3.行くために(1)-朝日side-

“朝日? いつこっちに顔を出すの?”


 ユウの不満そうな声が聞こえた。

 私はボールペンを走らせる手を止め、溜息をついた。


「うーん……もう少しかかるかな。今、どこにいるの?」

“ウルスラだよ。で、明後日に暁とシャロットを連れてジャスラに行くから”

「ジャスラ? 何でその面子なの? ソータさんは?」

“廻龍で行くからって、もう出て行った。廻龍の方が移動に時間がかかるし、最近構ってあげてなかったからのんびり行くって。それで、浄化者の話をするんだから、本人がいた方がいいってことになって……”

「それ、ソータさんが言ったの?」

“ううん、暁が。それに……なるべく俺に修業を見てもらいたいんだって”

「……」


 ユウの嬉しそうな声に、思わず溜息が出る。


 あの、甘え上手が……。本当に、誰に似たんだろう。

 まぁ、嘘をついている訳じゃないからいいんだけどね。演出が上手なだけで。


“で、朝日。ジャスラに行きたいって言ってたよね。どうするの?”

「ジャスラに着いたら知らせてね。それに合わせて、どうにかする」

“わかった。……じゃ、待ってるから”


 ユウが少し淋しそうな声で通信を切った。


 ユウが目覚めたあと、一緒に居たのは1日だけ。

 私はミュービュリに帰って来てしまったから、まだ不安なのかもしれない。

 本当にこれは現実なのかって。

 それに、十年経って状況がかなり変わってしまっているし……。


 ユウのことが心配になったけど……目の前の実験が途中だったことに気づいて、慌ててボールペンを握り直した。


   * * *


 どうにか研究を一段落させ、私はすっかり凝ってしまった肩をコキコキ鳴らしながら、ジャスラに行くためにゲートを開いた。

 ジャスラには行ったことがないけど、ユウの元に繋げればどうにかなる。

 だけど、「もうジャスラに着いたよ」というユウの拗ねたような声を聞いてから、かれこれ30分ぐらい経っている。

 ひょっとしたら怒ってるかも。


「お待たせー! ようやく実験のデータを取り終わった! 疲れたー!」


 とりあえず明るく元気に、と思いながら出口から飛び下りると、ユウが待ち構えていた。


「――朝日!」


 ユウが飛び下りた私を受け止めて、担ぎ上げる。


「わっ、何、何?」

「だって、遅いよ」

「ごめんね」

「寂しかった」

「えーと……」

「それに途中で顔出すって言ってたのに全然来ないし」

「それは……」


 ふと視線を感じてその先を辿ると、暁とシャロットが頬杖をつきながらじーっとこちらを見ている。

 子供たちにこんなやりとり見せちゃ駄目だ、と慌てて私はユウの肩を両手でぐいぐい押した。


「ゆ、ユウ! 下ろして!」

「何で?」

「恥ずかしいから!」

「……えー……」


 ユウは少し不満そうだったけど、おとなしく私を床に下ろしてくれた。


「確かにちょっと恥ずかしい」

「そうかな?」

「そうだよ」

「よくわかんない」

「えー」


 暁とシャロットが呑気な会話をしている。

 

 そうよね、こんなところ見せちゃ駄目よね。暁もシャロットも、あまり気まずそうではないので良かったけど。


「久し振り、シャロット。暁やユウは、ウルスラで迷惑かけなかった?」


 気を取り直して笑顔で話しかけると、シャロットは元気よく立ち上がってぴょこんと頭を下げた。


「いえ。一緒に修業をして、ユウさんにはたくさん指導してもらえたし。とてもタメになりました。ありがとうございました」

「シャロット……ちょっとフェルの無駄遣いし過ぎてたもんね。気をつけないと」


 暁が先輩ぶって偉そうに言う。


「でも精神的にムラが多いのは暁の方だからね。その点、シャロットはとても冷静だよ」

「ちぇっ……」

「えへへ……」


 ユウの言葉に暁は不満そうな顔をし、シャロットは嬉しそうに笑った。


 冷静……フェルティガエとしてはそれでいいんだろうけど、十歳の女の子としてはどうなんだろう?

 落ち着いている、そんな言葉で片付けていいのかな?


 でも……シャロットは普通の女の子とは違う。

 ウルスラのれっきとした女王の血族だから……覚悟も、普通の子供とは比べものにならないのかも知れない。


 そのとき、扉をノックする音が聞こえ、ソータさんの声がした。


「――いいか?」

「あ、はい!」


 返事をすると、ソータさんと銀色の髪をなびかせた碧の瞳の女性が現れた。

 私よりは年上かな? きっと、この人がヤハトラの巫女なんだ。すごく神秘的な雰囲気を漂わせている。

 私達三人が会釈をすると、暁も慌てて立ち上がり、お辞儀をした。


「もう、ちゃんとしなさいよ」

「だって……」


 碧の瞳の女性は私達をじっと見つめたあと、ソータさんの方に振り返った。


「ソータ。……充実した旅だったようだな」

「ああ。……いろんな意味でな」


 ソータさんが肩をすくめながら返すと、巫女がふっと微笑んだ。そして全員を見渡すと、ゆっくりと頭を下げた。


「……ヤハトラへようこそ。わらわが第百二代目ヤハトラの巫女、ネイアだ」


 慈の女神ジャスラ……その名にふさわしい、とても温かな声だと思った。


「よろしくお願い致します。私は……」


 私が自己紹介しようとすると、ネイア様はゆっくりと首を横に振った。


「触れれば分かるからの」

「え……」


 ネイア様はにっこり微笑むと、私と握手をし……瞳を閉じた。

 ――しかしすぐさまぎょっとしたように顔を上げ、パッと手を離す。


「そなた……何者だ?」


 かなり驚いたようだ。

 そうだ、「触れれば分かる」と言っていた。そういうフェルティガエなんだ。私を視ようとして力を使ったのに、その力を吸い込んでしまったに違いない。

 しまった、うっかりしてた。


「あ……えっと、すみません。フェルティガを吸収する体質なので……」

「吸収……?」

「えっと……どうしよう? やっぱり言葉で説明……」

「朝日、俺を視てもらえばわかるんじゃない?」


 ユウはそう言うと、にっこり笑ってネイア様に手を差し出した。


「テスラから来た、ユウディエン=フィラ=ファルヴィケンといいます」

「……うむ」


 ネイア様は気を取り直したように頷くと、ユウの手を握った。

 今度はうまくいったようで――だいぶん時間が経ってから、ネイア様はユウの手を離した。


「……おおよそ理解はしたが……テスラも――そなたたちも、大変だったのだな」


 ネイア様はそう言うと、私の方を見て静かに微笑んだ。

 パパが死んだ時のこと、ユウが大怪我をした時のことなどが咄嗟に思い浮かんだけど……黙って首を横に振った。


 その後、ネイア様は暁とシャロットと握手をして……大きく溜息をついて、近くの椅子の背もたれに両腕をついた。


「……あの……大丈夫ですか?」


 心配になって声をかける。

 私が無駄に吸い込んだせいかも知れない、と思って。


「大丈夫だ。ただ、そなたたちの過去が思ったより膨大で……少し疲れただけだ」


 ネイア様はそう言うと、ゆっくりとその椅子を引き、溜息を吐きながら腰かけた。

 そして私たちにも椅子を勧めてくれたので、私はネイア様の向かいに座った。私の隣にユウ、暁、シャロットの順に座る。

 ソータさんはネイア様の隣に座った。


「それで……浄化者の件なんだが」


 ソータさんが並んで座っている暁とシャロットを指し示した。


「この10歳の二人がテスラとウルスラの浄化者なんだが」

「……何だと? 10歳?」


 年齢までは把握してなかったらしく、ネイア様が驚きの声を上げる。

 二人とも、結構大人びて見える方だもんね……。


「やっぱり、幼すぎるか?」

「テスラとウルスラは、フェルティガの発現がそんなに早いのか? ジャスラでは考えられないが」

「私は4歳のときです。その剣を見つけたとき」

「暁は生まれてすぐです。テスラでも早いと言われましたが」


 シャロットと私が答えると、ネイア様は溜息をついた。


「潜在能力がとても高いことはわかったが……やはり、今は無理だろう。フェルティガが安定する12歳……いや、浄化という技の難度を考えると14歳までは待つべきであろうな」

「……」

「それに……やるなら、三人の力を合わせて確実にミズナを救い出せるぐらいの力が欲しい。途中で無理して失敗すれば、元も子もないからな」

「……そうだよな」


 ソータさんは残念そうに相槌を打った。


 それは……そうよね。

 だって、ずっと待って……やっと、って思ってたはずだもんね。


「ま、二十年近く待ったんだ。あと四年ぐらいは、屁でもない。……会話はできるしな」


 ソータさんがちょっと無理に笑顔を作ってそう言うと、ネイア様がふっと微笑んでソータさんの方を見た。

 その視線に気づいたソータさんは、「何だよ」とボソッと言って少し顔を赤くしている。

 ソータさんのジャスラの旅をずっと見ていたネイア様だからこそ、その気持ちが分かるのかも知れない。


 あれ? でも、私はフェルを渡せる。

 それで威力を上げれば、もう少し早く水那さんを助けられるんじゃないかな?


「あの、ネイア様」


 私は思い切って手を上げた。


「何だ?」

「私は自分のフェルティガを人に渡すことができるのですが、それでも駄目でしょうか?」

「術をかける三人の力を増幅するという意味はあるが、かける本人の術の精度を上げる訳ではあるまい」

「……なるほど……」


 確かに。

 そうか、暁たちのスキルが上がらないと、どうしようもないのか……。


「ただ……どれぐらいの力が必要になるかはわからぬ。四年後に是非、三人の術者を助けてほしい」

「わかりました」


 私は力強く頷いた。

 ここ何日間でかなり消費してしまった気がする。あまり無駄遣いしないで、四年後にちゃんと備えよう。


「それでだな、ネイア。次元の穴についてだが……ヤハトラの穴は、いつ開く?」

「そのようなことはわからぬが……滅多に開かぬぞ。今までから考えて、あと数年は開くまい」

「うーん、そうか……」

「何故だ?」

「鞘を探しに、ミュービュリに行くから」

「――ああ!」


 ネイア様が、何かを思い出したように大声を出した。

 でもすぐに眉間に皺をよせ、困ったような表情になる。


「あの、フィラ……テスラにもあるんです。半年以内に開く穴が。以前、そこからソータさんのお父さんが住んでいる近くの神社に落ちたことがあって……」


 私が言うと、ネイア様は「なるほどの」と呟いたが、まだ不安そうだ。


「しかし、行くのはいいとして帰りはどうするのだ?」

「トーマに頼む事になると思う。あいつ、次元の穴を開けられるから。多分、ウルスラになら繋げてくれるはずだ」

「ふむ……。だが、自然に開く次元の穴は、場所は不特定だぞ」

「……え?」


 私は驚いてネイア様を見た。ソータさんも、ぽかんとしている。


 ソータさんがジャスラに召喚されたのも私が落ちたのも同じ神社だったから、てっきりその場所に行けるものだと思ってたんだけど。

 ……ひょっとして、違うの?


「三種の神器に関わりのあるいくつかの候補地があり、その中から選ばれると思われる。過去の例だと、神社の他に湖のほとりだったり、海の中だったり、山頂だったり……」

「えーっ!」


 大声を出したソータさんの顔を、ネイア様は呆れたように見た。


「行くのはいいが……お前独りで鞘に辿り着けるとは思えぬぞ?」


 ネイア様の言葉に愕然としたようで……ソータさんは力なく頭を抱えてしまった。

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