16.語るために(1)-トーマside-
「ユズ。トーマに、去年のことを説明してあげてほしいの。私には……」
シィナはそう言うと、ちょっと淋しそうに微笑んだ。
ユズがギョッとしたように俺の顔を見たのがわかったけど、俺は気づかない振りをした。
「あの人が父親だとか、お前、俺が知らないことをいろいろ知ってるだろ?」
「まぁ……」
ユズは返事をしながら、俺とシィナの顔を見比べて「どういうこと?」という顔をしている。
……まあ、言いたいことの予想はつくけど。
「それじゃ……マリカ、二人を部屋に案内してもらえる?」
「はい」
「それでは……」
「……シルヴァーナ女王」
俺が声をかけると、歩きかけていたシィナはピクッと肩を揺らして立ち止まった。少し間をおいてから、俺の方に振り返る。
「……はい?」
「いろいろ……ありがとう」
「……」
シィナは少し笑うと、会釈をして去っていった。
マリカに案内してもらった部屋に入って扉を閉めた途端、
「ねぇ、何で、記憶が戻っていないふりをしたの?」
と、ユズがちょっと怒ったように言葉を発した。
「おい、マリカに聞こえる……」
「もう行ったから大丈夫。それより……」
「――やっぱり、ユズにはわかるか」
「わかるよ!」
ユズがめずらしく感情的になっている。
こんなことは――去年以来かもしれない。
異世界の人間との恋は不幸を呼ぶだけだから、と強く否定したとき……。
「――泣いたから」
「え?」
「シィナが……俺の顔を見るなり、泣いたから」
ユズが訳が分からないという顔をする。
俺は
「とりあえず座ろう」
と声をかけ、先にベッドに腰掛けた。
ユズは黙ったまま、部屋の中央にあったテーブルセットの片方の椅子に腰かけた。
「この一年、シィナがどういう風に過ごしてきたのかは知らない。でも、あのバリアを張っていた姿を見て――女王として、この国に絶対必要な存在なんだろうな、とは思った」
「……」
「入って来た瞬間は女王の顔だったけど……すぐに、元の――俺が知ってる、不安定なシィナに戻ってしまった。だから……これじゃいけないんだな、って。だからそのとき、咄嗟に」
「……でも……」
「俺が憶えてるって言ったら、あのときのことを思い出して甘えてしまうかなって。それは……その場はいいけど、女王としてはきっと駄目なんだろうな、と思って……さ」
実際、俺が憶えていないふりをすると、シィナはすぐに立て直した。そして、ウルスラの女王として、俺と接した。
そして普通に話してくれと言って、少し涙ぐみながらもにっこりと微笑んだ。
あのときは一瞬グラリときて、やっぱり憶えているって言おうかと思ったけど――どうにか踏みとどまった。
シィナはすべてを呑み込んで、一生懸命女王になろうとしている。それを邪魔したくはない。
「じゃあこのまま、ミュービュリに戻るつもりなの? ……何も言わずに」
「ああ。……だって、会おうと思えば会えるってわかったから」
「え?」
ユズから目を逸らすと、俺は自分の右手の拳を見た。グッと力を込めて握りしめる。
次元の穴……無理矢理こじあけて異世界に渡る、俺の力。
「……ああ、なるほど……」
俺の心を読んだのか、ユズは独り言のように呟いた。
「とにかく……しばらく時間はあるし、ゆっくり考える。そういうことだから、ユズも合わせてくれよな」
「……わかった」
そう言って頷いたものの、ユズはあんまり納得していないようだった。
「それより、父親って話は何だ? 俺が急にこんなことができるようになったことと、関係あるんだろう?」
「……うん、多分」
「正月にじいちゃんと話してたのって、それか?」
俺がそう言うと、ユズがビクッとして俺を見た。
「だって……人見知りのユズがあんなに熱心に人と会話するの、珍しいだろ」
「まあ、ね……」
ユズは溜息をつくと、テーブルの上においてあったポットを手に取り、二つのカップにお茶を淹れ始めた。
俺はベッドから立ち上がると、ユズのところまで歩いた。お茶の入ったカップをテーブルの片側に置いてくれたので、「ありがと」と言い、そのまま目の前の椅子に腰掛ける。
「かなり長くなるから……よく聞いてね」
そう言うと、ユズは俺の向かいに座った。
そして、一口お茶を飲むと、ゆっくりと語り始めた。
* * *
19年前……じいちゃんと父さん――ソータという名前らしいが――の二人が、ジャスラという国に行ったこと。
そこで、一人の女性に会ったこと。そしてその女性は……父さんにとって大事な人で、じいちゃんにとっても心に残っていた、特別な人だったということ。
その人が俺の母親で……そのジャスラの旅の中で、俺が生まれたこと。
ジャスラでの使命は終わったけど――母さんは自分にしかジャスラを救えないと考えて、時を止め浄化する道を選んだこと。
「言葉がね、同じだったから。ウルスラ語とおじいさんが覚えていたパラリュス語。だから、同じ世界にあるんだなと思って……」
「ふうん……」
話を聞きながら、俺はじいちゃんとの記憶を思い返していた。
そう言えば……じいちゃんは、両親が死んだとは一言も言わなかった。
大事な用事のために遠くへ旅立ってしまったから、会えないけど……ずっと見てるはずだからって。
そっか……。だから父さんは、剣のことも知っていたのか。
ヨロヨロになりながら唱えていた呪文のようなもの……あれは、一年前に剣の中から聞こえたものと似ていた気がする。
あのとき、俺を見ていて――助けてくれたのかな。
「なるほどね……。見た目は随分若かったけど、あれが父さんか……」
「――トーマって本当に動じないよね」
話し終わったユズが驚いたように俺を見た。
「何か、疑問とか受け入れ難いとか、ないの?」
「んー……ウルスラのことを思い出す前ならそうかもしれないが、今は納得」
「どうして?」
「ユズがいるから」
「え?」
俺はユズを見てちょっと笑った。
「スミレさんがユズと一緒に町に現れてさ。俺達は出会って……それで、色々繋がっていったんだろうなって思うんだよ。その一つ一つは俺にとって大事なことだったし……」
もし父さんがずっと俺を見ていたのなら、ユズの存在にだって気づいただろう。
ジャスラで旅をしていたはずの父さんがウルスラに来たのも、そのおかげかもしれない。
だからここで会えたんだ、きっと。
「それに、実は親が生きてた、って、単純に良いことだよな?」
「そうだね。でも、トーマって……」
その先は言葉にせず、ユズは右手で口元を押さえてクスクスと笑った。
どうせ単純だって言いたいんだろ、とボヤくとユズは「とんでもない」とでもいうように左手を大きく振った。
「いや、そうじゃなくてね。トーマのそういうところに僕もシィナも……そしてソータさんも救われたんじゃないかな、と思うよ」
* * *
父さんと朝日さんと暁くんが慌ただしく出て行ってから、三日が経った。
俺達がウルスラに来た翌日、三人はすぐに行ってしまったから、結局父さんからの話は聞けずじまいだった。
どうやら朝日さん達の国――テスラで、ウルスラと同じようなことが起こったらしい。
ただ、必ず戻ってくるから待ってろとは言われたが……。
そして一昨日の昼、朝日さんが突然現れた。
テスラの騒ぎは無事収まったそうだ。そして、置きっぱなしになっていた鞄を取りに来たらしい。
「せっかくソータさんと話をするところだったのに、ごめんなさい」
朝日さんはそう言うと、俺に頭を下げた。
「いえ、それは……一大事だったみたいですし。……で、父さんは?」
「飛龍で丸一日か二日かかるって言ってたから、明後日には着くんじゃないかな」
ヒリュウって何だろう……とは思ったが、何だか急いでいるようだったので聞くのはやめておいた。
すると、朝日さんはハッとして
「あ、そうだ、トーマくん! これ、ソータさんに渡しておいて!」
と言って、鞄から小さな箱を取り出した。
「中平さんから預かった物で……このドタバタで、忘れてたの」
「じいちゃんから?」
「そう。じゃあ、ごめんなさい、時間がないから……よろしく!」
朝日さんが手を翳すと、空間に切れ目ができた。前に何回か見たゲートだ。
そしてあっという間に飛び込み、消えてしまった。
シャロットが「研究で忙しくてすぐに帰ったんだ」と教えてくれた。
暁くんっていう朝日さんの息子さんがシャロットと同じ10歳で、意気投合したらしい。
ミュービュリのことやフェルティガエの修業を教えてもらったと、嬉しそうに話してくれた。
今日は、シャロットが俺とユズを南東のリユーヌに案内してくれていた。
元の格好だと目立つということで、俺達はウルスラの神官の服に着替えさせられていた。深いフードをかぶっているので誰だか分からないし大丈夫、と言われたが、内心ドキドキした。
俺達はそのうちミュービュリに帰るし、ユズの立場がちょっと微妙なので、しばらくは俺達の存在は公表しないことにしたらしい。
ここには、『ウルスラの扉』と呼ばれる赤い宝石がついた不思議な岩穴を通ってやって来た。
これはフェルティガエしか通れないもので、王宮と各領土を瞬間移動する装置らしい。
赤い宝石は『ウルスラの血』と呼ばれる女神ウルスラの力が込められたもので、その力を使っているんだそうだ。
朝日さんたちがテスラに行くために使われ、機能は失われた……はずだったが、シィナの力と朝日さんの力、それに暁くんの力が思ったより大きかったらしく、ちゃんと使用できるらしい。
そのこと自体も驚異的だと、シャロットは妙に感心していた。
「あのねぇ、あの人たち、凄かったよ。本当に」
「凄いって……どんな風に?」
俺が聞くと、シャロットが民家の一つを指差した。巨大な獣の解体作業を行っている。
あまり見慣れないので、ちょっとグロテスクで気持ち悪い。
「オレが見たとき、あの獣が闇の影響で暴れててね。アサヒさんが蹴り飛ばして、すっごく高く宙に浮いたの」
「は……」
「それであの大木に叩きつけて、押さえつけて……最後はソータさんが矢を何本も急所に放って、仕留めてくれたんだ」
次にシャロットが指差した大木はすでに倒されていて、ひどい有様だった。辺りには折れた枝がそこかしこに落ちていて、戦いの凄まじさが窺える。
「それで、アキラはねぇ、模倣っていって……見た技を真似できるんだって。だから、コレットの瞬間移動を真似して移動したらしいんだ」
「へえ……」
「トーマ兄ちゃんのフェルティガもかなり珍しいけど……でも、そんなに頻繁には使えないから注意してね」
「え?」
俺は少しドキリとしてシャロットを見た。
この力があれば、会いたいときにいつでもシィナに会えると思っていた。
そうじゃ、ないのか……?
「んっと……多分、3か月ぐらいは使えないと思う。身体に負担がかかるからね」
「ふうん……」
3か月ぐらいならまあいいかと思っていると、シャロットは
「それに、いつか――消えちゃうと思う」
と言って俺を見上げた。
「えっ!」
思わず声を上げる。シャロットはじっと俺を見上げると
「だからシルヴァーナ様とは……いつか、会えなくなるよ」
とポツリと言った。
俺は内心ギョッとしたけど――記憶が戻っていることを悟られないために
「そうか。つまり、シャロットにも会えなくなるのか」
と言ってちょっと笑った。
「じゃあ、無駄遣いしないようにしないとな」
「……ふうん」
俺の返しをどう思ったのか、シャロットはつまらなそうに相槌を打つとユズの方に振り返った。
「ユズ兄ちゃんは、どうするつもりなの?」
「僕? とりあえず今は、ミュービュリに戻って医者になるけど……」
ユズは少し考え込んだあと、白い空を見上げた。
「……どうだろ――えっ!」
急にギョッとしたような顔になる。
俺とシャロットも、慌ててユズが見ている方角を見上げた。
何かがこちらに向かって飛んできている。物凄い速さだ。
……よく見ると、翼の生えた青い恐竜みたいなヤツだ。
「あ……」
青い恐竜はリユーヌの森の上を猛スピードで通過すると……王宮の方に向かって飛んで行った。その背には、三人の人影が見える。
「帰って来たんだ!」
シャロットはそう叫ぶと、元来た方へ走り出した。
俺とユズも、慌ててシャロットの背中を追いかけた。
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