」


 恐る恐る声をかけると、ミリヤ女王は笑いながら私の方をちらりと見た。


「アサヒ……ユウディエンは、われにくれなくてもよいぞ」

「……もともと、あげるなんて言ってませんが……」

「ははは……お前たちは一緒にしておかないと駄目なようじゃの」

「……?」

「くっくっくっ……お前の苦労が分かるわ。のう、ヤトゥーイ?」

「は……」


 どう返したらいいか分からないらしい夜斗が、とても困った顔をしている。


「まあ……とにかく……ソータよ」


 ひとしきり笑ったあと、ミリヤ女王はソータさんに声をかけた。


「今はまだ表だっては動けぬが、何かあれば遠慮なく言うがよい。ヤハトラの巫女……ネイア殿にも、とても感謝していると伝えてくれ。ヒコヤの伴侶を救い、ジャスラの闇を鎮める協力はいくらでもするぞ」

「……感謝する」


 ソータさんはぺこりと頭を下げた。


 そうだ。ソータさんを見習って……とりあえず、私にできることを一つ一つちゃんとやっていこう。

 まずは中平さんに、ソータさんのことを報告しなきゃ。


 ずっと水那さんを救うために旅を続けていたこと。

 トーマくんに会えて、いろいろ分かりあえたこと。

 半年以内にはミュービュリに行くこと。

 そして……今も、眩しいくらい真っ直ぐに前を見つめていることを。

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