13.知るために(2)-ユウside-
ソータさんの旅の話。
それは、20年近くに及ぶ壮大な物語で……初めて聞いた俺と夜斗は、驚きを隠せなかった。
一部は知っていたらしい朝日と暁も、ソータさんが独りでずっと旅をしていた後半は知らなかったらしく、かなり驚いていた。
そしてソータさんは、昨日起こったというウルスラでの事件も合わせて説明してくれた。
「ユウにとり憑いていた闇は、今回ウルスラを混乱に陥れた闇と同一のものだ。やらないといけないことはたくさんあるが……まずは、ヒコヤの伴侶であるミズナを取り戻したい。そのためには、神器と、それに浄化者が必要だと考えた」
「……ふむ」
「ウルスラで、シャロット王女を。そして、テスラで暁を見つけた。是非、力を貸してほしい」
「口のきき方はなっておらんの。……まぁ、本来ヒコヤはそういう男ではあったらしいが」
ミリヤ女王はそう言うと、しばらく考え込んだ。
そしてふと顔を上げて、俺の顔を見た。
「ユウディエン。とり憑かれていた間のことを憶えているか?」
「あ……はい」
俺はあの真っ暗な中での闇とのやり取りを思い出した。
「闇は、
「分身……」
「……それが、去年のことを指すのか太古の昔に女神ウルスラが封じられたことを指すのかはわかりませんが……」
「――ジャスラの闇とは違う。多分……女神ウルスラの闇ではないな」
ソータさんが割って入った。
「ジャスラの闇は意思を持たない。ただただ彷徨い、弱い心の人間の隙間に入り込む。その人間の卑屈な部分や強欲な部分を増大させる。だから、本人の意識を捻じ曲げるだけで、奪う訳じゃない。それに、本人の意思を無視して身体だけ奪うほどの力は持たないんだ。少なくとも……俺は見たことはない」
「……ふむ」
「……そう、か……」
ソータさんの言葉にミリヤ女王とアメリヤ様は深く頷くと、ひどく沈痛な面持ちになった。
何か、思い当たる節でもあるのだろうか。
「あの……」
俺が言いかけると、女王は扇で俺を制した。
「いや……何でもない。ユウディエン、話を続けるのじゃ。闇の言葉で、他に何か気づいたことはないか?」
「あ、はい……」
「……ふん」
どうやらまだ、俺達には話せないことらしい。
ソータさんはちょっとムッとしたように鼻をならした。
「じゃあ、今回のは女神ウルスラが変化した闇ではないとして……」
俺は話を続けた。
「闇が本来の力を取り戻すと言って向かった先が、キエラ要塞でした。だから、キエラ要塞の闇と俺に憑いていた闇、それと
「……ま、そうだろうな」
ソータさんが腕組みをして頷いた。
「俺がテスラに来る前に、どうにか力を取り戻したかった。だから半ば無理矢理ユウを動かして、キエラ要塞に向かった。それだけのものがあそこにはある、ということだな」
「ふむ……」
「一つ聞きたいんだが」
ソータさんは女王とアメリヤ様、そして俺達みんなを見渡した。
「あの要塞は十年前の戦争において敵の本拠地だったと聞いているが……前からあんな闇だらけの状態なのか?」
「いや……戦争の時は、そんなに感じなかったな」
朝日と暁の三人で突入したことを思い出しながら俺が言うと、朝日も
「そうね。暗くてじめじめしてはいたけど……特には」
と続けて言った。
「戦争が終わり、カンゼルと少年を北東の遺跡で火葬した際……フェルティガエで不調を訴える者が出た。その後少しだけ調査したが、北東の遺跡自体には問題なかったがな。……正確には、その辺りかの」
ミリヤ女王がそう答えると、ソータさんは
「ふうん。そのときに何らかの結界が緩んだのかもな」
と呟いた。
そして
「それで闇が漏れないように
と納得したように頷いた。
「……何がじゃ?」
「闇がユウの身体を支配した理由だ。多分、闇だけでは入れない……もしくは、入れても出れないんだろうな。身体が必要なんだろう」
「……なるほどの……」
頷くミリヤ女王の横で、アメリヤ様は深い溜息をついた。
「だとしたら……
「何で……!」
ソータさんが焦ってガッと立ち上がった。
アメリヤ様は首を横に振った。
「それについては、今は話せぬ。それに、まだ想像の域を出ないのだ。迂闊なことは言えぬ」
「……」
「――しかも、正確な場所はわれの調べでもわかっておらぬ。フィラの長老なら知っておったであろうが……戦争で、みな死んでしまっている。フィラにあったであろう古文書も、30年前のフィラ侵攻ですべて失った」
「……」
アメリヤ様の言葉に、ソータさんは憮然としたまま腕を組んだ。
アメリヤ様はそんなソータさんをちらりと見ると
「それに……今はまだ、そのときではない」
ときっぱりと言い切った。
「じゃあ、いつだよ」
「まずは神剣を完全に取り戻すべきだろう」
今度はミリヤ女王が扇で剣を差した。
「そこまでは憶えておらんのか?」
「……そうか!」
ソータさんはハッとしたように自分が手にしている剣を見た。
「何かが足りないと思っていた……思い出した!」
「……何が足りないの?」
「鞘だよ。神剣の鞘」
朝日が不思議そうに聞くと、ソータさんが神剣を隈なく見回す。
ようやく合点がいった、というように何度も頷いた。
「だからこいつは、こんなに不安定なんだな」
「その通りだ」
「でも、なぜテスラの女王がそんなことまで……神剣を見たのは初めてだよな」
「お前は本当に口のきき方がなっておらんな」
ミリヤ女王はちょっとムッとしたように吐き捨てたが、実際はそんなに不快ではなかったらしく、うっすらと微笑んだ。
「託宣だ。……“ヒコヤ 現れる 鞘を求め ミュービュリへ”」
「は……」
ソータさんが仁王立ちのまま固まった。
「えっ! ミュービュリ!?」
「そういうことになるのう」
一方、女王は涼しい顔で扇をパタパタとはためかせる。
「俺が……ミービュリヘ!?」
「そうであろう。鞘は神剣にしか見つけられない。そして神剣の力を引き出せるのはヒコヤ――ソータだったか。お前だけなのだから、それしかあるまい」
「……はは……マジか……」
ソータさんは乾いた笑いを浮かべていた。
もう二度と戻れないと覚悟を決めて、二十年近くジャスラで旅をしていたソータさんは……思ってもみなかった展開に、複雑な心境になっているようだった。
それはそうだろうな、と思う。
でも……フェルティガエでない人間がどうやってミュービュリに渡るんだろう? ゲートは使えないよな。
そんなことを考え込んでいると
「あと、浄化者の件だが」
と言って女王は溜息をついた。
「アキラはまだ十歳と幼すぎる。ヤハトラの巫女にも、恐らく止められると思うぞ」
「……そうだな。それは、俺もちょっと思ってた」
ソータさんはちらりと暁を見た。暁は「えー」と少しつまらなさそうな顔をしている。
「ウルスラの王女も十歳なんだ。だから、だいぶん無理があるな、と……。大事なことだし、それはネイア――ヤハトラの巫女にも相談してみる。多分……2、3年は待った方がいいんだろうな」
「そうだ。そして、以上のことから……」
ミリヤ女王は真っ直ぐにソータさんを見た。
「未だ、エルトラとしてソータに協力することは出来ぬ」
「何で……」
「最初に言ったであろう。お前が嘘を言っているとは思わぬが……」
「当たり前だ」
「――口を慎め」
ミリヤ女王が静かに叱りつける。今度は本気だったらしく、それを察したソータさんもおとなしく口をつぐんだ。
「――とにかく、国として動くには情報が足りな過ぎる。よって、条件を出す」
「条件……?」
ミリヤ女王が頷く。隣のアメリヤ様が口を開いた。
「ヤハトラの巫女は過去を視ることができる。……そうじゃな?」
「そうだ。だからこの神剣を視てもらって、女神ウルスラに一体何があったのか確かめようと思っていた。ただ、今は触れることもできないし、無理だと思うが」
「しかし……昔、三柱の女神とヒコヤの間に起こったことを事実として把握しているのは巫女だけだ」
「……まあ、それは……」
「巫女が知る内容をすべてテスラに伝える。ただし、お前の口からではなく、書なりなんなり……とにかく、巫女自身の手によってだ。――これが、条件だ」
「えっ……」
ソータさんがギョッとしたような顔をする。
「何が不満か。こちらは託宣まで授けたのだぞ!」
そんなソータさんの態度が気に入らなかったらしく、ミリア女王は少し憤慨したように声を荒げる。
「いや、不満ではなく……。前に、巫女が視れるのは勾玉の記憶だけだから、切り離された後のことはわからないって言ってたな、と……」
「その勾玉の記憶を教えろと言っておる」
「……なんか高圧的だな」
「お前は本当に……まあ、よい。それと――アサヒ」
「あ、はい!」
急に名前を呼ばれて、朝日が大声で返事をした。
「エルトラとしては協力できんが、お前が勝手にソータに協力する分には構わん。エルトラの民ではないからな」
「……はい!」
朝日は嬉しそうに笑った。ソータさんはちょっと意外そうな顔をしてミリヤ女王と朝日の顔を見比べた。
「しかし、宝鏡以外の話だ。これについては、何人たりとも触れることはまかりならん」
「はい……」
「それ以外は、お前ができると思うことをすればよい。機会があればジャスラにも行くとよいだろう。テスラについて話すことも、ある程度は許す。他国と自由に行き来できるのは、お前と……目覚めたばかりでヒマなユウディエンぐらいだ」
ひどい言い草だけど……まぁ、確かに。
「ただし、報告は怠らないようにな。そしてヤトゥーイは、二人の補佐をせよ」
「……はっ」
「まあ、いつものことだから多少の苦労も慣れておろう」
「……ええ、まぁ」
夜斗が少し困ったように返事をした。朝日が「いつものことって何よ」とボソッと呟いていた。
この女王さま、人をからかうのが趣味なのかな。
そんなことを考えながらじっとミリヤ女王を見ると、俺の視線に気づいた女王が
「ユウディエン。アサヒに飽きたら、いつでもわれのところに来るがよいぞ」
と妙にゆったりと言い、にっこり微笑んだ。
俺はギョッとして
「い……行きませんよ!」
と咄嗟に叫んだ。
すぐに、失礼だっただろうかと思い直して口を押さえたけど、女王は愉快そうに笑っていた。
「ミ、ミリヤ女王……まさか、本気で……」
「アサヒは本当に面白いのう」
「ほ、本当に冗談で……?」
「前も言ったであろう。ちょっとした戯れじゃ。……今のところはな」
「い、い、今のところって……」
「――さてと。大いに笑わせてもらったし……有意義な話も聞けた。今日のところは、これでよいかの」
ミリヤ女王は扇をパチリと鳴らすと、すっくと立ち上がった。
「はい。本当に……ありがとうございました。協力者を得られたこと、感謝しています」
最後は、ソータさんも丁寧に頭を下げた。
女王は楽しそうに笑うと、颯爽と玉座の間を後にした。アメリヤ様は朝日に「ほどほどにのう」と忠告すると、穏やかな笑みを浮かべて後について出ていった。
テスラの厄介事を片付けたら、朝日と暁と――三人でミュービュリに帰って、幸せに暮らそう。
そう思っていたけれど、どうやらそんな簡単な話ではないということが、よくわかった。
今、俺が目覚めた意味。それを……考えなくては。
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