11.会うために(2)-朝日side-

 エルトラ王宮に戻ると、暁は中庭にはいなかった。

 聞くと、中庭の騒ぎに気づいた理央が外に出てきて、気絶している暁を見つけたらしい。


 やっぱり、すごく疲れてたんだね。

 それでも、私が心おきなくユウを追いかけられるように……頑張って、声をかけたんだ。


 教えてもらった部屋に行くと、暁は気持ちよさそうに寝ていた。

 治療師によると、疲れて眠っただけだから心配ないとのことだった。

 理央が「私がついてるから大丈夫よ」と言ってくれたので、私はそのまま部屋を後にした。


 ソータさんのことをエルトラの人達にどう説明すればいいか分からなかったから、とりあえず夜斗にもう一度隠蔽カバーをかけてもらい、しばらくの間、姿を消してもらった。

 ソータさんは「俺は犯罪者かよ……」とぼやいていたけど、渋々従ってくれた。

 宣詞を使うと倒れてしまうことが多かったそうだけど、神剣みつるぎを手にしているおかげで大丈夫らしい。


 夜斗からミリヤ女王とアメリヤ様への面会をお願いしてもらって……私はソータさんと一緒に、ユウが運び込まれた部屋に向かった。

 もともとユウが眠っていた部屋の隣だった。ユウがいた部屋は他ならぬユウによって扉が壊されてしまったからだ。


 覗くと、部屋の中は少し散乱していて……ガラスの棺の蓋が開いていた。


「この中で眠ってたのか?」


 ソータさんが不思議そうにガラスの棺を覗きこんだ。

 もう許可なく神官が立ち入ることはできない場所なので、姿を現している。


「……そうよ」

「年もとらずに?」

「うん。このガラスの棺は……フェルを蓄えることができる、キエラのカンゼルっていう科学者の発明品。カンゼルはフェルティガエじゃないから、フェルを使う研究に熱心だったの。それで高密度のフェルの中では時がゆっくりと流れるから、殆ど年を取らないんだって」

「はー……水那の状態と、同じか」


 そう呟くと、ソータさんは首を傾げた。


「三種の神器やジャスラの涙にも匹敵するアイテムだな。そんなものを……女王の血族でもない、フェルティガエでもない人間が発明したのか?」


 ソータさんの言葉に、私はハッとして思わず振り返った。


「……そう……だね」

「そいつ、異常だな」


 異常……そうかも。やっぱり、カンゼルは異常だったのかも。


「で、ユウはこの中に寝なくていいのか?」

「この中にあったフェルはもうなくなってるし……それに治療師によると、もう身体は完全に治ってるんだって。だから、後はユウの精神力の問題、だって……」

「ふうん……」


 私は本棚に置いてあったアルバムや写真立てを両腕で抱えた。新しいユウの部屋に移すためだ。


「……あれ? 一緒に行かないの?」


 私が部屋を出ようとしてもソータさんが動かないので、私は不思議に思って聞いた。


「俺はもう少しここにいる。……棺も気になるしな」

「……?」


 眺めてても、何も分からないと思うけどな。


「――だから、俺がいない方がいいだろ? 早く行け」


 ソータさんはちょっと顔を赤くすると手をパタパタと振ってそっぽを向いた。

 どうやら、気を使ってくれたらしい。


「ユウ、眠ったままだけど……」

「それでも、二人っきりの方がいいだろ? ――俺はそうだからな」

「……ありがとう」


 私はちょっと微笑むと、壊れた扉から部屋を出た。

 隣の部屋の扉を開け、そっと覗く。

 もと居た部屋と同じ造りで……違うのは、ガラスの棺の代わりに大きいベッドがあることだった。

 ユウは……そのベッドに横たわっていた。


「……ユウ」


 私は抱えていたアルバムをテーブルに置くと、静かにベッドに近付いた。頬にそっと触れる。

 ――温かかった。


 ねぇ、ユウ。今……どんな夢を見てる?

 ユウがいなくなってから……私は、ユウの夢を何回も見たよ。昨日の朝も見た。

 でも、いつも……姿がぼやけてるの。

 笑って話しかけてくれているはずなのに……見えないの。

 さっき……目を開けたユウを、久し振りに見たよ。

 でも、中身は違うから全然違う顔に見えたけど……一瞬だけ、ユウになった瞬間があったよね。


「……っく……」


 涙がポロポロこぼれた。頬から顎へと伝い、シャツの胸元に沁み込む。


 ねぇ、ユウ。

 今度は――どれくらい待てばいいの?



 しばらくユウの寝顔を眺め……涙も少し治まってから、私はくるりと背中を向けてテーブルの方に戻った。

 持ってきたアルバムと写真立てを飾っておかないと。

 ユウが目覚めたとき、すぐに見られるように。


 涙を拭いて、何冊もあるアルバムを一生懸命本棚に並べる。

 最後の一冊を手に取ったとき――。


「……あ……」


 アルバムから1枚の写真が落ちた。……変な顔に写ってて、ボツにしたはずの写真だ。こんなところに紛れ込んでたんだね。


 ひらりと舞ったその写真の行方を追って――心臓がドキリと音を立てた。

 ベッドで……ユウがむっくりと上半身を起こしている。

 少しボーっとした表情で宙を見ていた。


「……!」


 私の手からアルバムが落ちて……バサバサッと音を立てた。

 ユウがハッとしたようにこちらに振り返った。


「――朝日……」

「……ユウ?」

「……だと、思う、けど」


 ユウは左手で頭を抱えながら……ゆっくりとベッドから降りた。

 そしてゆらりと立ち上がり、私の方に近付く。


 ちょっと待って。本当にユウ?

 だって……起き上がれるかどうかは、ユウの精神力次第だって……。

 ずっと闇と闘ってたユウが、こんなに早く?

 それに……さっきのあいつも、普通にユウの声で喋ってた。

 もし……でも……まさか……。


「スト――ップ!」


 私に手を伸ばそうとしたユウを、大声で止める。左手を突き出し、「ちょっと待った」というように。


「……え?」


 ユウが意表を突かれた顔をしている。私は構わず続けた。


「まだ駄目よ。近付いちゃ駄目。……ちょっと待ってて!」

「……」

「ソータさーん! 早くこっちに来てー!」


 私はユウを牽制しながら、思い切り大声を出した。

 隣の部屋に居るんだから、聞こえるはず……。


 すると……廊下からバタバタという足音が聞こえ、バタンとやや乱暴に扉が開いた。


「……何だよ、せっかく人が気を使って……」


 ソータさんがボヤきながら入ってくる。

 そして「待て」の姿勢のままのユウを見て、息を呑んだ。


「……お前……どういうタイミングで俺を呼んで……」

「ね、闇、もうない? あれ、本人? 間違いなく?」


 ユウを指差しながら、ソータさんの方に振り返る。

 ソータさんが呆れたように溜息をついた。


「言っただろ。俺が祓ったって言ったんだから、大丈夫なんだよ。浄維刃せいばで元から断ち切ったんだから」

「ほんとに本当?」

「本当に大丈夫だってーの! ……あ」


 ソータさんがギョッとしたような顔をしたので、私はドキッとした。

 慌てて振り返ろうとしたけど……振り返れなかった。

 後ろからユウに羽交い絞めにされたからだ。


「なっ……」

「――朝日。せっかく目覚めたのに、まず他の男を呼ぶってどういうこと?」


 懐かしい声が、耳元に響く。――何だか少し怒っているみたいだ。


「そういう問題じゃなくて、念のため……」


と言いながら腕を振りほどこうとしたけど、ユウの力が強くてびくともしない。


「朝日は、俺と闇のアイツの区別もつかないの?」

「そうじゃなくて、えっと……」

「だいたい、何で闇のアイツとキスしたの?」

「あれは、闇の力を削ぐためで、そういうんじゃないし、身体はユウだし……」

「でも俺じゃないし」

「えっと、えっと……」

「そのうえ、妙な色仕掛けまでするし」

「色仕掛けじゃないよー! 取引だよー!」

「……で、何で逃げようとするの?」

「だって、何か、怒ってるからー!」

「――もう、俺、要らないよな」


 呆れたような声が聞こえ、思わず声の主を見る。

 ソータさんがひどく疲れた顔をしていた。


 しまった、忘れてた……と慌てていると

「ああ、もういいから、いいから」

と言って左手をひらひらと振り、私達にくるりと背を向ける。

 そしてずかずかと扉の方へ歩いていくと、

「しばらくそうしてろ。とりあえず、俺は離れたところで待ってるから」

と言ってバタンと扉を閉じた。


「あ……」

「あ、じゃない」


 ユウがぎゅうっと私を抱きしめた。


「どれだけ会いたかったと……こうして触れたかったと思ってるの?」

「それは、私だって……」

「顔、見せて」


 ユウの腕の力が緩んだ。

 私は俯いたまま……ゆっくりと身体の向きを変えた。


 あれから、十年経っている。私の方が年上になってしまって……ユウが引いちゃったらどうしよう。

 何だか怖くて、顔があげられない。


「……俺があげたネックレスだ」


 ユウが私の首にかけられた赤い花のネックレスに触れて呟いた。

 私の16歳の誕生日に、ユウがくれたものだった。

 ――ユウと初めてキスしたときの……思い出の誕生日だった。


 私の瞳から……ぶわっと涙が溢れた。


「ずっと……待ってたもん」

「うん」

「暁を育てて、勉強して……いろいろ頑張って」

「……うん」

「年上に……なっちゃったけど……」

「……」


 ユウは私の顔を両手で包むと、グッと上に向かせた。

 ユウは微笑んでいるようだったけど……もうボロボロに泣いちゃって、ぼやけて見えて、どうしようもない。


「また泣いてる……」

「いま泣かなくていつ泣くのよ……」

「それもそうだ」


 ユウはちょっと笑うと、そっと私にキスをした。そしてそのままぎゅっと抱きしめてくれた。


「今度こそ……ずっと一緒にいようね」


 ユウが私の耳元で囁く。

 ユウの背中に腕を回すと――私は黙って、頷いた。

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