15.得るために(2)-暁side-

 ヤンルバで夜斗兄ちゃんと別れて、オレとユウとソータさんはサンに乗ってフィラに向かった。

 フィラのお姉さんたちに会って、次元の穴の確認をするためだった。


 ヤンルバにはヨハネ――去年友達になったオレより2つ年上のフィラの男の子――がいた。

 ヨハネは夜斗兄ちゃんと同じく、エルトラとフィラを繋ぐ仕事をするのが目標だ。そのために、今はヤンルバで飛龍の世話をしているらしい。飛龍を使わないとフィラには行けないから……飛龍の性質を知って、正しく乗りこなせるようにならないと駄目なんだって。


「……そう言えば、研究室って何だ?」


 ソータさんが不思議そうに言った。


「朝日って、ミュービュリで生活してるんだよな。何してるんだ?」

「朝日は、今大学院のシュウシ……カテイ? ……で、生物の研究してるって言ってた」

「ダイガクイン?」

「へえ……」


 全然ピンと来ていないユウに対して、ソータさんは感心したように呟いた。


「あ、そうか。ソータさんってもともとミュービュリの人だから、わかるんだ」

「まぁな。でも、俺は推薦取れた大学に行っただけだからなぁ。だけど、27って言ってなかったか? 学生の割に年がいってる気がするが」


 年がいってる、とか聞いたら朝日が怒りそう。ソータさんって面白いな。

 オレは思わずぶふっと吹き出してしまった。


「えっと、朝日は最初、医学部に行ったんだ」

「げっ」

「でも、それも2年遅れちゃったんだって。入るの、難しくて」

「ふうん……」

「で、お医者さんの資格はとったけど、他に勉強したいことあるからもう一度大学院に入り直したんだ。それが……去年、かな?」

「凄いな! ハンパないな!」

「それって凄いの?」


 大学の仕組みはよくわからないらしく、ずっと黙っていたユウが、不思議そうに聞く。


「そうだな。片手間にできることじゃないな。いくら頭がよかったとしても……かなり努力しないと、無理だと思う。……相当頑張ったんだな」


 ソータさんがひどく感心している。

 ユウは「そうなんだ……」と呟くと、何かを思い出したのか黙って遠くを見つめていた。


「でも、何でそんなに勉強してるんだ?」

「カンゼルの研究、引き継ぐんだって」


 オレは下を見下ろした。ちょうどエミール川を越えたところだった。左手に、キエラ要塞が見える。

 俺の目には、真っ黒な闇がうごうごしているのが見える。エルトラのフェルティガエが結界を張ったから、外には出て来ないらしいけど……。


「あそこに、カンゼルの研究の資料があるんだって」

「ふうん……。しかし、本当にひどい状態だな」


 闇が見えるソータさんはオレが指差したキエラ要塞を見下ろすと、しかめっ面をして溜息をついた。


「そう。だから本当は取りに行きたいけど、しばらくは無理って言ってた。闇がいっぱいだから」

「……ああ!」


 ちょっとトリップしていたユウが、急に何かを思い出したように身を乗り出した。


「あの書斎にあった大量の本か」

「知ってるの?」

「俺の中では、つい最近の出来事だからね」


 そう呟くと、ユウはふむ、と頷いてにっこり笑った。


「じゃ、俺が代わりに取りに行こうか」

「えーっ!」

「ひょっとしたら、昨日アメリヤ様が言っていた失われたフィラの古文書もあるかもしれない。……エルトラにとっても大事なことだと思うけど」

「駄目だよ、危ないよ!」

「え、そんなに駄目?」


 オレが必死で止めると、ユウが不思議そうにオレを見た。

 昨日とり憑かれたばっかりなのに、何で行こうと思えるんだろう。

 そりゃユウは、いろんな技が使えるスーパーなフェルティガエだとは聞いてたけどさ。


「ユウには見えないと思うけど……あそこ、闇がいっぱいなんだって。だから、立入禁止になってるんだ。行ったらとり憑かれちゃうよ!」

「まぁ、立入禁止は聞いていないことにして……闇はどうするかな」

「無理だよ! 障壁シールドで弾くしかないって夜斗兄ちゃんが言ってた。それでもキツイって」

障壁シールド……俺は苦手なんだよな。できなくはないけど……」

「だから、諦めようよ」

「待って、もうちょっと考えるから。……サン、とりあえずキエラ要塞の近くまで行ってくれ」


 ユウがサンにそう言うと、サンは「キュウ」と鳴いて左に方向転換した。


「サン、いいから早くフィラに行こう! ね! 右だよ、右!」


 オレは一生懸命サンに声をかけたけど、サンは「キュウゥ」と鳴くだけだった。ユウに言われたからね、とでも言っているようだった。


「暁にフェルティガは使わせない約束だし……」

「そうそう。オレ、浄化しないからね。修業中だから」


 オレが言うと、ユウはしばらく困った顔をしていたけど……やがてにこっと笑ってオレの後ろのソータさんを見た。


「――そっか、ソータさんを連れていけばいいのか」

「ちっ……気づきやがった」


 ユウの言葉に、それまで目を逸らして「俺は知らないからな」という顔をしていたソータさんが舌打ちした。眉間に皺を寄せ、明らかに迷惑そうな顔をしている。


「確か、ミリヤ女王にした話の中で……闇に弱い水那さんを守るために、ずっと自分の傍に置いてたって言ってた。……でしょ?」

「……まあな」


 ソータさんが憮然と返事をする。


「闇は俺には近寄らないからな。でもそれはジャスラの闇の話であって、この闇に通じるかは……わーっ!」


 ソータさんが言い終わらないうちに、ユウはひょいっとソータさんを担いでしまった。


「暁はサンの背中でちゃんと待ってるようにね。危険だから」

「ちょ……ユウ……」

「待て待て、俺はまだ協力するとは……」

「じゃ、ちょっと行ってくるから」

「だから……うわー!」


 ソータさんの言葉を待たず、ユウはサンから飛び下りてしまった。


「ユウー! ソータさーん!」


 オレは慌てて下を見下ろした。

 ソータさんを抱えたユウは、朝日とは違って軽やかに地面に着地した。

 そしてひょいっとバリアの内側に入って周りを見回したあと――そのままキエラ要塞に消えてしまった。

 オレは呆然としたまま、キエラ要塞を見下ろした。


 取ってくるって軽く言ってたけど……どうやって運ぶんだろう。

 すごくたくさんあるって朝日が言ってた気がする。

 ――というか、オレの話、全然聞いてくれな……。


「……あ」


 オレは夜斗兄ちゃんの言葉を思い出した。


 ――ユウはな。物腰は穏やかだけど、かなり頑固なんだ。自分の中でそうと決めたら、なかなか譲らない。何も言わずに独りでどんどん進んでしまう。……そういう意味では、朝日より厄介かもしれないな。


「夜斗兄ちゃん……何となく、わかったよ……」


 思わず呟くと、サンが急に下降を始めたのでオレはびっくりして再び下を見下ろした。

 ソータさんを抱えたユウが手を振っている。


「ただいま……っと」


 何か給食袋みたいなものを持ったユウはサンの背中に飛び乗ると、肩からソータさんを下ろした。


「ソータさん、協力してくれて本当にありが……」

「俺はしたつもりはねぇ! お前が勝手に拉致したんだろうが!」

「ははは……」

「はははじゃねー!」


 見ると、ソータさんはゼーハー荒い息をついていて、少し泣いている。


「……何があったの?」

「言いたくない!」


 半泣きのソータさんをすまなそうに見ながら、ユウは少し笑った。


「やっぱり中はなかなかの重圧で……最短距離を最速で移動してパパッと事を済ませたから、少し目まぐるしかったかも」

「少しじゃねぇっての! 俺は普通の人間なんだ! あんな動きされたら、心臓がもたん!」


 叫ぶように怒鳴るソータさんを見て、オレはウルスラの崖を越えたときのことを思い出した。

 朝日に担がれたときも、かなりビビってた気がする。ひょっとして……。


「ソータさん、ジェットコースター苦手な人?」

「そうだよ! ……っていうか、それいま関係あるか!?」

「……ふと思って」

「マイペースな親子だな、全く!」


 ソータさんは怒鳴ると、心臓を押さえながらごろんと横になった。


「とにかく……こんなこと、もうごめんだからな。……少し休ませろ」

「はぁい……」

「ごめんね」


 サンがゆっくりと上昇を始める。そして右の方向へ――フィラの方に向かって飛び始めた。


「それで……本は、持ってきたの?」


 ソータさんの邪魔にならないよう、オレは小声でユウに聞いた。


「持って来たよ。これ」


 ユウがベージュの巾着袋を見せる。


「……小さすぎない?」

「圧縮って言って……説明は難しいけど、とにかく小さくしてる。だから、袋を開いたら駄目だよ」

「ふうん……いろんなことできるんだね、ユウって……」


 感心して溜息をつくと、ユウはちょっと笑った。


「俺は、攻撃力が高すぎたから……コントロールする技術を学ぶため、そして力を分散させるためにいろいろな技を教えられたんだよ。ヤジュ……ヒールにね。まあ、朝日を守るために必要な力は一通り教わったってことかな」

「そうなんだ……」


 ユウがどうしておじいちゃんに育てられることになったのか、オレはまだ聞いていない。

 でも戦争の真っ最中のことだから……きっと、辛い出来事があったんだと思う。


「まぁ、暁もちゃんと周りの人の言うことを聞いて、修業すれば……」

「ユウ……それ、全然説得力ないよ」

「えー、そうかな……」


 テスラの白い空が、俺達三人を照らす。

 横になっていたソータさんが「ったく、脳天気な……」とボヤくのが聞こえた。

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