10.会うために(1)-朝日side-

 塔の一番上……暁は右手で私と、左手でソータさんと手を繋いでいた。


「私も力を貸すから、落ち着いてね。夜斗のところよ」

「わかった」


 暁は頷くと、静かに目を閉じた。

 シルヴァーナ女王が跪き、何かを唱えると――ウルスラの外れ、四方向から強い波動が伝わってきた。女王の身体に集まり、光を放つ。


「アキラ――今です!」


 女王の声――私も自分の中のフェルを全開にした。

 少しでも暁を助けられれば……!


 暁はゆっくりと目を見開いた。

 女神の力と女王の力、そして私の力が――一つになった気がする。

 それらがすべて暁に降り注いで――暁の瞳が美しい青に輝いた。


「――!」


 まわりの風景があっという間にかき消えた。

 そして……気がつくと、私達三人はエルトラ王宮の中庭にいた。


「……朝日!」


 夜斗が驚いた表情で私達を見ていた。

 そのときちょうど、サンが「キュウ!」と元気に鳴いて中庭に降り立った。


「夜斗! ユウはどこ?」

「あそこだ」


 夜斗が指差す。何やら小さな人影が、エミール川を越えたところだった。

 川の向こうは――キエラ要塞。


 そうか、キエラ要塞があいつの本拠地なんだ。

 戻って……力を取り戻そうとしてるんだ!


「今、サンで追いかけようと……」

「先に私が行く。夜斗はソータさんに隠蔽カバーをかけてサンに乗せて連れて来て」

「ソータ……隠蔽カバー?」

「俺のことだ。それより朝日、これ……」


 ソータさんが慌てたように自分の左手を指差した。

 シルヴァーナ女王が張った結界で紫色に覆われている。


「慌て過ぎて、外してもらうの忘れて……」

「これでいいわね!」


 私が触れると、ソータさんの左手からみるみる結界が消えた。

 ソータさんがぎょっとしたように自分の左手をまじまじと見つめた。


「じゃあ、頼むわよ!」

「わかった!」

「朝日、オレはちゃんとここで待ってるから……ユウを助けてね!」


 暁がひどく疲れた顔をしながらも手を振る。

 私は力強く頷き――中庭から外に飛び出した。


 さっき、暁にフェルをあげたけど……やはり、女神の力はすごかったのだろう。全然疲れは感じない。

 ユウが……あそこに、ユウがいる。

 背中がぐんぐん大きくなる。ユウは急いではいるが、私の方が早い。


「待って……待ちなさい!」

「……!」


 ユウがギョッとしたように振り返った。

 それは、忘れもしない――十年間夢見た、ユウの顔だった。

 だけど、みるみる狂気に満ちた表情に変わる。


「オ、オマエ……ウルスラニ、居タハズ……」

「そんなことはどうとでもなるのよ……っと!」


 私は手を伸ばしてユウの腕を掴んだ。ユウはギロッと睨みつけると

「離セエェェ―!」

と叫んで力を放ってきた。


 私は力を受け止めようとして――闇が大量に混じっていることに気づいてゾッとした。

 身体全体を防御ガードして、思いっきり跳ね返す。


「ぐっ……」


 ユウの力にこいつの力が上乗せされて、かなりの威力だ。

 いつもなら吸収してしまうところだけど、闇が混じっている以上、私の方が危険になる。


「クソッ……」


 ユウは低く呻くと、私の手をバッと振りほどいた。


 そのとき、空からサンの飛ぶ音が微かに聞こえてきた。

 飛龍は他にも飛んでいたから、こいつは多分、気づいてない。


 ――ソータさんが、近くまで来てる。


 とにかく、こいつの身体を拘束しなくちゃ。

 そして宣詞の時間を稼げれば、後はソータさんが助けてくれるはず。


「駄目よ。行かせない。――ユウの身体を、返して!」

「嫌ダ。コイツハ、強イ」

「返しなさい!」


 私はユウに向かって飛びかかった。

 本当はぶちのめしたいけど、身体はユウなんだから傷つける訳にはいかない。


「フン……」


 ユウはジャンプしてひらりと私を躱すと、私の背後に降り立った。

 私はギッと睨みつけるともう一度飛びかかった。だけど、どうしても躱される。

 ユウは、パワーは私より劣るけど、身のこなしは私より素早い。フェルの使い方が圧倒的に上手なのだ。

 あと一歩、どうしても届かない。


「……もう!」


 仕方ない……ユウ、ちょっとだけごめんね!


「はぁ!」


 振り向きざまに回し蹴りを食らわすが、あっさり受け止められてしまった。足首を掴まれて放り投げられる。


「……っ……」


 やっぱり本気で攻撃なんてできない。だけど……!


 連続で蹴りを繰り出すも、すべて躱され、思い切って入れたトドメの一撃も防御ガードで弾かれる。

 私はユウを倒したい訳じゃない、どうにか動きを止めて拘束したいだけ。

 どうしたって本気の攻撃にはなりえず、それを見透かされている。

 ジャンプして背後に回ってもカウンターで衝撃波を放たれる。受け止められず弾くしかない私は、どうしても一手遅れる。


 とにかく、可能な限りユウを傷つけずに済むように攻撃を繰り出したけど、結局ヤツにダメージを与えることはできなかった。身体に触れることすらできない。

 足止めが精一杯……こんな目まぐるしく動いていては、ソータさんが宣詞を唱えられない。

 どうすればいい? どうやってユウの動きを止めれば……。


 いい手が思い浮かばず、悔しくて思わず唇を噛みしめる。

 そんな私の表情に気づいたユウが、不思議そうに首を傾げた。


「……妙だな」

「っ!」


 最初に聞いた声と、違う。

 これは……この声は!


 ハッとして顔を上げると、ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべたユウと目が合った。


「昨日ウルスラではあれだけ凄まじい勢いで獣を蹴り飛ばしていたのに、今日はずいぶんとおとなしいじゃないか」


 これは、ユウの声。十年ぶりに聞いた――本当の、本人の声。

 しかもこんな流暢に……絶対に、ユウがしない表情で、ユウが言わない台詞を言うなんて。 


「何を急に……」

「いや……どうやらお前にとって、この男は弱点のようだからな」


 ユウは相変わらずニヤニヤしながら自分の顔を右手の親指で指差した。


「少し力は使うが……この方が、お前には効果的だと思ってな」

「……!」


 嫌な奴……。カンゼルと対峙していたときのことを思い出すわ。

 どれだけ私をおちょくる気なの。ましてやユウを貶めて。

 悔しくて、悲しくて、涙が出そうになる。


「こいつは……お前の、何だ?」

「何だっていいでしょ!」


 怒鳴りながら地面を蹴る右足に力を入れる。

 突撃したけど、正面から何の策もなく飛び掛かったところでユウは捕まえられない。またもやひらりと躱されてしまった。


「恋人か?」

「……!」


 何で、ユウの顔で、ユウの声で――そんなこと聞くのよ!

 恋人……

 今は――ずっとユウの声が聞けなかった今は……どう言ったらいいか分からない……のに……!

 なのに、どうして……!


「……っ、ユウの、馬鹿――!」


 思い切り叫ぶ。ボロボロと涙がこぼれた。


「何でそんなこと聞くのよ! 聞きたいのは……ずっと、ずっと、待って……待ち続けて……聞きたいのは、私の方なのにー!」

「な……」

「しっかりしてよ! そんなヤツ追っ払ってよ! 私が……!」


 ――そうだ。こいつの力が強いから、ユウが支配されてしまうんだ。

 私が、闇を吸い込めば……!


 私は昨日飲み込んだジャスラの涙の雫に祈った。

 少しなら……もつはず!


 立ち上がり、ユウに向かって駆け出す。

 ユウは、泣き叫んだ私に驚いたのか、それとも一瞬意識を奪われたのか――目を見開いて立ち尽くしている。


「……ユウ!」


 私はユウに抱きつくと、両手で顔を掴み、グッと下に引き寄せた。そのまま唇を奪う。


「んぐっ……」


 私が闇の力を削ぐ。だから……だから、ユウ!

 絶対に、負けないで!


 唇から喉へ、ドロドロした嫌なモノが流れて行く。吐きそうな気分になるけど、そんなことには構ってられない。


「……ぐあっ!」


 ユウが私を突き飛ばした。後ろにゴロゴロと転がされる。

 喉が……気持ち悪い。

 でも、闇は私の中に広がらず、身体の中のジャスラの涙の雫に吸い込まれたのが分かった。


「オマエ、ナニ……」


 ユウが自分の唇を右手の甲で拭い、荒い息をつきながら私を見る。

 声も元に戻った。余裕を保てないようだ。力を吸い取られて、かなり驚いてる。

 今なら、私が有利だ。


「――ユウの身体を返して」

「嫌ダ。コイツ、強イ……面白イ」


 ――これだ……!


 私はすっくと立ち上がると、じっとユウを見つめた。


「……私の方が面白いわよ」

「ナニ?」


 ゆっくりと……近付く。


「今のでわからないの? 私は力を吸い込み、蓄えることができるの。フェルティガも……闇も。無限にね」

「……ム……」


 目の前まで近づくと、ユウの首に両腕を回した。

 

 ――捕まえた。

 今なら……ソータさんが宣詞を唱える時間を稼げる!


「ユウの身体を返して。代わりに――私の身体をあげるわ」

「オマエノ……?」

「ユウは……私がずっと待っていた、大事な人よ。失うくらいなら……私が消えた方がマシだわ」


 こいつには今、私しか見えてない。……いける!

 視線は逸らさせない。さあ、私にだけ集中しなさい。


 ユウは少し考えたあと……ニヤリと笑った。

 その凶悪な嫌な笑みを浮かべつつ……私をぐっと抱き寄せる。


「――イイダ、ロウ。ノッテ、ヤル」

「……どうぞ」

「フハハ、オマエノ、身体ヲ、モラウ……!」


 ユウが顔を近づけた、そのときだった。


『――闇を断つ浄維刃せいばを賜らん……!』


 ソータさんの声が聞こえ、光の刃が凄まじい勢いで私達の身体を突き抜けた。


「ぐっ……」


 私の中にあった闇もまとめて攫われて……雷に打たれたような衝撃が走る。

 ぐらりと揺れた視界――その端で、ユウの顔から陰険な表情が消えたのが見えた。


「あ……朝……」


 ユウが何か言いかけたような気がしたけど……眩暈がして、私はそのまま崩れ落ちてしまった。

 地面に顔を打ちつけそうになって、慌てて腕を付く。


「――よし!」


 ソータさんの力強い声が聞こえ、ハッとして顔を上げる。

 目の前では、ユウが倒れていた。

 声のした方を振り返ると、ソータさんが剣を掲げ、力強く頷いている。

 その背後には、夜斗もいた。


「夜斗、ユウは……!」

「大丈夫そうだが、とりあえず王宮に戻ろう」


 夜斗が口笛を吹くと、空を飛んでいたサンが舞い降りてきた。

 そしてユウの姿を見ると、「キュウ!」と嬉しそうに鳴いた。

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