8.断つために(1)-ソータside-
――水那。トーマに……会ったよ。
――どうだったの?
――一瞬だったし……よく、わからない。
――そう……。
――ただ……もう、俺よりでかかった。
――ふふっ……。
――もう十九だもんな。俺もトシだよな。倒れてばっかりだし……。
――大丈夫。
――え?
――ほら……もうすぐ……目覚めるわ。
「……!」
水那に背中を押された気がして、俺はガバッと起き上がった。
「……あれ?」
ずぶずぶと手が沈んでいくような、随分と柔らかいベッドだ。
こんないいベッド、ジャスラにはなかったよなあ、と思いながら辺りを見回す。
窓はない……だが、部屋には明かりが灯され、暗くはない。
俺が今寝ているベッドの他には、木製の白いチェスト、本棚、鏡台……。すべて同じ模様のきれいな装飾が施されている。
何て言うかな、女が好きそうな家具だよな。
部屋もやけに広い……ん?
一瞬、視界に入ったモノがよくわからず、俺は何度も瞬きをした。
もう一度右側を見る。薄い水色の絨毯の上に置かれた、お揃いの白い綺麗な家具。
……ああ、お茶会でもするような、二人掛けの白いテーブルセットもあるな。
うんうん、いわゆる乙女チックな部屋ってやつだよな。
そして、左側……。
なぜか――黒い、頑丈そうな鉄格子。部屋の端から端、天井から床までズガーンと立ちはだかっている。
その向こうには、出入り口と思われる扉。
どういうことだ?
結局、ここは牢屋なのか? 俺は監禁されたのか?
「何だ、ここはー!」
思わず叫ぶと、廊下から激しい足音が聞こえた。
そしてバタンと扉が開いて、一人の若い女がずかずかと入って来た。格好からすると王族ではなく仕えている側の人間のようだ。
そしてその勢いのまま、ガシャンと鉄格子の扉を開ける。
……何だ、鍵はかかっていなかったのか。
「何て声を出すんですか! まわりに迷惑でしょう!」
「あ、悪い……」
左手を上げて謝ろうとして……ふと、気づいた。
俺の左手には神剣が握られていて……そして手首から先が紫色のオーラに包まれている。
柄を握ったまま、全く動かせない。
「……何だ?」
「あなたが言ったんじゃないですか? 剣を離す訳にはいかないって」
「確かに言ったけど……。でも、俺の身体ならどこでもよかったんだが」
「手に握ったままでしたから、念のためシルヴァーナ女王が結界を張ったんです。あなたの手首ごと」
「……ウルスラの女王か」
女は一つ溜息をつくと、俺の目の前を通り過ぎ、中央のテーブルの方に歩いて行った。
上に載っていた花柄のポッドを手にとり、同じく花柄のカップに液体を注ぐ。
ふんわりとした少し甘い香りが漂ってきた。
どうやら、この国の紅茶的なものみたいだ。これまた、ジャスラでは嗅いだことのないような上品な香りだな。
「もう、起きられます?」
「あ、うん」
左手がグーで固まっている上に剣が場所を取るから、何か動きにくいな。
もぞもぞとベッドから降りると、絨毯もふかふかだった。
これも上等なものなんだろうなあ、と思いながら中央のテーブルにつく。
はぁ、この椅子の座り心地も抜群だな。
「俺……どれぐらい眠ってた?」
「昨日倒れたあと、夜になって……ついさきほど昼に変わったばかりですから、半日ぐらいですね」
「……そっか」
前は三日ぐらい寝込んでいたのに……。
水那が言っていたように、神剣を手に入れたから少しは負担が軽減されたのかもしれない。
胸の中の勾玉は、相変わらず重苦しいけど……。
「ところで、何で俺は監禁されてるんだ?」
「監禁してはいません。ただ、秘密裏にお世話するにはこの場所しかなかったんですよ。私は、この地下の部屋全体を担当している女官のマリジェンカといいます。マリカとお呼び下さい」
「秘密裏……?」
「剣のことは、王宮の女王一族しか知らないことなんです」
「……」
つまり、この女――マリカは、その裏の事情を知っている数少ない人間ってことなんだな。
それって……ひょっとして、去年の夏にトーマが巻き込まれたらしい出来事を指してるんじゃないか?
「去年の夏――何が起こった? 剣について、どれぐらい知っている?」
「それは……私には、答えかねます」
マリカが申し訳なさそうにしながら頭を下げた。
「それについては、シルヴァーナ女王――いえ、剣についてならシャロット様に伺った方がよろしいかもしれません」
「シャロット……」
……そうか。あの、赤い髪の少女か。ウルスラの王女と名乗っていた……。
「森で会った。ウルスラの王女と言っていたが……」
「そうですよ?」
「ウルスラの女王の血筋なら、瞳が紫色のはずだろう。あの子は茶色だったぞ」
俺がそう言うと、マリカがものすごい形相で俺を睨みつけた。あっという間に俺の襟首を両手で掴む。
マリカの身体がテーブルにぶつかり、ガシャンと激しい音を立てた。
「そんなこと……シャロット様に面と向かって言ったら、承知しませんよ!」
「ぐえっ……何だ、俺、何か、マズい、こと……」
「とっても失礼なことです!」
「わ、わかった、から、手、手! 死ぬ!」
「……ふん」
マリアは鼻を鳴らすと、パッと手を離した。
おい、俺は一応、客なんだよな。それとも本当に囚人かなんかの扱いになってるのか?
「どこでそういう知識を仕入れたのかは知りませんが、間違っています。ウルスラの王家は紫色の瞳を持つ者と持たない者がいるのです」
「え……?」
マリカの言っている意味がわからず、ポカンと見上げてしまう。
マリカは
「本来、私から話すべきことではないと思いますが」
と言いながら、俺の向かいに座った。
そしてグッと俺の方に身を乗り出す。
「あなたがシャロット様の前で迂闊に口を滑らすことのないよう、しっかりと説明させていただきます」
どうやら、物凄く怒っているらしい。
俺は
「……お願いします」
とだけ言って頭を下げた。
マリカはお茶が零れてしまったテーブルを拭き、その上を綺麗に整えると、俺に新しいお茶を淹れてくれた。
「ウルスラの女王の一族は、生まれたときはみな茶色です」
「……へっ」
思わず声が漏れた。びっくりしたからだ。
だって、ヤハトラの巫女の直系であるセイラは、生まれたときから碧色だった。
それこそが女神の血筋の証だと、ネイアも言っていた気がする。
「八歳になる頃、紫色に変わる方が現れます。それは……時の欠片を継承する器があることの証です。それこそが女王になるための資格とも言えます」
「時の欠片……?」
「女王の証と共に継承される、女神ウルスラの力……と聞いています。昨年起こったのは、この時の欠片を廻る争いでした」
――それからマリカは、知っている範囲で昨年の出来事を説明してくれた。
時の欠片は、ヴィオラという太古の女王がミュービュリに持ち逃げしてしまい、長い間失われていたこと。
ユズルはその女王の息子であり、女王が死んだ際に時の欠片を継承したこと。
器を持たない……つまり紫の瞳ではないギャレットという女性と現女王のシルヴァーナの間で時の欠片の争奪戦が起こったこと。
その過程で、ユズルの友人であるトーマがシルヴァーナと出会ったこと。
それは、俺の知っている女神の血筋の常識とは相当かけ離れた内容で、正直言って、かなり驚いた。
まさか、女王の血族が自ら、ゲートを越えるなんて……。
――わらわは、ゲートを開くことはできるが渡ることはできん。ゲートを渡るためにはフェルティガエでかつミュービュリの血を引くことが最低限必要だ。でないと、渡った先で存在が維持できず、消滅してしまう。
――わらわやセイラと違い、ミュービュリの血が混じったレジェルの瞳は碧と茶色が混じったような色をしているだろう?
ネイアが俺に説明してくれた言葉を色々と思い返してみる。
何だか……矛盾していないか?
それに、時の欠片についてもそうだ。
セイラが生まれたとき、ネイアは言っていた。
巫女の娘は生まれながら過去を視、記憶を視、操り、勾玉を用いて闇を押さえる力を持っている。
逆に言えば、それ以外の力は持たない。
その純粋性を守るため、巫女の相手はジャスラのフェルティガエでなければならないのだ、と……。
なのに、ウルスラの女王の一族の力は多様だ。
ギャレットの幻惑、シャロットの遠視、コレットの瞬間移動、そしてシルヴァーナの結界……。
ん……ちょっと待てよ。国を創ったとき、三人の女神は同じように自分の分身を女王に立てたという話だったよな。
だとしたら……ネイアの言っている方が本来の女王の在り方だとしたら……ウルスラの女王一族は、すでにミュービュリの血が混じっている? 純粋性は失われているのか?
だから……強大な力を持つ分、正しく力の継承ができなくなっているのか?
「……そして最後はシャロット様が浄化を行い、ギャレット様の闇を……」
「えーっ! マジか!」
俺が大声を上げると、マリカが怪訝な顔をした。
「……何ですか」
「この国の浄化者は、シャロットなのか!?」
「そうですよ。シルヴァーナ様も闇は視えますが……浄化ができるのは、シャロット様だけです。……それが何か問題でも?」
「大アリだよ」
「は?」
間違いない。ウルスラの女王の一族は、どこかの段階でミュービュリの血が混じったんだ。
しかも、剣についても全く管理できていない。
一体、どこで道を誤ったんだ?
まぁ、結果として浄化者が現れたのはいいとして……。
浄化者……。
「それで、ですね。話を続けますけど」
マリカがこほんと咳払いをした。
「シャロット様がギャレット様から闇を追い出し、浄化しようとしたのですが……なかなかうまくいきませんでした。ですが……トーマさんの持っていた剣の中から不思議な声が聞こえ、光が放たれ……闇はすべて引きずり出され、剣に封印されたのです」
「……なるほど。あれは、そういうことだったのか」
「ご存じだったんですか?」
「まぁ、ちょっとね」
俺の唱えた剣の宣詞……それを繋げた水那。
そうか……ちゃんと、役に立てたんだな。
「しかし……トーマさんは、この事件のことを覚えてはいません」
「えっ?」
驚いてマリカを見ると、マリカの表情は暗く、沈んでいた。
「イファルナ様……先代女王に、一生ウルスラで軟禁されるか記憶を失くしてミュービュリに戻るかの二択を迫られ……トーマさんはウルスラに残ろうとしたそうです。けれど、ユズルさんから時の欠片を継承したシルヴァーナ様がトーマさんの記憶を消し、ミュービュリの……二人が出会った時間に帰しました。ユズルさんにトーマさんを守ってくれと頼んで……」
過去の……時間に帰す。
ネイアが、巫女は一生に一度しかできない大技だと言っていたが……それと同じじゃないか。
シルヴァーナ女王は、そんなこともできるのか。
かなり強い力の持ち主なんだな。争いの中心になる訳だ……。
確か、ネイアがしばらくトーマの姿を視れなかったと言ってたな。
そのあと、どうやら何もなかったことにされたらしい、とも……。
「私が知っている内容は以上です。お分かりいただけましたか?」
「ああ、うん……多分」
俺の曖昧な返事に「多分!?」とマリカが眉を吊り上げたが、こっちはそれどころではなかった。
待て……ちゃんと考えろ、俺。
記憶を失っているトーマ。神剣のこと。そして、朝日と暁の国、テスラのこと。
いったい、どこから手を付ければいいんだ?
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