4.行くために(2)-朝日side-
ウルスラの状況を知りたいと言われ、シャロットがネイア様と一緒に部屋から出て行った。
残された暁とユウと私は、ガックリとうなだれるソータさんを励ましていた。
「ソータさん、どうにかなるって」
「俺もいるし」
「私も全面的に協力するし」
「……」
一生懸命元気づけたけど、ほぼ無反応だ。……かなりショックだったみたい。
「とにかくミュービュリに行けさえすれば、どこにあるか導いてもらえるよね?」
「海の中ならお手上げだがな」
「何だったら私がスキューバーダイビングの用意するし……」
「素人ができるか!」
「俺と一緒に行けば大丈夫だって」
「お前の大丈夫はあてにならん! 俺がどんな目に遭ったと思ってんだ!」
「そんなことは――あ、そうだ」
ユウは何かを思い出したような顔をすると、不意に立ち上がった。
暁のリュックと一緒に置いてあった袋を手に取ると席に戻り、私に渡す。
「ソータさんの台詞で思い出した。これ取って来たんだった。はい、朝日」
「へ?」
とりあえず受け取る。給食袋ぐらいの大きさで、感触はふわふわしている。
……何か変。
そうだ、ユウって『圧縮』が使えるんだったっけ。きっとこの袋の容積にはそぐわない大量の荷物が入っているに違いない。
「何これ?」
「カンゼルが持ってた書物、全部」
「――えっ!」
一瞬意味が解らず、袋とユウの顔を見比べる。
そんな私の様子はおかまいなしに、ユウが
「圧縮してあるから、今開けちゃ駄目だよ。すごい量だから」
と素敵な笑顔で言った。
カンゼルの資料……。
え? あの、キエラ要塞にあった?
「まさか……キエラ要塞に入ったの?」
「うん。朝日がミュービュリに帰った後にね」
……ということは、サンでフィラに向かったとき……?
「――暁!」
「オレ、ちゃんと止めたよ」
私が思わず睨みつけると、暁が慌てて手をぶんぶん振った。
「でも全然、聞いてくれないんだもん」
「ユウ!」
私はユウに掴みかかった。ユウが「やっぱり怒る?」と言って苦笑いしている。
「怒るわよ! 何で病み上がりにそんな無茶するのよ!」
「だって、朝日が要るって……」
「今すぐじゃないし!」
「早い方がいいかと思って」
「駄目に決まってるでしょ! 闇だらけなんだから!」
「でも、エルトラにとっても大事な書物があるよ、きっと」
「そういう問題じゃない!」
「ソータさんを連れて行ったから大丈夫。確認してから突入したし」
「大丈夫じゃないー!」
「俺も大丈夫じゃなかったからな。言っておくけど」
ソータさんが憮然として口を挟んだ。
「――それは……大変、ご迷惑をおかけしました」
私はユウを掴んでいた手を離すと、ソータさんに向き直って丁寧に頭を下げた。
多分、ソータさんさえいれば闇が弾けるから……無理矢理担いで要塞の中を連れ回したんだろうな、きっと。
「……」
ソータさんはじいっと私を見上げしばらく黙りこんだあと……肩を落とし、大きな溜息をついた。
「どっちみち、次元の穴からミュービュリに行くという選択肢しかない……。そうなると、お前たちに頼るしかないんだ、俺は」
「ソータさん……」
その言葉にはどこか自嘲的な響きがあって、思わず喉が詰まってしまった。
ソータさんはそんな私から視線をはずし、頬杖を突く。
地下にあるこの部屋には、窓なんてない。石でできた壁に覆われた密閉空間――だけど、その奥のどこか遠くを見つめるように。
「ジャスラに来てからは、ずっとネイアに頼りっぱなしだった。この間のウルスラやテスラの事件だって、暁や朝日に頼りきりだったし……」
「……」
「俺は普通の人間だから、できないことが多いんだよな……って思ったけど」
そう言うと、ソータさんは再び私達の方を見てちょっと笑った。
「何か、悩んでるのが馬鹿らしくなってきた。……お前たちを見てると」
「……え?」
「――とりあえず」
ソータさんは椅子から立ち上がると、私達三人を見回して頭を下げた。
「目の前のことを一つ一つ片付けて行こうと思う。……協力を頼む」
「勿論よ!」
私は慌てて立ち上がって大声で答えた。
「ミュービュリに行くための準備は私に任せて。ユウは、これからなるべくソータさんと一緒にいて手伝うのよ。夜斗とも協力して」
「わかった」
「暁は、ちゃんと四年後に水那さんを助けられるように修業するのよ」
「うん!」
「だから、大丈夫!」
そう言ってガッツポーズをすると、ソータさんは
「お前達の大丈夫はあまりあてにならないけどな……」
と言って苦笑していた。
* * *
「……それで、お話と言うのは……」
私はネイア様の私室でネイア様と二人きりになっていた。
……ネイア様の赤ちゃんもいたから、正確には三人きりだけど。
「ユウディエンとアキラの過去を視たが……分からないことも多くてな」
ネイア様は少し首を傾げ、「ふむ」と一息つく。
「テスラの歴史について、アサヒが話せる範囲で教えてはもらえぬか?」
「……わかりました」
テスラ語――もとい、パラリュス語がどうにか読めるようになってから、私はアメリヤ様のいる図書館でテスラの歴史を学んでいた。……アメリヤ様の許可が出た範囲内の話だけど。
「テスラの歴史……最近の戦争の話ですか? それとも国の成り立ち?」
「戦争については、ユウディエンの記憶からある程度はわかった。ユウディエンがアサヒに説明している様子があったからな」
ネイア様が何かを考え込みながら言う。
「だから……太古の昔……女神テスラがどうしていたかが知りたい」
「……わかりました」
私は頷くと、ネイア様の前の椅子に座った。
そして、自分で読んで知ったテスラの成り立ちを少しずつ話し始めた。
◆ ◆ ◆
女神テスラは、エミール川の西に自分の分身を女王とした国を建てました。
東側に何も作らなかったのは……そのうち人が増え、自分たちの意思で自分たちの国を作りたいという人間のために、残しておいたものだそうです。
しかしウルスラ、ジャスラを切り離した後……女神テスラはヒコヤと共に、自分の創った国を離れてしまいました。王宮よりずっと南にある、山と崖に囲まれた土地です。
民の一部はこれに付いて行ったそうですが、大半は女王の国に残りました。
南の土地は孤立していて、生きて行くには厳しい土地だったからです。
それに、女神たちに付いて行くことは、自分たちが今までいた国と袂を分かつことになるからです。
女神と女王がどういう理由で離れたのかは書物に書いてなかったので、私にはわかりません。
この南の地が――後のフィラです。女神テスラはこの地で再び国づくりをしていったと思われます。
思われます……という中途半端な表現になってしまったのは、テスラにはその間のフィラの記述が全く無く、よくわかっていないからです。
ただアメリヤ様によれば、恐らく完全に交流が途絶えていたのだろうとのことでした。
女王は自分の国に新たに『エルトラ』と名付け、その後も統治し続けました。
それ以降、フィラとは長い間断絶していましたが……ヒコヤが死んで、女神テスラがどこかに隠れてしまった後――だいぶん経ってから、フィラから連絡が来たそうです。
エルトラのフェルティガエの一人が力を暴走させて遭難し――フィラに辿り着いてしまったということでした。
フィラはその人を保護し、エルトラに連絡したのです。
これを機に、エルトラとフィラの交流が再び始まりました。
フィラのフェルティガエは能力が高く、指導にも優れていました。
このような事故が二度と起こらないよう、エルトラはフィラに協力を要請したそうです。
フィラにとっても、エルトラの物質的な支援や女王の託宣の力は有難かったようです。
こうして……フィラとエルトラは互いの領域を侵すことなく、長い間、友好関係を続けていました。
しかしその間も、川の東側の土地は、ほぼ手つかずのままでした。
長い歴史の中で、外れの方に勝手に村を作った人達は出てきましたが……中央に立ち入る人間はいなかったようです。
なぜなら……東の大地は入るべからずという伝承が残っていたからです。
女神テスラは北東の神殿に隠居したあと……ある日突然、姿を消してしまいました。
エルトラでは、東の大地に女神テスラの力が広がり、そして散っていったことは察知できたのですが……何が起こったかまでは分からなかったのです。
ただ、とにかく――女神の分身を祖とする女王は、女神テスラが地上から隠れてしまったことを悟りました。
“女神テスラ 静かに眠る 川の向こう 妨げることなかれ”
という託宣があり……それで、東の大地はヒトが踏み入れてはならない領域だと判断して、そのようにずっと語り継がれていったのだと思います。
事態が変わったのは、今からおよそ80年前のことです。エルトラの兵士長だったザイゼルという男が、人も増え、新たな土地を開拓すべきだと東側への進出を提案しました。
昔からの伝承もあることから、当時の女王――フレイヤ様のおばあ様なんですが、女王は許可しませんでした。
しかしザイゼルは自分の主だった部下を連れ、独断で行ってしまいました。
そして、調査をしに行っただけのはずが……彼は東の大地の中央に、自分の城を作り始めました。
気がついた時には、エルトラのフェルティガエではない者の大半が彼に同調して国を出奔し……そして、もともと外れに住んでいた人達をも巻き込み――戦争が始まったのです。
◆ ◆ ◆
「なるほど……。その先は、ユウディエンが朝日にした話になるのだな」
私の話を聞いたネイア様が頷く。
「そうですね……」
答えながら、私はパパの話を思い出していた。
一時休戦したけれど、父の後を継いで即位したカンゼルがその後フェルポッドを発明する。
そして、再びエルトラに攻め込み、ユウの運命が狂ったフィラ侵攻につながる。
フェルポッド……。そうだ、ユウが取って来てくれた資料を調べれば、どうやって発明したのか、その経緯を知ることができるかも。
三種の神器にも匹敵する物を発明したカンゼルの異常さの理由が、わかるかもしれない。
私は手に持っていた袋を、ぎゅっと握りしめた。
「では……女神テスラがヒコヤと共に去ってから隠れるまでのことは、女王も把握していないのだな」
「おそらく……。でも、今テスラで起こっていることやいろいろな書物と照らし合わせて、予測はしているのかもしれません。女王と謁見したときも今はまだ話せない、と仰っていましたから」
「ふむ……」
「エルトラと離れてから創られたのがフィラなので、フィラには代々伝えられていたのかも知れませんが戦争ですべて失われたので……。あ、そうだ」
私は手に持っていた袋をネイア様に見せた。
「あの……この中に、カンゼルの資料が入ってるんですが……」
「資料?」
「カンゼルの実験の資料です。それはいいとして……多分、フィラから強奪された古文書も入っているんじゃないかと」
「……」
「ひょっとして、ネイア様が触れれば、何かわかるかも……」
開けると大量に出てくるって言ってたから、今調べる訳にもいかないけど。
でも、前に入ったときも何冊かフィラ関連の本はあった。
研究熱心なカンゼルが捨ててしまうとは思えない。重要なものほど、大事に取ってあったはずだ。
「――やめておこう。それは……テスラの物であろう」
「え?」
ネイア様は溜息をつくと、私の方をじっと見た。
「テスラの物なら、まずはテスラの女王に献上するのが筋だ。大事な物であれば、なおさら……。他国の巫女がおいそれと触れていいものではない」
「あ……そうですね」
それもそうだ。テスラのトップシークレットかも知れない。女王の許可も得ずに他人に見せる訳にはいかないか……。
こういうところ、私って駄目だな。
「わかりました。女王に献上して、それから判断を仰ぐことにします」
「……そうだな。しかし……」
ネイア様は堪え切れない風にくっくっと笑い出した。
「それを取りに行ったユウディエンに振り回されたソータは、かなり大変だったようだな。そなたたちは……本当に元気なフェルティガエだ」
「は……はは……すみません……」
どう言っていいかわからず、変な受け答えになってしまう。
だけど――ネイア様はゆっくりと首を横に振った。
「――ソータはこれからさらに何年も、ミズナを待たねばならぬ。素直でない故、淋しいなどとは口が裂けても言わぬであろうが……辛いのは確かだ。その元気と明るさで、ソータを支えてやってくれ。……頼むな」
ネイア様はそう言うと、優しく微笑んだ。
ソータさんの長い旅を見守り続けてきたネイア様の言葉が、私の胸の奥深くまで染み渡る。
私は黙って、ゆっくりと頷いた。
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