4.繋ぐために(2)-ユズside-

 マリカに案内されて、トーマはソータさんをどこか奥の部屋に連れて行った。

 それを見送ったあと、僕は窓から外を眺めた。

 いつの間にか日は暮れ、夜になっていた。藍色の……星が全くない空が押し寄せる。

 そういえば、前は昼だったし、空を眺める余裕なんて全然なかった。

 でも……ウルスラって、奇麗な国だったんだな。


「ユズ兄ちゃん!」


 廊下を走って来たシャロットが、勢いよく僕に抱きついてきた。


「シャロット……よく頑張ったね」

「うん……でもオレのせいで、トーマ兄ちゃん……無茶して……また、こっちに呼んじゃって……」

「まあ、いいんじゃないかな? もういろいろ限界だったと思うし」


 フェルティガが発現したせいか、トーマの記憶の欠片はかなり散らばっていて、一体どういう精神状態なのかさっぱりわからなかった。

 だけど……最後、記憶を取り戻したんじゃないか……とは思う。

 どうするつもりなのかわからなかったから、とりあえずシィナと二人きりにしてあげたけど……。


「そうだ、ユズ兄ちゃん。コレットの心を視て欲しいんだ。あの、剣の人は大丈夫って言ってたけど、心配で……」

「いいよ。行こうか」


 僕とシャロットは連れだって歩き出した。


「剣の人……ソータさんだね。彼が大丈夫と言うなら、大丈夫じゃないかな」

「ソータさんっていうんだ。ユズ兄ちゃん、知り合いなの?」

「知り合いではないけど、話で聞いてたから。――トーマのお父さんだよ」

「えーっ!」

「僕も……知ったのは、わりと最近だけどね」

「それにしちゃ若くない? それにあの人、フェルティガエじゃないよ?」

「そうだね。だけど、とても特別な……ヒコヤの生まれ変わりっていう、三種の神器を扱える、唯一無二の存在なんだよ。トーマはね、お母さんがフェルティガエなんだ。だから、発現したんだろうね」

「うう……何か、情報が多すぎてゴチャゴチャする……」

「ははっ、そうだね。トーマ自身もまだ知らないことだから……後でゆっくり説明してあげるよ。トーマのおじいさんから聞いた話をね」

「……うん」


 喋っている間に、コレットの部屋の前に着いた。

 ここに来るまでの間、誰にも会わなかった。普通なら女官とか控えていそうなものなのに、誰もいない。

 僕たちを呼ぶために、人払いをしたのかも知れない。シャロットって、結構抜け目ないから……。


「入って」


 シャロットはノックもせずに中に入った。

 そこは、ピンクや花柄で溢れた可愛らしい部屋だった。

 その中央の天蓋つきのベッドで……コレットがこんこんと眠っていた。


 僕は枕元に近寄ると、コレットの心の中を見た。

 夢を見ているのか、花畑の中で楽しそうに笑っている。彼女の手を引いているのは……僕だった。


 ――えっ、僕の夢を見ているのか?


 ちょっとドキッとして、コレットの寝顔を見た。……幸せそうに微笑んでいる。

 そうか……さっき一瞬、コレットは意識を取り戻して僕を見た。それを思い出しているのかも知れない。


「ユズ兄ちゃん? どうだった?」


 シャロットの声で我に返る。僕は慌てて振り返った。


「えっと、普通に眠ってる。穏やかな夢を見ているし……多分、もう大丈夫だよ」

「よかった……」


 シャロットがホッと息をついたとき、コレットがパチッと目を開けた。


「む……」

『コレット? どう? どこも痛くない?』


 コレットは日本語がわからない。ウルスラ語――もとい、パラリュス語で話しかけると、コレットは何回か瞬きをしたあと

『ユズ!』

と叫んで僕の首に抱きついてきた。


『ユズ! ホントにホント? 本物のユズ?』

『……本物』

『わーい! お帰りなさい!』


 満面の笑みで僕に頬擦りをする。


『お帰りって……』


 コレットは僕からちょっと離れると、きょとんとした顔をした。


『だって、ユズはウルスラの人よ? 私達は、家族なの。だから、ウルスラに帰って来たら、お帰りなさい、なのよ?』


 そう言うと、コレットはニコッと笑った。

 僕は胸の奥がぐうっと熱くなるのを感じた。


『――そうだね』


 どうにかそう答えたものの、どういう顔をしたらいいかわからなくなり、俯く。


 母さんを失って、僕は独りだと思っていた。イファルナ女王にも、僕は独りで生きていくと言った。

 でも……そうか。此処には……僕の家族が、いるんだね。


『――ただいま、コレット』

『うん!』


 僕が微笑むと、コレットはもっと嬉しそうに笑って……もう一度ぎゅっと僕に抱きついてきた。

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