2.告ぐために(2)-ソータside-

 俺は何日かぶりにヴォダに会い、のんびりとジャスラに向かった。

 ハールの海岸に着いたとき、ちょうどレジェルに会った。漁に出るエンカを見送り、浜辺で散歩をしていたところらしい。


「ソータさん! お帰りなさい。思ったより早かったですね」

「あ、うん。ネイアに聞きたいことがあったから、とりあえず戻って来た」

「私はこれから、ヤハトラに向かおうと思っていたんです。ミジェルがセイラ様のところに遊びに行っているので、迎えに行こうと思ってたんですよ」


 そう言うと、レジェルは丘の上に止めてある馬車――もとい二頭のウパがつながれているウパ車――を指差した。


「それは助かる。乗せてってくれ」

「はい」


 レジェルと一緒に丘を登った。

 馬車に乗り込み、のんびりとヤハトラに向かう。


「旅は、大変でしたか?」

「んー……かなり。でも、浄化者も見つかったしな」

「えっ! 本当ですか?」

「うん」

「どんな方なんですか?」

「んー……」


 言いかけると、上空からバサバサッという音が聞こえ――同時に元気な声が飛び込んできた。


「あー、見つけた!」

「わー、これがジャスラかー」

「サバンナみたいだー」

「サバンナって何?」

「んー……自然のままのとこ?」


 見上げると……ユウが手を振っていて、暁とシャロットがはしゃいでいる。


「……うるさいな」

「ようやく出会えたね……長かった」

「たった五日振りだろう!」

「サンはねー、丸一日で来たよ! 最速で飛んだから」

「それなら俺は絶対乗らない」

「えー……」

「面白かったのにね」

「あ、こんにちはー」


 レジェルに気づいたシャロットが上空から手を振って挨拶をする。


「こ……こんにちは」


 レジェルが目を白黒させながら返す。

 そして俺を見ると

「あの……あの人たちが、浄化者ですか?」

と恐る恐る聞いてきた。


「そう。……ガキ二人の方な」

「えーっ!」


   * * *


 サンがゆっくりと地面に降り立った。背中から三人が飛び下りる。


「こんにちは。ウルスラの王女、シャロットです」

「テスラから来たユウです」

「オレは……テスラから、でいいのかな? まぁいいや。ユウの息子の暁です」


 三人が次々と挨拶した。レジェルは慌てふためいたまま

「えっと……私は……何て説明すればいいでしょう?」

と困ったように俺に聞くので

「この子はジャスラの浄化者のレジェルだ。こっちでの俺の仲間だ」

と代わりに紹介した。


「おおー……また仲間が増えた。RPGっぽいな」

「アキラ、RPGって何?」

「ミュービュリの遊び」

「……ふうん?」


 暁とシャロットが脳天気な会話をしている。

 俺はちょっと眩暈を覚えながら

「とりあえず、ヤハトラに行くぞ。……サンはどうするんだ?」

とユウに聞いた。


「じゃ、サン。しばらくこの辺で遊んでて」


 ユウがそう言うと、サンは「キュウ!」と鳴いて飛び立っていった。



 こうして俺達五人は馬車でヤハトラに来て……神官の手によって、地下に案内された。

 異国の人間ばかりだし、いきなり神殿に通す訳にもいかないよな、と思い、とりあえず神殿からそう遠くはない部屋を一つ用意してもらった。

 レジェルはセイラとミジェルに会いにいくと言ったので、途中で別れた。


「朝日はどうした?」

「……まだ研究に手間取ってるらしい。ゲートで直接来るって言ってたけど……」


 不満らしく、ユウがちょっと不機嫌そうに答える。


「ま……忙しそうだからな。じゃあ、俺は先にネイアと会ってくるから……お前たちはこの部屋でおとなしくしてろよ」

「わかった」

「はーい」

「りょーかーい」


 恐ろしく元気なガキんちょ達に見送られ、俺は部屋を後にした。


   * * *


「……ただいま」


 神官に案内されて神殿に入ると、赤ん坊を抱えたネイアがいた。

 二人目の娘――ケイトだ。半年ぐらい前に生まれた女の子だった。

 もう目が開いていて、奇麗な碧色をしている。


「よく戻ったな、ソータ。客人がいるということは……浄化者が見つかったのだな」

「そうなんだが……それは、後でまた相談する」

「……?」


 不思議そうな顔をしているネイアをよそに、俺は背中にしょっていた神剣みつるぎを下ろした。


「それで、ネイア……これが神剣なんだが」


 そう言いながら黒い布を取った瞬間――ネイアが目を見開き、俺からパッと離れた。


「……やっぱりネイアもそういう反応になるか」

「何故そんな不安定な状態になっておるのだ。ソータが持っているにも関わらず……ちっとも収まっておらんではないか!」


 ひしっとケイトを抱きながら、ふるふると肩を震わせている。


「この鞘は偽物なんだ。剥き出しだと危ないから、とユズルが用意してくれた」

「ユズル……トーマの友人だな」

「そうだ。それで……今、本物の鞘はミュービュリにあるらしい」

「――何だと?」


 ネイアが信じられない、という顔で俺を見た。俺は力強く頷いた。


「テスラの女王の託宣だ。……間違いないと思う」

「……」

「で、ネイアに頼みたいことの一つ目は……この神剣の過去を視てほしいってことなんだが……」

「無理だ! 近づくこともできぬのだぞ」

「……みたいだな。じゃあ……こっちの黒い布は?」


 俺は剣を覆ってあった布を見せた。


「ずっと神剣に巻きつけてあったらしい。こっちはどうだ?」

「うーん……まあ……それなら……できるかも知れぬ」


 ネイアはそれでもあまり気は進まないらしく、深い溜息をついた。


「ただ……恐らくかなり消耗することになると思う。日を改めてくれぬか」

「……そうだよな」


 どうせ次元の穴が開くのはまだ先だ。急いでも仕方がない。


「じゃあ……二つ目。テスラの女王と謁見したんだが……条件を出された」

「条件?」

「今は国として動くことはできない。情報が少なすぎるって。一応、俺からジャスラの状況と見てきたウルスラの状況は説明したが……俺の口からじゃなくて、ネイア自身の言葉で勾玉の記憶を教えてくれって」

「わらわの……か」

「テスラでも伝承としては残ってるんだろうけど……確かなところが知りたいんだろうな。でないと、国として協力は無理だと……だから、宝鏡ほかがみの話も保留になってる」

「ふむ……」


 ネイアは少し考え込むと、クスリと笑った。


「さすがは一国を統べる女王だな。女神テスラの系譜は確実に受け継がれている。感情には流されず……理性的に判断する女王であったわ」

「うーん……確かに」


 女王もその母も、瞳は奇麗な青色だった。多分……女王の純粋性はきちんと保たれているんだろう。――ウルスラとは違って。


「わかった。本当はわらわが出向いて直々に説明してもよいのだが……まだセイラにすべてを任せることはできん」

「まあ、そりゃそうだろ」

「……書か、何かに込めるか……しかしそれも、かなり時間を要するな。何しろ内容が膨大だ。……しばし待っていてくれ」

「ああ、それは構わない。しばらくジャスラにいようと思っていたし……」


 答えながら神剣を元のように背負うと、ネイアはホッとしたように肩から力を抜いた。

 どうやら相当イヤな波動を出しているようだな、この神剣は。


「それで――ウルスラの女王はどうだったのだ?」

「物凄い美女だった」

「誰もそんなことは聞いておらん」


 ネイアが少し呆れたような顔をした。


「神剣を託されたのならうまくいったのだろうが……どういう風に迎えられたのか、ということだ」

「去年即位したばかりの、かなり若い女王なんだ。それに俺が行った時はちょうど闇が暴れ出そうとしている所で……それを鎮めたから、とても感謝された」

「ふうむ……そうか」

「テスラとは違って国の象徴として存在しているから……何と言うか、華やかな、そこに存在することに意味があるというか……そういう感じかな」

「ずいぶん褒めるな。――ミズナの前だぞ」


 俺はちょっとギクッとして神殿の水那を見たけど……水那は祈り続けたまま、ピクリとも動かなかった。


「……女王は、トーマと相思相愛なんだ。他意はないよ。……まあ、いろいろ複雑な事情があるけど」

「な……」

「女神ウルスラに生き写しだった。力もかなり強い、ちょっと特別な女王だと思う。浄化者も、女王の血族だしな」

「何だと!」


 ネイアが驚いて大声を出す。ケイトがビクッとして泣き出した。


「おお、ケイト……すまぬの。――ちょっと動揺してしもうた」


 ネイアがあやすとケイトはほどなく泣きやみ、にこっと笑った。

 ほっと安心したようにネイアも微笑むと、俺の方を見た。


「……すまぬの」

「いや……。それで、多分……ウルスラの女王の純粋性は失われている。その分、力は強いみたいだが……」

「ふうむ……」

「神剣も管理できていなかったしな。その辺りの経緯も、あの黒い布を視ればわかるんじゃないかとは思うが……」

「……わかった。心してかかろう」


 ネイアは力強く頷いた。


「あ、ウルスラの浄化者はシャロットって名前の、先代女王のひ孫だ。今日連れてきた。あとは、テスラの浄化者とその保護者がいる。そいつらが差し当たって協力してくれることになっている」

「協力……?」

「テスラの女王が、国としては動けないが、協力者を二人つけてくれたんだ」

「……そうか。立場を重んじながらも、最大限の配慮をしてくれた訳だな」

「ああ」

「そうなると、わらわも応えなくてはなるまいな……」


 ネイアはそう言うと、俺の持っている黒い布をじっと見つめ……またもや大きな溜息をついた。

 ……相当気が進まないようだ。それほど、神剣の放つ力の波動は凄まじいらしい。

 俺はジャスラに来てからネイアに頼りっきりだな……。何だか、申し訳ない気持ちになる。


「じゃ、浄化者に会いに行くか? 別室に待たせてあるが……」


 とりあえず話題を変えようとそう言うと、ネイアは 

「いや、待て。それより、ソータの勾玉の方が先だ」

と言ってケイトを神官に預け、心配そうに俺を見つめた。


「俺の?」

「ジャスラの闇をずっと抱えたままではよくないと言ったであろう。神剣を手に入れたのであれば、もう勾玉は必要あるまい。神剣から勾玉に繋げれば、連絡は取れるのだからな」


 前に水那がトーマの持つ神剣と勾玉を繋げたように……か。でも……。


「……やだ」

「何?」


 ネイアがピクッと眉を震わせた。俺の身体を心配してくれているのはわかる。

 だが……。

 俺の胸の中にある勾玉の欠片……ここから、水那の気配を感じる。声を聞くときも、ここから聞ける。

 それは……離れていてもずっと一緒にいるようで――今からさらに何年も待たなければならない俺にとっては、とても大事なことだった。


「……ふむ」


 俺の気持ちがわかったのか、ネイアはそれ以上追及しなかった。そして諦めたような声で

「ならば、自分に剣の宣詞を使うことだな」

と言った。


「自分に……宣詞……え?」

「神剣によって勾玉の欠片からジャスラの闇を切り離す。恐らく、この神殿の勾玉に移せるはずだ。わらわが補佐する」

「は……」


 人にさんざん使ってきたけど、いざ自分に使うとなると……ちょっと怖いな。


「それが嫌なら勾玉の欠片ごと奉納するがよい。それが一番確実だ」

「いや……やるよ」


 俺は鞘から神剣を抜くと、顔の前で構えた。

 ネイアが俺の命に関わるような提案をするとは思えない。多分、気をしっかり持ってちゃんとやれば可能なのだろう。

 ネイアは少し溜息をつくと、神殿の前で両手を合わせ、目を閉じた。集中力を高めているようだ。


『――ヒコヤイノミコトの名において命じる。汝の聖なる剣を我に。我の此処なる覚悟を汝に。――闇を断つ浄維刃せいばを賜らん……!』


 言い終わると……神剣から光の刃が現れ、俺の身体を貫いた。想像以上の衝撃に、膝から崩れ落ちる。


「くっ……」


 光の刃が俺の中からジャスラの闇を攫い……宙を舞う。ネイアが両手を広げ、神殿の勾玉へと大きく振った。

 すると――神殿の奥へ一斉に吸い込まれていく。その光が、祈り続けている水那の姿を一瞬明るく照らした。


『水那……!』


 闇がすべて神殿の勾玉の中へ消え……辺りに静寂が戻る。


『水那……ごめん』


 俺は思わず呟いた。

 自分のエゴで、水那の負担を増やした気がしたからだ。


『まだ、何年もかかるんだ。だから、どうしても近くにいてほしかった。だから……ごめん』

“――ふふっ……”


 水那の声が……胸の中と目の前の姿から聞こえた。

 見ると……水那がうっすらと瞳を開けていた。


『起きたのか。……そりゃそうか。あれだけの衝撃があればな』

“……”


 水那が少し微笑む。


『……ごめん』

“どうして……謝るの?”

『いや……だって……』

“颯太くんが……自分のためだけに我儘言ったの……初めて……”

『……え……』

“だから……嬉しかった……”


 水那はそう言うと、ゆっくりと目を閉じた。意識がだんだん遠ざかっていくのがわかる。


『……ありがとう……』


 こういう時は「ごめん」じゃなくて「ありがとう」だろ、と親父にもよく言われた気がする。

 それを思い出して……俺はそっと呟いた。

 水那はもう何も答えなかったけど……祈り続けるその表情は、さっきまでよりも柔らかい気がした。

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