6.補うために(1)-夜斗side-

 山を越え、崖を越え……小さな集落が見える。


「サン、降りるぞ」

「キュウ!」


 俺が声をかけると、サンは一声鳴いて下降し始めた。

 フィラの住民も、ここ一年でかなり増えた。エルトラで療養していた老人たちが、村に帰ってきたからだ。

 リオはそのうちの誰かに長老になってほしかったみたいだが、みんな戦争で疲れてしまってそれどころではないようだ。

 結局、リオが村長になってフィラの復興を指揮して行くことになった。


 村の外れに降り立つと、俺はサンから飛び下りた。

 予定の時間よりかなり早く来たから、リオはまだ家に居るに違いない。


「サン、しばらく遊んでていいぞ。口笛で呼ぶから」


 俺がそう言うと、サンは「キュウ!」と鳴いて再び飛び立っていった。

 それを見送ると、俺はリオの家に向かって歩き始めた。


「あ、ヤトゥーイ様!」


 声をかけられたので振り向くと、メシャンとハイトの姉妹だった。


「こんにちはー」

「ご無沙汰してます」


 二人がにこやかに笑って会釈をする。

 この二人にはかなりしつこくつきまとわれて迷惑していたのもあり、俺はちょっとムッとした顔をしてしまった。

 朝日と暁に意地悪したのも、こいつらだしな。


「……もう悪だくみ、してないよな?」

「してないです!」

「反省しましたし!」


 二人は手をぶんぶん振ると、慌てたように言った。


「それに私たち……」

「もうすぐ結婚するんですよ」

「……そうなんだ。それは、おめでとう」

「だから、もうきっぱり諦めたんで!」

「本当に、大丈夫です!」


 メシャンはビシッと俺に手の平を向け、ハイトは両手拳を握りしめ、姉妹は揃って「うんうん」と頷いた。


 フェルティガエはわりと物静かで穏やかな人間が多く、あまり激情家はいない。

 特にフィラではみんな幼馴染だから、大人になったらその中の誰かを選んで結婚するという……何と言うか、わりと淡々とした感じだ。

 だから朝日とユウみたいな大恋愛というのは、フェルティガエとしてはかなり珍しい。

 この姉妹はフィラの中で言えばかなり感情的というか……まぁ、元気な方だった。だから、嫉妬もしたんだろう。

 ……そう言えばミュービュリに潜り込んだとき、女子の異常なガッツにとても驚いた覚えがあるな。


「……あの穴、大丈夫なのか? お前たち、わかるんだろう?」


 ふと思い出して聞くと、二人は顔を見合わせた。


「そうですね……」

「うーん……」

「……何だ?」


 何だか渋い表情をしている。

 すると

「少し気が活発になっているので……半年以内に開くかもしれません」

とメシャンが答えた。

 そして

「でも、三日以内になれば必ず分かりますから……ちゃんと守ってみせます」

とハイトが力強く頷いた。


「そっか」


 フィラには珍しいエネルギッシュな姉妹だし、その力が正しい方向に向かえば、フィラもいい方向に向かうだろうな。

 俺は二人に「じゃあな」と言うと、再びリオの家に向かって歩き始めた。


 リオの娘、マオニューリが1歳になって、だいぶん経った。

 早くエルトラの女王の託宣を受けるべきだったが、老人たちの受け入れとかいろいろあって、時間が取れなかったのだ。


「あらっ、ヤト?」


 家に行くと、リオが驚いた様子で俺を出迎えた。


「ずいぶん早かったのね。さっき昼に変わったばっかりなのに……。昨日から朝日達が来てて忙しいだろうから、てっきりフィラに来るのはもっと後だと思ってた」

「いや、あいつらは来てない。……それより、メシを食わせてくれ」


 それだけ言うと、ドカッと椅子に座ると、ふーっと溜息をつく。

 そんな俺の様子に違和感を感じたのか、リオが眉を顰める。


「……何かあった?」

「いや……何も、ない、とは思うけど……」


 俺が言葉を濁らせると、リオはますます眉間の皺を深くした。



   ◆ ◆ ◆



“夜斗? ごめん、ちょっとそっちに行けなくなっちゃった”


 昨日の夜。さすがに遅すぎると思い、夢鏡ミラーの神官に準備をしてもらっている所へ、朝日から連絡が来た。


「どうした?」

“ちょっと用事ができて……”

「暁だけでも来るのか?」

“ううん。えっと……私の家の、事情なの”


 どうも歯切れが悪い。

 何だか気になったので、右手の人差し指を上げて神官に合図し、夢鏡ミラーを出してもらう。

 見ると、真っ暗だった。もう夜だからだろう。

 外に出ているらしく、街灯もないような山奥の田舎にいるらしい、ということはわかった。


「お前……どこにいるんだ? そこ、どこだ?」

“ん? 親戚の家。……って、何で覗いてるのよ!”

「何か、様子が変だから」

“……変じゃないわよ”

「……」

“……あ、そうだ! 聞いてみたかったんだけど”


 朝日が急に大きな声を出した。


「……何だ」

“この……通信って……今は、テスラとミュービュリを繋いでるでしょ?”

「そうだな」

“同じ世界にいても繋がるの?”

「まぁ、それは。ただ……次元の狭間を通してダイレクトに繋ぐ訳じゃないから、距離や環境に影響されるぞ」

“距離……環境……”

「例えば……ほら、ダイダル岬だと無理だな。あそこは不思議な力で封鎖されてるから」

“……なるほど……”


 しかし、何でこんなこと急に言い出したんだろうな。


“つまり、すごく遠いところだと繋がりにくいのか。でも、不可能じゃないんだね”

「まあな」


 朝日ほど潜在能力が高ければ、不可能ではないだろうが……。

 それにしても、やっぱりどうも様子がおかしいな。

 まさか、その『繋がりにくいどこか遠く』に行こうとしてるんじゃないだろうな。


「おい。お前、何か隠してないか?」

“隠してないって! じゃ、切るね!”

「あ、おい……」

“また連絡するからー!”


 そう言うと、朝日はブツンと切ってしまった。

 そして夢鏡ミラーも勝手に消滅してしまい、神官が慌ててもう一度出した。

 だけど……今度はすぐさま断ち切られてしまった。多分、朝日が拒絶して、こっちの力を跳ね返したんだろう。

 意図した訳じゃないだろうけど、パワーだけは半端ないからな。


 無限にフェルティガを蓄えることのできる朝日は、年々蓄えている量が莫大に増えている。

 休んでリセットするたびに、回復して増加するからだ。

 だから本気で拒絶されてしまうと……もう、手は出せない。


 ――絶対、おかしいな。多分、俺に怒られそうなことをやろうとしてるんだな。

 そういうところ、ガキっぽいというか……暁とあんまり変わらないからな。

 しかも、やれるだけの力と行動力がある分、タチが悪い。



   ◆ ◆ ◆



「――ふうん……」


 一連の話を聞いたリオが、ちょっと可笑しそうにしながらテーブルに料理を出してくれた。


「確かに……何かやらかしそうね」

「だろ?」

「でも……きっと大事なことなのよ、朝日にとって」

「……ん?」


 メシを食いながら見上げる。リオはちょっと笑うと、俺の向かいに座った。


「朝日が無茶するときって……自分のことじゃないのよね、大概の場合」

「……」

「ユウのためだったり、暁のためだったり……テスラのためだったりするのよね」

「……まぁ、そうかもな」


 結構、長い付き合いになる。そう言われればそうだな、と思った。


 ――ここで離れたら……ユウはいなくなってしまう。そう確信していたの。


 俺とユウが、朝日をミュービュリに置いてテスラに戻って来たとき……朝日は独りでゲートを越え、崖を越え、闘った。お腹に暁が居るのに。……そして、危篤状態になったけど。

 でも、結局それで正しかったんだよな。朝日がいたから……そして暁が生まれたから、戦争を終わらせることができた。


 ――キエラ要塞に行きたいの。カンゼルの研究を、テスラに役立てたいのよ。


 あれは……暁が1歳の時か。許可なく行ったから、あとでミリヤ女王やフレイヤ様には叱られたみたいだけどな。

 でも、そのおかげで闇の存在が分かって、キエラ要塞を早めに封鎖できた。被害を未然に防ぐことができたんだよな。


「まあ、どうせ止められないんだし……見てるしかないんじゃない?」


 リオがちょっと溜息をつきながら言った。


「その台詞、ユウもよく言ってた気がするな……」

「ヤトがフォローしてあげればいいわよ」

「俺、尻拭いばっかだよな……」

「好きでやってるくせに」


 リオはそう言うと、悪戯っぽく笑った。

 何も言えなくなって、俺は黙ってメシをかき込んだ。

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