9.断つために(2)-ソータside-
さて、どうするか。うーん……。
やっぱり、トーマか。
何が起こったのか知らんがこうして再びウルスラに来てしまって……あいつ、どうするんだろう。記憶は戻ったのかな。
俺の話もしたいし……。
でも、朝日と暁っていうテスラの人間ともせっかく知り合えた訳だし……。できればテスラに案内してもらいたいよな。
あいつらはどうやら、女王の一族ではないようだから。
やっぱり女王に会わないと、神器のことはわからないだろう。
あと、シルヴァーナ女王とシャロットにも話を聞かないといけないよな。
でも、今はとりあえずトーマと話をする方が先か。
ぐずぐずしてると、ミュービュリに帰ってしまうかもしれない。
「……トーマと話をすることってできるか? 今、みんなはどうしてるんだ?」
「昨日集まって頂いた部屋で食事を取っていただいています。シルヴァーナ女王とシャロット様は公務のため席を外していますが……。ご案内しましょうか?」
「頼む」
椅子から立ち上がったが、左手の剣がガツンとテーブルにぶつかる。
なんか邪魔くさいな。女王にこの結界も解いてもらわないと……。
マリカの後について部屋を出る。階段を上がると、大きく開いた窓から爽やかな風が入ってきた。
何気なく覗くと、奇麗に敷き詰められた石畳の脇にたくさんの花が咲いていた。
自然のままのジャスラでは見たことのない景色だ。美の女神ウルスラの名にふさわしい光景だと思った。
――ユウに憑いてた闇がそんな感じだったから。闇? 浄化したよ。わりと小さかったし。そのとき、何かその闇が喋ったみたいな感じがしてさ。だから、闇自身に意思があるのかもって……。
俺はふと、昨日暁が言っていたことを思い出した。
浄化したとは言っていたが……本当にできたのだろうか? 実際、シャロットはできなかったんだよな。
暁の言う通り、ウルスラの闇とテスラにいるユウにとり憑いていた闇が同じだとしたら……そんな簡単にはいかないんじゃないのか?
「あ、ソータさん。おはよう!」
部屋に入ると、たまたま扉の近くの席で食べていた暁が元気に言った。
俺を案内したマリカは、一礼したあとすぐに外に出て行った。
「……おはよ」
「身体はもう大丈夫?」
食後のお茶を飲んでいた朝日が席を立って傍に来る。
少し遠くの席にいたトーマが視界の端に映ったが、ユズルと顔を寄せて何やら話し込んでいる。
まずトーマに話を、と思っていたが、目の前の二人を振り切るのも変だ。
せっかくだからテスラの話を聞いてみるか。
「ちゃんと寝たから大丈夫。それより、二人に聞きたいことがあるんだが……」
「何?」
「テスラのユウは、その後どうした?」
「どうって? 眠ったままだけど……多分」
朝日がきょとんとした顔をする。
「多分? 闇は……」
「オレ、まだ会ってないもん」
暁が口の中をモグモグさせながら言った。
朝日が「食べながら喋らないの」と暁を叱る。
そして俺の方に振り返ると、
「今年は中平さんの家に行った後に行くつもりだったから……そうね、暁は一年ぐらい、ユウに会ってないの」
と答えた。
「……そうか」
どうも、そのユウの話が気になる。
やっぱり早めにテスラに行った方がいいかもしれないな。
そんなことを考えていると、後ろの扉がノックされ、ガチャッと開いた。
「みんな、おはよう! シルヴァーナ様を連れて来たよ」
顔を出したシャロットがニカッと笑う。
「シルヴァーナ様、どうぞ」
「……ええ」
シャロットが振り返り、一人の女性を迎え入れるように手を差し伸べる。ドレスを着たその女性は、少し恥ずかしそうにしながら、ゆっくりと部屋に足を踏み入れた。
その女性を見て、俺は腰を抜かしそうになるほど驚いた。
これが、女王シルヴァーナか。ヒコヤの記憶で見た、美の女神ウルスラに生き写しだ。
長く流れるような金色の髪に……ひときわ輝く紫色の瞳。――思わずポカンとするほどの、超絶美人。
白い肌に紅い唇……細いうなじ。胸も……って、えー、まあ、それは置いといてだな。
おい、トーマ。お前、面食いにもほどがあるぞ。
「この度はウルスラの危機を救っていただき、本当にありがとうございました」
シルヴァーナ女王は両手を組むと、跪いて深く頭を下げた。ウルスラでの最敬礼なのだろう。
ちょうど一番近くにいた朝日は「いえいえ、そんな……」と言いながら床に正座をし、ぺこぺことお辞儀をしている。
暁が「朝日、それ変だから」と呆れていた。
「だって……礼儀では相手の頭より、低く……」
「だからそれ、日本特有だから」
二人のやりとりを見ていた女王が「ふふっ」と微笑む。隣のシャロットもたまらず吹き出していた。
「ま、そうだね。シルヴァーナ様も、そんなに構えなくていいから。私やコレットと居るときみたいに、もっと楽になろうよ」
「……そうね」
シルヴァーナ女王がホッとしたように微笑む。
何だか和やかな雰囲気になった、そのときだった。
「――夜斗?」
朝日が急に真顔になり、すっくと立ち上がって呟いた。
「どこって……えっと……」
急に独りで話し始めると、困ったような表情になる。
挙動不審な朝日に驚いたのか、シャロットがこそこそと暁の傍に来た。
「……アサヒさん、急にどうしたの?」
「夜斗兄ちゃ……遠くに居る知り合いと会話してる。ちょっと待ってて」
「……うん」
何だか重要そうなので、俺達はそのまま黙って成り行きを見守っていた。
すると――朝日の顔がサッと青ざめるのがわかった。目を見開いて……額からじわっと汗が滲み出している。
只事ではないことが、傍目に見てもよくわかった。
「わかった。どうにかする。どうにかして、そっちに行くから!」
朝日はそう叫ぶと、俺の方に振り返った。
「――ユウが、身体を乗っ取られた。私、行かなくちゃ」
「え……」
「暁はここにいてね。すぐに行かないと……私、ゲートを往復するから」
「ちょ、朝……」
「待て!」
俺は慌ててゲートを開こうとした朝日の手を止めた。
「身体を乗っ取られた――つまり、昨日のコレットと同じ状態になったってことだよな!」
「恐らくそうよ! だから離して! 早くテスラに行かないと駄目なの!」
俺の腕を振り払おうともがく朝日。
バカが、何で自分だけでどうにかしようとする?
「お前独りで行ってどうする気だ。俺じゃないと、闇は……」
「ソータさんは、ゲートを越えられないじゃない! だから廻龍で来て! それまで私が止める!」
「ジャスラからウルスラまで三日かかったんだ! 恐らく、テスラまでもそれぐらいはかかる! お前、三日間闘い続けるつもりかよ!」
「やるわよ!」
「無茶だ! それぐらいなら俺を一緒に連れて行け!」
「だから、ソータさんはゲートを越えられないの! 越えた瞬間、身体が消滅してしまうんだから!」
それは確かに、朝日の言う通りだった。
でも……闇にとり憑かれ浸食されたら、もうユウは救えない。
ユウが朝日にとって、そしてテスラにとってどういう存在なのかは分からないが、とにかく最悪の事態なんだろう。
ならば……。
「身体が消滅しても魂は残る。神剣に宿って……宣詞は使える!」
「そっちこそ無茶よ! こんなところで死んで、水那さんはどうするのよ!」
一瞬、ヤハトラで祈る水那の姿が脳裏を掠めた。
ぐっと奥歯を噛みしめる。
「死ぬんじゃない。形が変わるだけだ」
「そんな屁理屈……」
「仕方ねぇだろ、この場合!」
「仕方ないじゃないわよ!」
「――待って、オレがやるよ!」
暁が、俺達の言い合いを遮るように叫んだ。朝日がぎょっとしたように暁を見た。
「……暁……何……」
「オレが跳ぶ。オレが瞬間移動で朝日とソータさんを運ぶ。……テスラまで」
「それこそ無茶よ!」
朝日が暁の両肩をガッと掴むと、噛みつくように叫んだ。
「とんでもなく遠い場所にあるのよ、テスラは! 廻龍で三日かかるぐらい……。ウルスラ国内を跳ぶのとは訳が違うの。いくら私がフェルを渡したとしても……暁には無理!」
「無理でもやるしかない。朝日が言ったことだろ」
「駄目ったら駄目よ!」
「――いいえ」
凛とした声が部屋に響いた。
俺達三人はハッとして声の主を見た。
――シルヴァーナ女王だった。
女王はまっすぐに暁を見ていた。
「……アキラの手助けなら、できます。我が――ウルスラで」
「えっ……」
女王は俺達三人に歩み寄ると、少し微笑んだ。
「ウルスラの扉を作った太古の女王は、転移の術に長けた女王でした。ですから、扉に宿るウルスラの血――女神ウルスラの力を、アキラくんへ差し上げます」
「本当に……?」
「ええ」
シルヴァーナ女王はにっこりと微笑んだ。
「でも、そんなことをしたら、扉は……」
「仮に扉が力を失ったとしても、たいしたことではありません。徒歩や馬車で移動すればいいだけのことです」
「でも……」
青ざめた顔のまま震える朝日の手を、シルヴァーナ女王がそっと手に取る。
「それに……ウルスラを救っていただいた方々の窮地――見過ごせませんから」
「……シルヴァーナ女王!」
朝日はシルヴァーナ女王に抱きついた。女王が驚いたような顔をしている。
「私、絶対――ウルスラの……女王の味方になる。絶対、この恩は返すからね!」
「……はい」
女王は少し頷いて、優しく朝日の身体を抱きしめた。
俺はトーマの方に振り返った。
『おい、トーマ! よく聞け!』
『――えっ……』
パラリュス語のやりとりがわからなかったらしく、少し茫然としていたトーマは――突然の日本語に驚いた顔で俺を見た。
『俺は――お前に話したいことが、たくさんあるんだ。だから待っててくれ!』
『……』
『ちょっと行ったらすぐ帰るから。絶対、ミュービュリに戻るなよ! いいな!』
『……わかった』
トーマは少し笑って小さく頷いた。
『待ってる。行ってらっしゃい……父さん』
『と……』
思わぬ台詞に、顔がカーッと熱くなる。――こういうとこ、水那に似ている気がする。
「急ぎましょう。奥の塔の一番上まで登って頂きます。――こちらです」
シルヴァーナ女王はドレスの裾を持ち上げると、軽やかに走りだした。
「はい!」
朝日が女王の後に着いて走り出した。暁もそれに続く。
俺も慌てて、三人の背中を追いかけた。
水那――今、確かに……何かが動き始めた、気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます