3.繋ぐために(1)-朝日side-

 ソータさんが闇を封じ込めたあと、ユズルくんがシャロットに何か連絡を取っていた。

 二人の会話はなぜか日本語で、結構親しいみたいだ。

 ソータさんの話を聞いたところで飛び出してきたからユズルくんの事情はわからないけど……多分、彼がする予定だった話はこのウルスラのことなんだろう。


 一方、トーマくんは事情も良く呑み込めないまま、ソータさんを抱きかかえていた。何だか、ボーっとしている。

 私なんて、去年一度会ったきりの完全な他人だし、あれこれ話しかけるのもおかしいかな……と思って、遠巻きに三人の様子を眺めていた。


 暁は、今日はたくさんフェルを使ってかなり疲れたらしく、私の膝枕でグースカ寝ていた。

 この草原はほんのり温かく、気持ちのいい風が吹いている。お昼寝には――もう時間的には夕方だけど――ちょうどいいのかも知れない。


 やがてウルスラ全土に張られていたバリアが消え……王宮が姿を現した。

 牧場の奥に林……その奥には、小高い山が。

 ウルスラ王宮は、その山の上に建てられている。

 ガッシリとしたシルエットで荘厳な雰囲気を漂わせているエルトラ王宮とは違い、ウルスラ王宮は童話に出てくるような、とても大きくて華やかなお城だ。

 周りは色とりどりの花が咲き乱れているのか、緑の中に赤、黄、白、紫など様々な色が見え隠れしている。

 その木々の奥にあるお城は、壁は一面真っ白で、尖がった屋根は美しい紅色。中央の宮殿の左右と奥に、円柱形の塔がある。

 特に奥の塔はとても高く……さきほど女王が祈りをささげていたのはこの塔の頂上だったのだろう、と思った。


 やがて……ポコポコという音がして、迎えの馬車が現れた。

 その気配を感じた暁が

「ん……?」

と言いながら体を起こした。


「あ、バリアがない。……すげー、お城がかっこいいー!」

「ふふ……そうね」

「シャロット様の命によりお迎えに上がりました。どうぞ、こちらへ」


 従者らしき人が丁寧にお辞儀をする。

 暁は「よろしくお願いしまーす」と言いながら意気揚々と乗り込んだ。 

 続けて、私も「ありがとうございます」と会釈をして、馬車に乗り込む。


 馬車の中は広くて、大人が六人は座れそうな長いソファが向かい合わせに付けられていた。

 大欠伸をしている暁の隣に、私も座る。

 しばらくして、ユズルくんと気絶したソータさんを抱えたトーマくんも乗り込んできた。

 二人は私たち親子の向かい側に座った。

 トーマくんは自分の横のスペースにソータさんを寝かせた。大きいソファだから、十分ベッドの代わりになるようだ。


 やがて……馬車はゆっくりと、動き始めた。


「暁、もう身体は大丈夫?」

「んー、まだ少し、だるい」

「寝てていいよ」

「うん」


 普段フェルは使わないようにしてるんだもの、実はヘトヘトに違いない。

 暁はソファにごろんと横になった。ユズルくん達の前だと恥ずかしいのか、私の膝を枕にはせず、そのままソファの空いた部分に寝っ転がった。

 

 ……ふと視線を感じて顔を上げると、ユズルくんと目が合う。

 とても驚いたような顔で私達を見ていた。


「……何か?」

「あの……パラリュス語が上手ですね、二人とも。ミュービュリで暮らしてるんじゃないんですか?」

「そうだけど……私はかなりテスラと行き来してるから……」


 そう答えると、暁がうっすら目を開けて「朝日、怒られるよ」とぼやいた。


「あっ、そうだね。――ごめんなさい、ユズルくん。私達の話は……また今度ね」


 申し訳ないと思いながらそう言うと、ユズルくんは黙って頷いた。

 トーマくんは私達が何を喋っているのか分からず、ボーッとしていた。


 やがて、牧場と草原ばかりだった風景が、ガラリと変わる。どうやらウルスラ王宮の敷地内に入ったみたいだった。

 美しい花が咲き乱れている。とてもいい香りがする。

 どこかで見たような……と思った次の瞬間、ドキリとした。


 ――朝日……待たせた……?


 ぼやけている、ユウの姿……。

 そうだ……これは、今朝見た夢の風景だ。

 どれだけ待っても、ユウは帰ってこないって……泣いてしまった、あの夢。


「……朝日さん?」


 ユズルくんが心配そうに私を見ていた。


「あ、ごめんなさい……何でもないの。――ちょっと感傷に浸ってただけだから」


 一滴だけ流れてしまった涙を、私はそっと右手の小指で拭った。

 ユズルくんはそれ以上、何も言わなかった。


   * * *


 王宮に着くと、最初は玉座のある大広間みたいなところに通された。

 ここもまた、厳格な雰囲気のエルトラ王宮の大広間とは違い、まるで晩餐会でもするような……装飾の美しい、煌びやかな広間だった。

 誰もいないな、と思っていると、すぐに奥からきれいな黒髪の女の子が現れた。


『マリカといいます。王宮つきの女官です。よろしくお願いいたします。それではみなさん、なるべく静かにこちらの方にお願いします』


 その子はきれいな日本語で私たちにそう言うと、奥の扉に消えた。

 なんで日本語が喋れるんだろう、と思ったけど、黙って後についていった。


 そして王宮の奥の一室に、私達は通された。

 外国の映画で見るような、優雅なお食事会でもするかのような、広く美しい部屋。

 天井に付けられたシャンデリアのようなガラス細工には灯りが灯されていて、煌々と部屋の中央のテーブルを照らしている。

 テーブルは十五、六人は座れそうな四角い長い形で、真っ白なテーブルクロスがかけられていた。

 その上には、綺麗に生けられた花と、たくさんのお菓子、そしてティーポッドが置かれている。

 床には赤色の絨毯が敷き詰められ、とてもふかふかしている。周囲には金糸で美しい刺繍が施されていて、白いテーブルクロスがより映えて美しく見える。


 私は別世界に迷い込んだような、そんな気分になった。

 ……異世界の異国ウルスラなので、間違いではないんだろうけれど。


 私たちを案内すると、マリカさんは再びお辞儀をした。


『しばらくここでお待ちを。テーブルの上のお茶とお菓子はどうぞご自由にお召し上がり下さい』

『えっ! 食べていいの!?』

『ええ、勿論』


 暁のやや礼儀知らずな言葉にも、マリカさんはにっこりと微笑んで答えた。

 そして、ソータさんを抱えたままのトーマくんの方に向き直る。


『それで……トーマ……さん』

『はい?』

『その剣の方を別の部屋にご案内したいので、ついてきて頂けますか?』

『あ、はい』


 マリカさんの後について、トーマくんが部屋を出て行った。私たちに会釈をすると、ユズルくんも後についていった。

 三人はしばらく廊下で話していたけど、やがてユズルくんだけがその場に残り、二人が遠ざかっていく足音が聞こえた。

 どうしようかな、ユズルくんに声をかけようかな……と思っていると、今度はシャロットが来たようだ。

 結局ユズルくんをどこかに連れて行ったようで、この場には私と暁の二人きりになった。


「……ユズルくん、この国とどういう関係なのかな……」


 思わず呟くと、テーブルの上のお菓子をひょいとつまんだ暁が

「トーマさんもじゃないかな? みんな、トーマさんに気を使ってる感じだよね」

と言った。


「……そうなの?」

「トーマさん、記憶喪失なんだってさ。このウルスラについて」

「……何で暁がそんなこと知ってるのよ」

「さっき馬車の中で……ユズルさんがオレの心を読もうとしてさ。ほら、朝日は読めないから」

「そうなの? ……っていうか、ユズルくんは人の心が読めるの?」

「そうみたい。で、オレが真似して返したらすごくびっくりしてた」

「何で真似するのよ! フェル使っちゃ駄目って……」

「今日は仕方ないよ。だってオレ、凄く感覚が鋭くなってるもん」


 勝手にお茶を入れて飲み、お菓子をもぐもぐ食べながら悪びれもなく言う。


「だから、ちょっとそっとしておいてくれってさ」

「ふうん……」


 結構入り組んだ事情なのかな。じゃあ二人が戻ってくるまでに、かなりの時間がかかるのかも……。

 そんなことを考えながら何気なく鞄を開けて――私は「あっ!」と大声を上げた。暁がむせて吹き出す。


「……何だよ」

「これ、ソータさんに渡すの忘れてた!」


 鞄から小さい箱を取り出して見せる。暁が

「それどころじゃなかったじゃん」

と呆れた顔をした。


「どうしよう……。そうだ、それに中平さんにも報告しないと。多分、すごく心配してらっしゃるよね」


 私は手を翳してゲートを開いた。


「えっ、今行くの?」


 暁が驚いて立ち上がった。


「うん。とにかく中平さんに知らせて……多分、しばらく帰れないってことも伝えとく。それと暁、リュックを中平さん家に忘れてきたでしょ? それも取ってくるから」

「わかった……行ってらっしゃい」

「じゃあね」


 そうだ……。本当は今日、テスラに行くはずだったのに。

 夜斗にも連絡しておかなくちゃ。


 私は暁に手を振ると、急いでゲートに飛び込んだ。

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