14.得るために(1)-暁side-

 目が覚めると、朝日はもう先に起きたみたいで部屋には誰もいなかった。


 一昨日はおじいさんの家からゲートでウルスラに移動して、闇がどうの、神剣みつるぎがどうのとドタバタ。

 昨日はウルスラからテスラに跳んで、ユウが目覚めたり女王さまと謁見したりとドタバタ。


 こんな感じで、ここ2日間はいろいろあり過ぎてオレもかなり疲れてたから……何かこう、身体が変な感じだ。

 こういうときは無理にでも運動して、汗をかいた方がいいんだけどな。


 ふと、ウルスラにリュックを忘れてきたことを思い出した。

 フェルティガエは身体をリセットすることで汚れも消えるらしい。だけどミュービュリでは毎日お風呂に入ったり歯を磨いたりしているオレにとっては、そう言われてもどこか不安で、何だか気持ち悪い。

 仕方なく昨日着ていた服に着替えて少し空手の型をやっていると、扉が開き、朝日がひょっこりと現れた。


「あ、暁……起きた?」

「どこに行ってたの?」

「ちょっとユウのところ。あ、そうだ。夜斗がね、ユウとソータさんを連れてヤンルバに行くんだって。ちょっと歩くけど、一緒に行かない?」

「行く!」


 ヤンルバはエルトラの飛龍が飼育されている場所。

 いつもは夜斗兄ちゃんがサンを中庭まで連れて来てくれるから、オレはヤンルバに行ったことがなかった。

 飛龍がたくさんいるって、どんな感じなんだろうな。


 オレ達はエルトラ王宮の正門で合流すると、ヤンルバに向かって歩き始めた。


「ほー……きれいな国だな……」


 ソータさんが辺りをぐるぐる見回しながら呟いた。背中には、黒い布でぐるぐる巻きにしてある剣を背負っている。ソータさんが身につけてさえいれば、大丈夫らしい。


「ねぇ、どうしてヤンルバに行くの?」

「ヒコヤが知っている飛龍がいないかと思って。俺はとりあえずウルスラに戻りたいんだが、ここで笛を吹いても……ヴォダが来れるのは、多分三日後なんだよな」


 ソータさんは腕組みをした。


「もし飛龍でウルスラまで行けるなら、貸してもらおうかと」

「結構あっさり許可が下りたな。飛龍は貴重で、なかなか許可が下りないんだが」


 夜斗兄ちゃんが不思議そうに首を傾げる。


廻龍かいりゅうと飛龍は元々ヒコヤのものだってことは、女王も把握してるんだろうな」


 そこまで言うと、ソータさんは急に「あっ!」と声を上げた。


「どうしたの?」

「肝心なことを忘れていた。俺、いったいどうやってミュービュリに行けばいいんだ?」

「あ……」

「行くのが運命、みたいに女王は言っていたが、手段をまったく聞いてないぞ」

「あのフィラの穴じゃないの?」


 オレが言うと、朝日はきょとんとした顔をした。


「朝日は実際、行ったんじゃないの? あの穴で、ミュービュリに」

「あっ……そうか!」


 朝日は思い出したように手をポンと打った。


「ソータさん、フィラにあるのよ。次元の穴が。以前そこに落ちて……そのときに中平さんと会ったの」

「親父と?」

「そう。何か、神社みたいなところに出たのよ」

「ふうん……。次元の穴……か。確か、ネイアが言ってたな」


 ソータさんはそう呟いたけど、まだ難しい顔をしている。


「だけど……稀にしか開かないし、いつ開くかわからないって聞いたぞ」

「半年以内に開く」


 それまで黙っていた夜斗兄ちゃんがきっぱりと言った。


「昨日、あの姉妹……メシャンとハイトが言っていた。間違いない」

「半年以内……。結構先だな」

「その穴って、他にはないのか?」


 ユウが口を開いた。


「ジャスラや、ウルスラとか。一番早く開く場所から行けばいいのに」

「うーん……とりあえずジャスラにはあるが、いつ開くかを把握できないことには……」

「あのお姉さんたちがわかるんでしょ? オレが真似しようか?」


 ナイスアイディアだ、と思ってオレが張り切って言うと、

「駄目」

「やめなさい」

「絶対やるな」

と、ユウと朝日と夜斗兄ちゃんに一斉に止められた。


「……何で……」

「フェル使っちゃ駄目って言ったでしょ? 今は、修業をちゃんとしなさい」

「そうだけど……」

「それに、あの家系だけに伝わる特殊な力のようだ。多分、暁は真似できないぞ」

「そうなのかな……」

「暁、ちゃんと言うことを聞いておいた方がいいよ。暁は、浄化の力でソータさんを助けるんだろう?」


 ユウがオレの頭をグリグリと撫でた。


「うん、まあ………」

「修業なら見てあげるから」

「うん……。あ、そうだ!」


 オレはユウの腕をぐいぐい引っ張った。


「ねぇ、ユウ! おじいちゃんに習ったこと、教えて!」

「おじい……ヒールのことか?」

「そう! おじいちゃんに習ったから、ユウはフェルティガエとして立派になったんだよって朝日が言ってた」

「まぁ、確かに言ったわね」

「だから、オレも!」


 ユウはじっとオレを見下ろすと、ぱあっと花が咲いたような笑顔を浮かべていきなりオレを担ぎ上げた。


「可愛いこと言うな、暁はー!」

「わー!」


 そのままひょひょいっと肩に乗せると、片手でオレを支える。


「何すんだー!」

「俺みたいになりたいなんて、何て……」

「オレ、もう赤ん坊じゃないって言ってるのにー!」

「ああ、大丈夫。ちゃんとわかってるし……全然重くないから」

「わかってないよー!」


 結局ユウはそのまま浮かれていて、ヤンルバに着くまで下ろしてくれなかった。



 ヤンルバに着くと、サンが「キュウゥー!」と嬉しそうに鳴いてユウの所に突進してきた。

 ユウが育てたっていうのは本当だったんだなと思った。

 他には、青っぽい飛龍が四頭と赤っぽい飛龍が二頭だ。全部で十頭いるらしいんだけど、他のは空に飛び立っているみたい。


 ソータさんはキョロキョロと見回すと、「あ、レクスだ」と呟いて、奥でじっと佇んでいる青い飛龍に向かって歩いて行った。

 そしてなぜか……じっと見つめ合っている。


「あの飛龍……太古の昔からいるっていう飛龍だ。今となってはもう空を飛ぶことはないようだが……」


 夜斗兄ちゃんがソータさんを遠巻きに見つめながら言った。


「ヒコヤの神獣っていうのは……きっと、あいつなんだろうな」

「神獣? 何それ?」


 オレが聞くと、夜斗兄ちゃんはオレと朝日に、昨日ソータさんから聞いたという話を教えてくれた。

 空駆ける飛龍と海を往く廻龍――ヒコヤがパラリュスに三種の神器をもたらした代わりに、女神がヒコヤにあげた神獣なんだって。

 ヒコヤは契約を交わすことでこれらと通じることができるらしい。さっき呟いてたレクスってのが、ヒコヤが契約を交わした飛龍なんだろう、と夜斗兄ちゃんは言っていた。

 何か、カッコいいよね。

 ヴォダはソータさん自身が契約を交わした廻龍らしいけど……どうするのかな? ここでも飛龍と契約するのかな?


 しばらくすると、ソータさんがオレ達の方に戻って来た。


「んー……無理っぽいな。ここの飛龍……エルトラに飼われてるから、決まった時間にはここに帰ってきてしまう。ウルスラまでは飛べないだろうって」

「そうなんだ……」

「で、その……サン、だっけ?」


 ソータさんがユウにじゃれているサンを指差す。それに気づいたユウがサンを引き連れて近くに来た。


「何だ?」

「そのサンは、レクスの最後の子供で……多分、唯一ウルスラまで飛べるだろう、と言っていた」

「ああ……そうかも」


 夜斗兄ちゃんがサンを見上げた。


「こいつはユウの飛龍だから、自由に飛ばせてたんだよ。だから丸三日戻らないこともザラだったし」

「なるほど。なぁ、ユウ。サンで俺をウルスラに連れて行ってくれないか?」

「え? 契約するんじゃないの?」


 オレが驚いて声を上げると、ソータさんが笑いながら手を振った。


「しない、しない。サンは、ユウの飛龍だろう? 俺には、ヴォダがいるからな。今だけだよ」

「そうなんだ……」


 ソータさんて、一つの物を大事にするタイプなんだな……。


「俺は、まあ構わないけど……どれぐらいかかるんだろう?」

「丸一日か二日だと言っていた」

「結構かかるんだな……」


 ユウがオレと朝日を淋しそうに見る。……いや多分、実際に淋しいのかも。

 目覚めたばっかりだもんね。


「あ、いっけない! 私、ミュービュリに帰らなきゃ!」


 だけど、朝日はそんなことには気づかず急に大声を出した。ユウがえっ!?という顔をしている。

 朝日って、雰囲気を察するとかできないからな。ムードぶち壊し……。さすがにちょっとユウが可哀想。 


「朝日、帰るの!?」


 今度はユウは、はっきりと淋しいという顔で叫んだ。朝日は申し訳なさそうに笑った。


「もともと、テスラに暁を置いて――暁は夏休み中ずっとこっちだけどね――ミュービュリに戻るつもりだったの。研究室に行かないと、マズイから」

「研究室……?」

「朝日、じゃあさ、オレ、ユウと一緒にウルスラに行ってもいい? リュック忘れちゃったし」

「あ、そうね」


 朝日はすでにゲートを開けていた。思い立ったら行動が早いからな……。


「いいわよ。でも、いい? ちゃんと修業するのよ? フェル使うのはなしよ」

「うん」

「ユウも、暁を甘やかさないでね」

「あ……うん」

「じゃ、また適当に顔を出すからー!」


 朝日はそう言うと、さっさとゲートに飛びこんでしまった。


 ユウはしばらく茫然としながら朝日を見送ったあと

「夜斗。朝日って随分簡単にあっちと行き来してるみたいだけど、いいの?」

と聞いた。


「いいらしい。あいつ、ゲート無制限」

「えーっ!」

「しかも寝るたびにフェルティガがどんどん増える異常体質」

「……」

「今回のでかなり減らしたとは思うけど……昨日もあの闘いの後、ピンピンしてただろ? 問題ない。朝日がフェルティガ切れで倒れることは、まずない」

「そ……そうなんだ……」

「なるほど……。やっぱり、朝日が特殊だったんだな」


 ソータさんが納得したように頷いていた。


「あんな無茶苦茶なフェルティガエ、ジャスラでは見たことがなかったから初めて会ったときは驚いたぞ。テスラのフェルティガエはみんなそうなのかと思った」

「ないない」

「朝日を基準にされるとちょっと困るかも」

「ユウも人のことは言えないぞ」


 何だか三人で楽しそうに会話が弾んでいるので、オレは

「……今の、朝日に言っていい?」

と聞いてみた。


 すると三人は

「絶対、駄目!」

「俺はまだ死にたくない」

「暁、男の約束な!」

と必死で言うから、オレはおかしくなって大笑いしてしまった。

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