第3章 剣者の黄昏
1.告ぐために(1)-ソータside-
ウルスラ王宮の大広間には、大きな窓がたくさんあって光に満ち溢れていた。
荘厳な雰囲気が漂っていたテスラとは違い、とても華やかで煌びやかだ。
そのやけにキラキラしたこの場所で、俺は王宮の神官にお披露目をされていた。
……非常に、こっぱずかしい。
落ち着かないので、高い天井を見上げる。
美しいガラス細工のシャンデリアのようなもの。この世界にはまだ電気はないから……窓から入る光を集め、反射することでこの広い大広間をくまなく照らしているってところかな。
「この方――ソータさんは、ウルスラの危機を救って下さった大事な方です」
シルヴァーナ女王の声が耳に入ってきた。
ハッとして視線を下げると、大広間にいた人間が全員、俺の方を見ていた。
うお……ちょっとこれは、キツいな。
「ソータさんをウルスラの永久客人としますので……皆さんもそのつもりで、よろしくお願いします」
「あ……どうも……」
シルヴァーナ女王の紹介を受けてモゴモゴと挨拶して頭を下げると、シャロットがしかめっ面をするのが見えた。その隣にいた神官長の老人がゴホンと咳払いをしている。
しょうがねぇだろ。こんな雰囲気には慣れてねぇんだから。
ちょっときまり悪い思いをしながら、隣を見る。ユウと暁がそっくりなすまし顔で並んでいた。
シルヴァーナ女王は続けて二人を紹介し――二人は華麗な笑みを辺りに振りまいていた。
……黙っていれば、王子様みたいなコンビだからな。
ちなみに、トーマとユズルはその場にはいなかった。二人はしばらくするとミュービュリに戻るし、特にユズルの立場は非常に複雑で……当分は存在を伏せておこう、ということになったらしい。
* * *
「――だあ! 息がつまる!」
謁見が終わって、俺は思わず大声を上げた。
「ソータさんって本当は四十近い大人なんだよね? 落ち着きが足りなくない?」
シャロットが眉をひそめて俺を見上げた。
生意気な、と思いつつも確かにさっきのは我ながらあまりにも不甲斐なかったので、反論することはできない。
「……ああいう場は苦手なんだよ」
「うーん、エルトラの女王さまには堂々とタメ口きいてたんだけどな」
「それもどうかと思うけどね……」
暁が首を傾げ、ユウは苦笑している。
「――それで、すぐにジャスラに向かわれるのですか?」
微笑みながら黙って聞いていたシルヴァーナ女王が口を開いた。
「そうだな。ウルスラで鞘の行方が分からない以上、ネイアに視てもらうしかないからな。浄化者がガキだったって話もしなきゃいけないし……イテテ」
暁とシャロットが「ガキって何だー」と蹴りを入れてきて、思わず顔を歪めた。
「……ヴォダだと、急いでも三日かかるんだったよね?」
ユウが何だか探りを入れるような言い方をする。
「そうだが……何だ? 一緒に来るつもりか?」
「いや……サンならもっと速いだろうから、乗せてあげようかと……」
「結構です。間に合ってます」
「……新聞の勧誘じゃないんだけどな」
「妙なこと知ってるな。とにかく、そんなに急ぐ旅でもないし、ヴォダとも遊んでやらないといけないからな。のんびりと行くよ」
俺がそう言うと、ユウは少し考え込んで
「……朝日がジャスラに行きたいって言ってた。だから、ソータさんがジャスラに着く頃を見計らって俺も行くよ」
と言った。
「俺が居た方が、朝日も確実にゲートで来れると思うから」
「ふうん……ま、構わないとは思うが」
単に少しでも会いたいだけじゃないのか、とは思ったが、俺は黙っていることにした。
「オレも行きたいなー」
暁が目をきらきらさせながら手を挙げる。
ユウは
「それは、駄目」
と言って、腕組みをした。
「さすがに遊び過ぎだよ。暁はここで、シャロットと修業していなさい」
「え、だってさ、浄化者の話をするんでしょ? 本人がいたほうがよくない?」
「うーん……」
「それにさ……修業するなら、やっぱりユウに見てもらった方がいいし、さ……」
暁がユウをちらりと見上げてはにかむ。――まぁ、百パーセント、演技だろうがな。
しかしユウはそんなことには気づかず
「しょうがないなー」
と言ってにこにこしていた。……完全にいいように操られている。
「そうだ、シャロットも一緒に行こうよ。浄化者なんだしさ。道すがら、ユウに修業を見てもらえるし」
「えっ!」
シャロットは一瞬、顔をパッと明るくしたが、すぐに
「あ……でも……ウルスラでの仕事も……あるし……」
と肩を落とした。
「――いいのよ。行ってらっしゃい、シャロット」
シルヴァーナ女王がにっこりと微笑んだ。
その言葉に、シャロットが戸惑いながら女王の顔を見上げる。
「え……でも……」
「ウルスラは知らないことが多すぎる。生前、イファルナ様が仰っていたの。ヤハトラの巫女から色々なことを教わってくるといいわ」
「でも……コレットが拗ねないかな……」
「しばらくトーマとユズが居てくれるみたいだから、大丈夫よ。ウルスラ王家の名代で行ってきて。そして、私に報告してね」
「……うん!」
シャロットは嬉しそうに頷くと、暁と顔を見合わせて笑った。
「じゃ、トーマとユズルに会ってくるか。どこにいる?」
「裏庭にいます。シャロット、近道を案内してあげて」
「わかった。ソータさん、こっちだよ!」
シャロットがはしゃいで走り出した。ガキは単純だよなと思いながら、俺はシャロットの背中を追って駆け出した。
* * *
シャロットが案内してくれたのは、ほの暗い地下の通路だった。
ランプの明かりを頼りに、二人で並んで歩く。
しかし、苔むした石畳はかなり滑りやすいな。
そんなことを考えながら、辺りを見回す。どうやら壁も天井もすべて、石でできているようだ。
「あっちが東の塔でね、私が普段居るところ。こっちが西の塔で……今は、エレーナ様――シルヴァーナ様のお母様が療養してる」
「ふうん。シャロットは女王の血族なのに、何で女王やコレットと離れた塔に居るんだ?」
「去年まで、母さまに遠ざけられてたから。そのとき、東の塔で隠された書庫を見つけたんだ。中にはたくさんの古文書があって、今もそれを調べてるから……そのままその部屋にいるの」
「仕事ってそれか」
「うん。でもね、肝心なところが破られてたりして、剣のことも全然わからなかったんだ。そもそも、書庫が隠されてたのもおかしいよね」
「そうだな。じゃあやっぱり、ネイアに会うことは大事だろうな。仕事として、ちゃんと任務を全うしろよ」
「……うん!」
シャロットは力強く頷くと「あ、ここから出るの」と言って天井の一角を指差した。
重い石をずらして外に出る。眩しい光が俺達を照らした。
ずっと暗い所にいたから、目が慣れるまでに時間がかかる。
「あ、姉さま!」
栗色の髪の小さな女の子が、嬉しそうにこちらに走って来た。
そのあまりの可愛らしさに……あのときのコレットと同一人物とはとても思えなかった。
後ろにはトーマとユズルが居た。多分、コレットと遊んでやっていたのだろう。
「コレット、もう元気みたいだね」
「うん。あのね、トーマにことばを教えてたのよ」
コレットはえっへんと胸を張った。
「トーマはとっても下手くそなの。だから、私が先生になるのよ」
「そっか……よろしく頼むな」
俺が少し屈んで言うと、コレットは不思議そうに俺を見上げた。
そう言えばコレット本人とは初対面だったことを思い出して、俺は慌てて
「俺は、ソータ。トーマの父親だ。ちょいちょい来るだろうから、よろしくな」
と自己紹介した。
「父親……って、何?」
コレットが不思議そうに首を傾げる。
そうか、女王の一族は儀式を通じて子供を生むから……母親はいても父親はいないのか。
それに、まだ幼いから儀式の内容も全く知らないだろうし……。
「うーん、まあ、兄弟みたいなものかな?」
「それなら、わかる。私、コレット。よろしくね」
コレットはドレスの裾を持ち上げると、小首を傾げ、優雅に挨拶をした。
かっわいいなー……。娘もいいよな……。
そんなアホなことを考えていると
『父さん……どうしたの?』
とトーマが俺の近くまで来た。隣にはユズルも居る。
『とりあえず、ジャスラに帰る。半年以内にはミュービュリに行くはずだから……そのときに、またな』
『あ、そっか。鞘を探すんだっけ?』
『そう。お前探せるなら、探しとけ』
『無理だよ、大学もあるのに……。それに、俺はそこまでの力はないんだから』
トーマが頭をボリボリ掻きながらボヤいた。
『それで……剣は今、どうしてるんですか? 剥き出しのままでしょう?』
ユズルが心配そうに聞くので、俺は背中を指差した。
刃先の部分を黒い布でぐるぐる巻きにしてあるだけの状態だ。
『危ないですね……。それにこんなの背負ってミュービュリに現れたら、銃刀法違反で捕まりますよ』
『そうは言ってもな……』
ユズルはちょっと考え込むと、じっと俺の顔を見た。
『鞘ってどんな形なんですか?』
『え? えっと……』
言われて、俺は必死でヒコヤの映像を見た時を思い出した。
確か黒っぽいのに樹のような材質で装飾がちょっとあったけど……意外にシンプルだったよな。
『……こんな感じですか?』
ユズルがそう言って何かを差し出す。……見ると、俺が頭に思い描いていた鞘だった。
『――えっ!』
びっくりして手に取る。記憶の中の鞘より圧倒的に軽い。……明らかに偽物だ。
『僕……思い描いたものを具現化する力がありまして』
ユズルがちょっと照れたように笑った。
『ソータさんの記憶を読み取って、形だけ作ってみました』
『へえ……』
俺は背中から
刀身が露わになった瞬間、トーマ以外の三人がさっと遠ざかる。
フェルティガエにとっては近寄りがたい代物らしいからな。トーマは契約のこともあって、大丈夫みたいだが。
試しに入れてみると、一応収まった。ギラギラしていた刃先が見えなくなる。
『ユズ、本物の鞘が見つかるまで出しておくのか? 確か、長い間出したままにするのは大変なんじゃなかったか?』
トーマが心配そうにユズルを見る。
『僕も少しは訓練したから大丈夫。それに、それは見た目を真似しただけだから』
『……ありがとう』
俺は黒い布で神剣全体を覆い隠した。
よし、これで見た目はただの棒になったな。
『本物を見つけたら知らせて下さい。消しますから』
『うん』
俺は神剣を再び背負うと、トーマたちを見回した。
ふと……奥のさびれた岩のオブジェみたいなものが目に入る。
『……あれ、何だ?』
俺が指差すと、シャロットがああ、というような顔をした。
『剣が封じられてた祠。もう、空っぽだけどさ』
『ふうん……』
近付いてみたが、何も力は感じられなかった。
だが……確かに、ネイアがよく言っている神殿や祠の条件を満たしている気がする。かなり小規模だが。
『でも、オレとコレットが剣を見つけたときは、もっとあっちにあったけどね』
『祠じゃなくて?』
『そう。なぜかはわからないけど』
鞘を失って闇の力が祠の結界を上回った……ってことかな。
ここから鞘の行方がわかるかなと思ったけど、無理なようだ。やっぱりネイアに聞くしかないな。
俺は溜息をつくと、四人のところに戻った。
『……じゃ、行ってくる。いろいろありがとうな』
『いってらっしゃい』
『気をつけて下さいね』
『……バイバイ』
トーマとユズルに続けてコレットがカタコトの日本語を喋り、にっこり笑って手を振った。
俺も手を振ると、シャロットと共に裏庭を後にした。
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