13.祓うために -ソータside-
トーマに会ったら、聞きたいことや話したいことはたくさんあった。
淋しくなかったか、とか、親父は元気か、とか。
やっぱり親父に厳しくしごかれたのか、とか。
何をしているときが楽しいか、とか、将来どうしたいのか、とか。
好きな女の子はいるのか、とか。
ユズルとはどうなって、ウルスラで何があって、お前は何を感じたのか、とか。
俺のことを知って……今、どう思ってるか――とか。
あとは……俺がジャスラに飛ばされた時のこと、とか。俺の使命、とか。
ネイアやセッカ、ホムラ、レッカ、エンカ、レジェル――とにかく、たくさんの人に出会って、いろんな人に助けてもらいながら、ずっと旅してたんだぞ、とか。
お前の母親は、ちゃんと生きてるぞ、とか。
――結果的に、お前を捨てたみたいになって、ごめん……とか。
でも、まさか――こんないきなり会うことになるとは思わなかった。
しかも、こんなヨレヨレの状態で。
どうせなら……もっとカッコよく登場したかったのに。
* * *
身体が宙に浮いて――北のベレッドの神殿からヤハトラに戻るときのことを思い出したが、それは一瞬のことだった。
気がつくと、目の前には洞窟と山積みになっている岩みたいなもの……そして、驚愕の表情を浮かべる幼い少女がいた。
「――朝日、頼む!」
思わず叫ぶと、俺の言わんとすることがわかったらしい朝日が、少女――コレットの元に突進した。
コレットは
「ヒコ、ヤ……!」
と恨めしそうに叫び、どこかに逃げようとする。
また瞬間移動か――とギョッとしたが、朝日がコレットを捕まえる方が先だった。コレットが苦しそうに暴れる。
朝日はフェルティガを吸収すると言っていた。これで逃げられることはないだろう。
俺はコレットをじっと見つめた。コレットは歯を剥き出しにして、俺をぎょろりと睨む。
よし、精神までは浸食していないな。闇を抜きさえすれば、大丈夫だ。
「朝日はそのまま、しばらく頼む。暁、ジャスラの涙も掲げてくれ」
「うん」
暁が右手に持っていたジャスラの涙を両手に持って真上に伸ばした。
瞬間移動でここまで運んできてくれた暁は、少し疲れているようだった。
二人の協力で、ここまで来れた。
絶対に――失敗する訳にはいかない。
呼吸を整える。徐々に……俺の意識が大きなものに包みこまれた。
胸に、勾玉の力を感じる。
『――ヒコヤイノミコトの名において命じる。……汝の聖なる珠を我に。我の此処なる覚悟を汝に。闇を討つ
珠の宣詞を唱えると、右手に浄維矢が現れた。コレットの左胸で蠢く闇に、狙いを定める。
コレットがひどく暴れている気配がしたが……俺の意識は乱れなかった。
「……はぁ!」
焦点がピタリと合った瞬間、俺は浄維矢を放った。
矢がコレットの左胸に命中する。コレットが一瞬、悲鳴を上げたが……闇が抜き取られると、ガクリと意識を失った。
光が……コレットの闇と暁が掲げるジャスラの涙の闇をすべて絡め取る。
闇を包んだ光の珠が、俺の胸の中に入って……。
「ぐわっ……!」
急に、光の珠が跳ね返って俺の身体から飛び出した。凄い勢いで遠くへ飛んで行く。
「ぐ……何だ?」
胸を押さえて、思わず膝をついた。
いったい何が起きたのか、全然分からなかった。
宣詞で力を使ったから、かなりフラフラする。ただ、胸の中には収めなかったから……まだ、かろうじて動けるが……。
――違う。収めなかったんじゃない。収められなかったんだ。
俺の中の勾玉の欠片が――光の珠を拒絶した。
「何? どうなってるの?」
朝日が気絶したコレット抱えながら叫ぶ。
「闇……回収できなかった。ウルスラの闇は、勾玉じゃ駄目なのか……?」
呻きながら、天を仰いだ。光の珠が……白い空の向こうに、逃げて行く。
いや、でも……ジャスラの涙に勾玉の力を込めたときは、ちゃんと……。
――待て。今はとにかく、悩んでいる場合じゃない。
理由は分からないが、ウルスラの闇は
だから、あの光の珠は、恐らく……。
ふと一つの考えに行きあたり、俺はバッと顔を上げた。
「暁! トーマの元に俺を連れて行ってくれ!」
「えっ!」
俺が怒鳴ると、茫然と光の珠の行方を目で追っていた暁がびっくりした顔で俺を見た。
「悪いが、早く……!」
「でもソータさん、顔色悪いよ! 瞬間移動って、跳ぶ人全員に負担が……!」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇんだ!
「えっ! あなた達、どうやってここへ!?」
少女の素っ頓狂な声が聞こえる。
見ると……さっき会ったシャロットが、驚いて俺達を見回していた。後ろにはさっきとは別の大人三人を従えている。
そして朝日が抱えている女の子を見つけると
「――コレット!」
と叫んで駆け寄った。
「シャロット、私達は剣の確保に行くから。あなたはコレットを、安全な場所に」
朝日がシャロットにコレットを渡す。
事情がわからないシャロットは、コレットと朝日を交互に見て
「え、あ、でも……」
とオロオロしていた。
朝日は「任せて」とだけシャロットに言って力強く頷くと、こちらも困惑してオロオロしている暁の腕を掴んで俺のところに連れてきた。
「朝日、だからさっきも言ったけど……」
「ソータさんにしかできない以上、やるしかないわ。私達は全力でフォローするしかないのよ」
きっぱり言うと、朝日が地面に膝をついたままの俺の腕を取った。そして抱き起こして俺に肩を貸すと、じっと俺の顔を見つめた。
「あの光の珠は、トーマくんの持つ剣に向かって飛んで行った。そういうことよね?」
「そうだ。だから、俺が……鎮めないと……」
「わかった。着いたら私が運ぶから、任せて。それまで気絶しないでね」
「……当たり前だ」
俺の強がりに、朝日はニッと笑った。
不思議な女だ。無茶苦茶な女だ。
だけど――この女は、いざという時を知っている。
無茶をしなければいけない時を、わかってるんだ。
「あの……コレットは……」
コレットを抱えたシャロットが慌てた様子で俺達三人を見ていた。
「ソータさんが闇を抜いたから、もう大丈夫。……なのよね?」
朝日が俺の方を見る。言葉を発するのも大変になってきていたから……俺は、黙って頷いた。
「あと、心配ならシャロットはさっきのアレで、私達の様子を見てて」
「は……はい!」
シャロットが大きく頷いた。そして傍にいた三人の大人に何かを指示をする。三人は、すぐさまどこかに姿を消した。
「――暁!」
まだ困っている様子の暁の肩を、朝日がガッと掴む。暁がビクッとして顔を上げた。
「私が力を貸す。自分一人の力で跳ぼうとしないで。いいわね!」
「……うん!」
暁の表情が変わった。腹を決めたんだろう。
「暁……任せた」
俺が言うと、暁は黙って頷いた。そして……目を閉じる。
少し視界が霞んで……俺は慌てて首を横に振った。
その瞬間――俺の足元から、地面が消えた。
* * *
足が再び地面を捉えたのが分かったが、もう立てない。
朝日が何かを叫びながら俺を担いだのがわかった。
かろうじて、目を開ける。
驚いたような表情のトーマと、目が合う。
ごめんな、トーマ。俺が不甲斐ないせいで、お前にも迷惑かけたよな。
でも、お前が神剣を抑えて時間を稼いでくれたおかげで――どうにかなった。
ありがとう、トーマ。
――後は、俺の仕事だ。
朝日がトーマの前で俺を下ろしてくれた。
俺は目の前の――トーマがしっかり握っている神剣に手を伸ばした。
「
俺が呻くと、トーマの隣にいたユズルが
「トーマ、それをソータさんに渡すんだ!」
と叫んだ。その瞬間、トーマの両腕と神剣を縛っていたロープがパッと消える。
「うわっ……」
急に自由になった両手に驚いたトーマが、思わず神剣を離す。俺はすかさず剣の柄を右手で握った。
その瞬間――空がきらりと光った気がした。
見上げると……さっき飛ばしてしまった光の珠が、ものすごい勢いでこっちに向かってくる。
「俺から……離れろ!」
どうにか叫ぶと、俺は両手で剣を握って構えた。まわりにいた人間がザッと離れるのが分かる。
空から飛んできた光の珠を、剣の刃で受け止めた。
「ぐっ……」
その重圧に……朦朧としていた視界が、さらに狭くなった。
しかし……光の珠は、剣に入ってくれない。刃先で蠢いたままだ。――かなり重い。
「くそ……」
俺はその重圧に耐えながら、歯を食いしばった。
「水那……」
目をつむる。トーマがピンチだったとき、水那が神剣と俺を繋いでトーマを助けてくれた。
俺の声……届かないか?
――水那……頼む。少し、力を貸してくれないか。
もう少しなんだ。どうしても、剣の宣詞を唱える力が必要なんだ。
そう祈ると……懐かしい風が俺を取り巻いた。
――ええ……勿論。
涼やかな水那の声が、胸の中の勾玉から聞こえる。
その瞬間、何だか身体が温かくなった。体力が少しだけ、戻った気がする。
「……く……」
剣を両腕でぐっと支えたまま、どうにか立ち上がる。
フラッと後ろに倒れそうになったが……誰かが俺の背中を受け止めてくれた。
朝日だろうか。……いや、違うな。俺よりかなり……背が高い。
――トーマか……?
しかし残念なことに、振り返る余裕はなかった。少し体重を背中に預けて――俺は自分の顔の前に神剣を構えた。祈りを捧げる。
『――ヒコヤイノミコトの名において命じる。汝の聖なる剣を……我に。我の此処なる覚悟を……汝に』
神剣が俺の宣詞に応えて咆えたような気がした。
『――闇を断つ
言い終わると、神剣から光の刃が現れ……刃先で留まっていた光の珠を粉々に打ち砕いた。一瞬散らばりかけた闇が――すべて光に
「ぐっ……」
その衝撃に思わずよろめくが、歯を食いしばって踏ん張り続ける。
――背中を、その誰かに預けて。
やがて光が消えて……神剣を見ると、闇は完全に収まっていた。
刃が恐ろしく研ぎ澄まされ、光っている。
ほっとして……足から力が抜けた。ゆっくりと崩れ落ちていくのが分かる。
この神剣はかなりの力があるが……ひどく不安定だ。
なぜだろう? 決定的に、何かが足りない。
今の状態では、俺とトーマ以外は誰も触れず――そして、俺にしか扱えない代物になってしまっている。
俺から離れた瞬間、暴れ出すかも知れない……。俺がずっと肌身離さず持っているしかなさそうだ……。
朦朧とした意識の中でそんなことを考えていると、誰かの腕が俺の背中をぐっと支えた。ゆっくりと抱きかかえられたのがわかる。
かなり大きい、力強い腕だ。
どうなってるのか確認したかったが……俺はもう、目を開けられなかった。
「――トーマ……?」
呟くと、俺を抱えた人物が頷いた気配がした。
――いつの間にそんなに大きくなったんだよ。……もう、俺よりかなりデカいじゃないか。
畜生、やっぱり……成長する途中を、見たかったな……。
時々は見てたけどさ。ただ、眺めるんじゃなくて……一緒にいたかったな。
今の俺、相当カッコわる……。
「俺の声、聞こえるか?」
トーマが俺の耳元で囁いた。何だろう……親父の声に似ている気がする。
きっとこいつは……俺が父親だなんて、まだ知らないに違いない。
そう思うと、何だか可笑しかった。
少し微笑んだ俺を見て何か勘違いしたのか、トーマが
「大丈夫か? まさか、死なねぇよな?」
とかなり焦った声を出した。
「寝れば……大丈夫。それ、より……剣……絶対、俺から……」
離さないでくれ、と言おうとしたが……もう、限界だった。
俺は底なし沼に引き摺り込まれるように――意識を失った。
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