11.追うために(1)-暁side-

「はぁーっ!」


 朝日が、暴れる獣に跳び蹴りを食らわす。青と黒が混じった毛色の四つ足の生き物。鹿のような角をぶんと振り回して雄叫びを上げている。


「朝日、8時の方向!」

「オッケー!」


 朝日に忍び寄る闇が、力強いフェルの波動に阻まれて弾かれる。

 オレはソータさんに渡されたジャスラの涙を掲げて、朝日に声をかけていた。

 朝日は闇が見えないから、闇が忍び寄る気配もちゃんとは分からない。

 だからオレが指示を出して、注意を促すようにしている。


   * * *


 オレ達がこの場所に辿り着いたとき、森の中は闇が蠢いていて野生の獣たちが大暴れしていた。

 ソータさんは

「これは急がないと……!」

と言って懐から透明な丸い珠を取り出した。目を閉じて、祈りを捧げる。

 すると、珠がぱあーっと光り出した。


「これが、ジャスラの涙なの?」

「そうだ」


 オレの質問に頷くと、ソータさんはすっと珠を掲げた。辺りの闇がうねり、凄い勢いで珠に吸い込まれ始める。

 闇を纏わりつかせていた獣たちが、ハッと我に返って森林の奥に消えて行った。


 しかし、その中の一匹がすごい勢いでこっちに突進してきた。

 オオカミに似ているけど、耳がウサギみたいに長くてピンと立っている。

 見ると、闇が完全に獣を捕らえていて珠でも吸い込めない。


「ちっ……。暁、これ持ってろ」

「わ、わかった」


 ソータさんはオレに珠を渡すと、背中から弓矢を素早く取り出して放った。唸りを上げて飛んだ矢が獣の右目に命中する。


「ギャアーッ!」

「後は私に任せて!」


 朝日は肩にかけていた鞄をその辺に放り投げると、苦しんでいる獣に向かってダッシュした。

 ……大事な指輪が入ってるんじゃなかったっけな、と思いながらとりあえず朝日の鞄を拾う。

 顔を上げると、驚いた様子のソータさんと目が合った。


「おい、あれ……」

「朝日なら大丈夫。空手の有段者だから」

「え……」

「せやーっ!」


 朝日が矢が刺さって苦しんでいる獣の喉元に強烈な蹴りを食らわした。獣が十メートルほど吹き飛ばされる。


「……一撃、かな?」

「朝日、後ろ! 闇が……!」


 ソータさんが慌てて叫ぶと、朝日が振り返って手を翳した。フェルを放って力技で跳ね除ける。


「何じゃ、ありゃあ!」


 ソータさんが口をあんぐりと開けた。朝日を指差しながら、驚いた様子で俺の方に振り返る。


「あんな無茶苦茶なやり方あるか!?」

「朝日は無茶苦茶なの、もともと。不器用だから」

「……」


 朝日に弾かれた闇と倒れた獣から出てきた闇が、オレが持っている珠に吸い込まれていった。

 朝日は続けて現れたもう一匹の獣と格闘している。


「――任せて大丈夫かな」


 不意に、ソータさんが真剣な顔をした。


神剣みつるぎの気配がする。ちょっと探してこないと……二人で闘えるか?」


 確か、おじいさんの話では……三種の神器を扱えるのは、ヒコヤの生まれ変わりであるソータさんしかいないって言ってた。

 だから、ソータさんにしかできないことが多くて、ジャスラに残って旅をしてたんだって。


 その神器の話だろうなと思ったから、オレは力強く頷いた。


「多分、この闇は神剣から漏れ出たものだ。そして神剣を追えるのは俺だけ。神剣を探せば闇の原因に辿り着くから、それまで任せたぞ!」


 早口でそうまくし立てると、ソータさんは猛ダッシュで森の奥に消えて行った。


   * * *


 ソータさんって確か40近いって聞いてたけど……どう見ても朝日と同じぐらいか、ちょっと上にしか見えなかった。

 でも、ユウも18歳のまま眠ってるし、何か不思議な力に守られて年を取らないのかもしれないな。


 ちなみに、朝日は小柄で童顔だから、未だにハタチぐらいにしか見えない。

 そんな訳で、オレの中では実年齢と見た目のギャップとかは、かなりどうでもよくなっていた。

 だからソータさんを見ても、あまり驚かなかった。

 実際、オレはまだ小5だけど、中学生に間違われることが多い。もう、朝日とそんなに身長も変わらないしね。


 それにしても……いったいこの国、どうなってるんだろう?


 オレは背後の、国の中心の方を見た。

 何か紫色のバリアが張られている。障壁シールドの一種だと思うけど、とてつもなく大きい。ウルスラの殆どを覆っている。


 そのとき、暴れていた獣がバリアに突撃して、弾かれた。かなり遠くまで吹き飛ぶ。

 漂っている闇も、全く入り込めないみたいだ。


「……くっ……!」


 飛んできた鹿モドキの強烈な角攻撃を避けた朝日が、横にひらりと跳んで受け身を取った。


「朝日、もう少し!」

「りょ……了解ー!」


 すぐさま起き上がると、朝日の得意技、回し蹴りが炸裂――背後の鹿モドキがぐらりと崩れ落ちた。

 そして、倒れた獣からゆっくりと、オレが掲げているジャスラの涙に闇が吸収される。

 闇が徐々に回収されているせいか、暴れていた獣は殆どいなくなった。

 この辺りに、ちょっとした静寂が訪れる。


「……どうなった?」


 倒した鹿モドキが起き上がらないか注意しながら、朝日がオレに聞いた。額から流れる汗を拭っている。

 フェルの鎧でとにかく弾く、と言った朝日の作戦は、どうにか成功している。

 障壁シールドも張らずにこんな無茶苦茶な闘い方するの、朝日ぐらいだろうな……。


 ソータさんにはああ言ったけど、朝日がフェルを使って闘う姿を見たのはオレも初めてだった。ただ、一対一なら負けないって豪語してたから、信用してただけ。

 正直……想像以上に強い。攻撃にフェルを乗せると言ってたけど、こんなに凄まじいものかとびっくりする。

 オレが朝日に勝つ日なんて、永久に来ないかもしれない……。


「この辺の闇はもう回収できた。ただ、あっちの方にまだあるかな。それと、その周辺にまだ二か所ぐらい闇の塊が見える。ここからは離れてるけど」

「つまり、獣があと二匹ってことね」

「うん。……ところでさ」


 オレはさっきから気になっていた紫色のバリアを指差した。


「あれ、何? 闇も獣も全部弾かれてるけど」

「……多分、女王の完全防御クイヴェリュンじゃないかな?」

完全防御クイヴェリュン?」


 聞きなれない言葉に驚くと、朝日がゆっくりと頷いて説明してくれた。

 昔、キエラとの戦争のときにエルトラの女王さまが使った、究極のバリアなんだって。

 あらゆる攻撃を防ぎ、エルトラの民以外を全く受けつけないものだったんだってさ。


「ただ、エルトラのより数倍規模が大きいわね。島の大半を覆ってるんだもん」


 朝日が真ん中の王宮らしきものを見上げて言った。


「かなり力の強い女王なんだと思う。……あれかな?」


 朝日が指差した方角を見ると、バリアの向こう……遠くの王宮の一番高い塔の上に、誰かの姿が見えた。

 バリア越しだし、豆粒ぐらいだから全然わからないけど。

 ……でも、その塔を中心にドーム型に広がっている。


 オレは再び、辺りを見回した。

 バリアの外には、オレ達しかいない。いるのは……朝日が倒した獣だけ。闇から解放された獣は、すぐに森の奥に逃げて、いなくなってしまった。

 それに、ウルスラの人達も全く見かけない。みんな、バリアの中に避難したんだろうか。

 でも……ウルスラ王宮の人は、この闇の始末をどうするつもりだったのかな?


「さてと……じゃあ、残りを片付けようか」

「――朝日、あっちから来る!」


 さっきまで遠くにあったはずの闇の塊の一つが、こっちに向かってくる気配がする。

 オレは朝日の腕を引っ張ってその方向を指差した。


「わかった。暁は、少し離れてなさいね」


 朝日はオレの指差した方向に突進していった。樹の陰から、朝日の二倍ぐらいの大きさの、白い馬みたいな獣が現れる。


「……てやーっ!」


 朝日がすかさずしゃがみこみ、獣の足に強烈な蹴りを繰り出した。身体の割に細い足をやられ、獣が悲鳴を上げて倒れ込む。


「朝日、闇はもう周りにはない! そいつにだけ注意して!」

「わかった! じゃあ、思い切りいくよー!」


 朝日は獣に馬乗りになると、思い切り正拳突きを食らわした。


「グボォッ……」


 獣が何か灰色の液体を吐き出しながら震える。朝日はすかさず避けてパッと獣から離れた。

 朝日の強烈な一撃を受けたにもかかわらず、獣がゆらりと起き上がる。……まだ闘えるみたいだ。


「しつこいなっ……と!」


 朝日が獣に向かっていくと、獣は再び口から何かを吐き出した。今度は緑色の液体だ。

 朝日はジャンプしてそれを避けると、空中でくるっと回って獣の背後にまわり、後頭部に思い切り踵落としを入れた。


「グブッ……」


 獣の前足がガクリと二つに折れ、前にぶっ倒れる。自分が吐き出した緑色の液体にまみれ、そのままピクリとも動かなくなった。

 獣の身体から抜け出た闇が、オレの持っている珠に吸い込まれる。


「……これで、あと一匹だね」


 ここからはちょっと離れてる。こっちから向かった方がいいかもしれない。


 そんなことを考えていると――後ろの背の高い草木がいっぱい生えている所が、ガサッと音を立てた。


「……!」


 朝日が戦闘態勢を取って振り返った。ガッと左足で地面を蹴る。

 あれ、でも、闇じゃないはずなんだけど。


「朝日、ちょっと待っ……」

「駄目だ、逃げられた!」


 草木の奥から――ソータさんが現れた。


「そこかーっ!」

「どわーっ!」


 朝日が獣と間違えて飛び蹴りを放つ。ソータさんは反射的にしゃがんで回避した。

 どうやら朝日も咄嗟に足を引っ込めたようで、体勢を崩して地面にすっ転んだ。


「あたた……」

「馬鹿、俺だー!」

「紛らわしいのよ!」

「こ、こわ……あ、あぶな……」


 ソータさん、避けなきゃ確実に死んでたよ。


「で……何? 逃げられた?」


 さっきまで闘っていて気が立っている朝日が、腕組みして仁王立ちになる。


「紫色の瞳の小さい女の子だった。想定外で驚いたけど、とにかく追いかけて。だけどちょこちょこ逃げ回った挙句、消えた」

「消えたあ?」

「瞬間移動じゃない? 夜斗兄ちゃんみたいな」


 オレが言うと朝日が「ああ」と納得してソータさんを見た。


「その子が、闇をばらまいた犯人ってこと?」

「正確には、その子を乗っ取った闇自身、ってとこだな」

「乗っ取った……」


 ジャスラの涙を返そうとすると、ソータさんは「暁が持ってろ」と言って背中から弓矢を取り出した。


「あっちにまだ闇と……恐らく獣が残ってるな。行くぞ」


 最後の獣は、多分かなり大きい。こんなに離れてるのに闇の気配が漂ってくるなんて。

 朝日とソータさん、二人がかりで立ち向かうってことだろう。ジャスラの涙をしっかり掲げるのが、オレの役割なんだ。


「了解。気を引き締めましょ」

「うん、わかった」


 朝日とオレが力強く言うと、ソータさんは満足そうに頷いた。

 そしてオレ達三人は、連れだって歩き始めた。

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