第24話
「……わかってはいるつもりです。私が逃げていては、妻はいつまでも救われないということは」
「ヨアカシさん、先ほども申しましたが、ご自身を責められる必要はないのです。それに、ご家族、それも小さなお子さんを亡くしたのですから、奥さんの快復に時間がかかるのも、当然のことなんです。私が担当した中には、快復に十年以上を要したという方もいらっしゃいますし、焦る必要はありません。ただ、夫婦間で〈REM〉に対する考え方に相違があるとはいえ、お互いが納得できる点は必ずあるはずです。『0か100か』と考えるのではなく、その間を探ってみるのも良いのではないかと、私は思います」
そして、これだけは覚えておいてください。カウンセラーはそう前置きをして、言った。
「奥さんの心の底にある傷を癒すことができるのは、ヨアカシさん、あなただけなのです」
それからカウンセラーは、私たちと似た問題を抱えていた、あるいは今現在も抱えている家族の事例と、彼らがとっている解決策をいくつか、データベースから取り出して並べた。〈REM〉に関するものに限らず、何かしら譲歩できないものを抱えあった人々が、それでも妥協点を見つけようと奮闘する姿は、しかし、私にとって他人事以外の何物でもなく、僅かな興味も惹かれなかった。きっと「彼らはまともで、私はどこかおかしいのだ」という思いが、どこかにあったのだろう。
取るべき一手は既に明らかであり、私はそれを選べずにいる愚か者なのだ。そんな人間が救われる術が、まともな事例ばかり綴じられている資料の中から、今更見つかるはずもない。前回受診した時は、そんな風に感じなかったはずだが、この四年で私もずいぶん弱ってしまったらしい。いや、むしろ、あの時の私がどうかしていたのだろう。
「――このぐらいにしておきましょうか」
上の空な私の様子に気づいたのだろう、カウンセラーは三つ目の事例を解説しきる前に資料を閉じ、労し気な目を私に向ける。
「すみません、少し、疲れてしまって」
「こんなことがあったんですから、当然ですよ。今日はこのぐらいにして、ご自宅で休まれるのがいいでしょう。また閲覧したくなった際は、いつでもお越しください。奥さんの〈REM〉の調整が済み次第、通知が行くはずなので、それまでもう少々お待ちください」
「わかりました。どうも、ありがとうございました」
頭を下げて立ち上がろうとしたとき、カウンセラーが思い出したように口を開く。
「あの、ヨアカシさん。あれは、実践されていますか?」
「あれ?」
「前回お話ししたとき、『お花を植えてみる』とおっしゃっていたかと思うのですが」
「……ああ、やっていますね」
一応。私はぼそりと付け足した。
「そうですか。ヨアカシさんの負担にならないようであれば、今後も続けてみてください。今のところ、奥さんも気にされている様子はありませんし」
気にしている様子がないのであれば、やる意味がないではないか。そう思いながら、一方で安心している自分がいる。あれのせいでネムが余計に傷ついたとしたら、いよいよ私には償いようがない。
「ただ、前回お話ししたあの事例は、飽くまで稀有なパターンに過ぎません。少しでも奥さんが拒否反応を示すようであれば、その時はすぐに中止するようにしてください」
「もちろん、わかっています」
わかっている。全部、わかっている。だから、もう何も言わないでくれ。
これ以上現実を突きつけられるのが恐ろしくなり、私は雑な返事と共に立ち上がった。
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