6.託すために(2)-朝日side-

“何卒……よろしく頼む”


 ネイア様が微笑んだ姿を最後に、エルトラ王宮の大広間に映し出されていた映像が、ふっと消える。

 長い時間フェルティガを使っていた夜斗が、ほっと息を漏らした。静かにソータさんの肩から手を離す。

 大広間にはソータさんと夜斗、そして私とユウがいた。



 私との話が終わって、翌日――ネイア様は黒い布の記憶を視たそうだ。

 だけどその内容は、想像通りかなり膨大だった。

 この上に、勾玉の記憶もミリヤ女王に報告しなければならない。

 しかしこれらの内容をネイア様自身がすべて書き記すとなると、大変なことになってしまう。


 しかも記憶を視たときに相当な体力を消耗してしまったらしく、ネイア様は寝込んでしまったという話だった。

 それを思えば、古文書を視てもらおうなんてかなり無茶苦茶なことを言ってしまったと思う。

 今度ネイア様に会ったら、謝らないと。


 一度ミュービュリに戻っていた私は、その話を通信でユウから聞いた。

 ユウはシャロットをウルスラに送った後、暁と一緒にテスラまで戻ってきたところだった。


 私はふと思いついて

「ユウ、夜斗に頼んでみるのはどう?」

と言ってみた。


“夜斗に? 何を?”

「ほら、隠れ家の洞窟で……夜斗がユウの幼い頃の記憶を映像で見せてくれたじゃない。確か、瞳に映った物を映像化することができる……んじゃなかったっけ?」

“ああ、あれか”

「あれなら、ネイア様自身が喋る姿をミリヤ女王に見てもらえるし、信用してもらえるんじゃないかな?」

“なるほど……”

「夜斗に頼んでみて、また教えて? そしたら私がジャスラに行って、ソータさんとネイア様に説明するから」

“わかった”


 ユウが夜斗に言うと、夜斗はミリヤ女王に相談したようだった。

 夜斗に頼むとなると、夜斗もこの事実を知ることになる。

 パラリュスの根幹に関わることだから、自分が介入していいのかどうか判断がつかなかったらしい。

 その後女王の許可が得られたので、私は再びジャスラを訪れた。


 そうして――ネイア様はソータさんと私の前で、勾玉と黒い布の記憶について語ってくれた。

 その後テスラに戻り……今、ミリヤ女王とアメリヤ様の前で再生したのだった。



「……以上です」


 私がそう言うと、ミリヤ女王とアメリヤ様は顔を見合わせて深い溜息をついた。


「……ヤハトラの巫女に敬意を表する。……かなり大変なことであったろうな」

「はい。記憶を視られたあと、三日ほど臥せっておられたので……」


 ミリヤ女王の問いに、その様子を見ていたユウが答えた。


「――そうか。くれぐれもよろしく伝えてほしい」

「はい」

「それより、どうなんだ」


 ソータさんがちょっと不機嫌そうに口を挟んだ。


「これで、ちょっとは俺のことを信じてくれたのか」

「もともと信じては、いた。巫女自体が知る事実、が重要だったのだ」


 ミリヤ女王はそう言うと、ふっと微笑んだ。

 しかし、すぐに厳しい表情になる。隣のアメリヤ様も、顔を曇らせたままだ。


「あの、アメリヤ様……?」


 私が声をかけると、アメリヤ様は申し訳なさそうに首を横に振った。


「ヒコ……いや、ソータだったか。この話とテスラの伝承を合わせると、やはり宝鏡ほかがみを渡すことは出来ぬ」

「……まあ、そう来るとは思ってたけどな」


 ソータさんが腕組みをして呟く。


「一応、聞く。……何でだよ」

「東の大地の封印の楔になっていると思われるからだ」

「えっ!」

「……なるほど」


 驚いて大声を出した私とは裏腹に、ソータさんは素直に頷いていた。


「……何が、なるほど?」


 一人納得しているソータさんに、意味が解らず聞いてみる。

 ちらっとユウと夜斗を見ると、二人もピンと来ていないのか、不思議そうな顔をしていた。

 ソータさんは私たちの顔を見回すと

「要するに、だな」

と言ってやや得意げな顔をした。


「キエラ要塞に漂っている闇……以前はなかったのに、戦争後に徐々に湧き出てくるようになった」

「……うん」

「つまり、もともとあの地下に鎮められていたが、封印が緩んだことによって地表に現れ始めたってことだ。あれだけの闇を閉じ込められるとしたら……神器しかないだろ」

「あ……」


 そうか。何もないところから急に闇が発生した訳じゃない。

 元々、東の大地の地下には闇があった。だからこそ、カンゼルの父ザイゼルは、あの場所に要塞を築き、キエラを建国した。

 途中で休戦はあったものの、カンゼルの代になってからは目覚ましく技術力が増加……そして、カンゼルはフェルポッドの発明を契機に、再びエルトラとの戦争に突入している。


 ひょっとして……カンゼルのその異常な科学力は、地下の闇に関係しているんじゃ……?

 だって、あれから十年経ったにも関わらず、エルトラはフェルポッドやガラスの棺の仕組みを解明できていないという。当然、独自の技術ではそれらのものを作り出せない状態だ。


 そしてこの十年の間に、私もこのテスラという国のことがだんだんとわかるようになってきた。

 どう考えても、フェルポッドやガラスの棺はこの世界の基準から考えたら遥かにオーバーテクノロジーだ。


「朝日がしたというテスラの歴史をネイアから聞いて、そう思ったんだ。女神テスラは、東の大地でただ眠っているんじゃない。恐らく、自分の力と宝鏡の力を使って、あの闇を封じ込めていたんだ。神器そのものに封じ込められなかったのは、すでにヒコヤがいなかったからなのか、それとも闇が巨大すぎるからなのかはわからないが……」

「……われの予想も、その通りだ」


 ソータさんの話を黙って聞いていたアメリヤ様が答えた。

 その隣では、ミリヤ女王も深く頷いている。


「宝鏡を動かせば、闇がテスラを覆う。神器の代わりになるものなど、恐らくない」

「……わかった」


 ソータさんは頷くと大きな溜息をついた。


「水那に関しては、浄化者と二つの神器でどうにかする。要は浄化の力の大きさの問題だから、四年後までに成長してもらうしかないな」

「すまぬ。ただ……われの託宣により、フィラには浄化の力を持つ可能性がある者が何人かいることがわかっている」

「本当か!」


 ソータさんの顔がちょっと明るくなった。

 しかし、ミリヤ女王は申し訳なさそうに首を横に振った。


「ただ、アキラの力には遠く及ばないがな。その者たちにはフィラとエルトラで協力して鍛錬してもらうゆえ……」

「……ああ、それで十分だ。よろしく頼む」


 ソータさんがゆっくりと頭を下げた。

 少し嬉しそうな、それでも淋しそうな、複雑な顔をしていた。

 その様子を見ると、ネイア様が言っていたことを思い出して……私は何だか切なくなってしまった。


 ジャスラは……テスラよりもずっとずっと大きい国だった。

 あの大きい国を、ソータさんは十八年もかけて隅から隅まで歩いて旅をしたのだ。

 あんな小さなジャスラの涙の雫を、一粒一粒拾い集め……水那さんの浄化を助けるために。

 それは……どれほど気の遠くなるような作業だっただろう。


 そして――長い長い旅路の果てに、ようやくここまで辿り着いたのに……水那さんを取り戻せそうなところまで来たのに、これからさらに待たなければならない。


 私にできることは、何でもしなきゃ。

 だってソータさんはテスラの闇を鎮め、ユウを取り戻してくれたんだもの。

 それに、三女神が愛したヒコヤ――その記憶を持つ、最後で最強の生まれ変わり。

 きっと、ソータさんの使命は……パラリュスの未来に関わる、うんと重いものなのだろう。

 それを少しでも助け、明るいものにするのが、私の使命なのかもしれない。


 そんなことを考えながら、再びソータさんを見つめる。

 顔を上げ、真っすぐ前を向いたソータさんは、それでもどこか晴れ晴れとした顔をしていた。

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