第23話
「今回の件で奥さんが負った傷も、〈REM〉が癒してくれます。息子さんが消えてしまうかもしれないという恐怖を少しずつ緩和し、息子さんの存在が普遍的なものであると、再び認識させてくれます。ただ」
カウンセラーはそこで一拍置いてから、眉尻を下げつつ、こう続けた。
「今のままですと、奥さんの快復には少し時間がかかるかもしれません」
予期していたその言葉は、しかし私の胸を鋭く貫く。
「……まだ、〈REM〉を受け入れる気には、なれそうにありませんか?」
しばしの沈黙ののち、カウンセラーはそう切り出した。
「……ええ」
「ヨアカシさん。以前にもお伝えしましたが、〈REM〉を使用することが、亡くなられた方に対する不義理であると感じている方は、他にもいらっしゃいます。それ自体は何も不思議な感情ではなく、ヨアカシさんが、そのことでご自身を責められる必要はまったくありません」
他にもいる。ただし、社会全体から見ればその割合は相当に小さく、しかも大半を占めるのは老人だ。
こちらを気遣ったカウンセラーの発言を、私は腹の中で勝手に台無しにし、勝手に消沈した。
「〈REM〉を受け入れることが苦痛であるのなら、無理をすることはありません。それでヨアカシさんまで傷ついてしまっては、奥さんのためにもなりませんので。ただ、少しずつ、息子さんのホログラムと顔を合わせる練習をしてみるのも良いと思います。一日一時間、いいえ、もっと短い時間でも」
「妻は、それを望んでいるんですよね?」
「『もう一度、三人で暮らすこと』。お話を伺った限り、それが奥さんの一番の望みであることに、変わりはないようです。そして、それが満たされないことから来る不満感は、残念ながら〈REM〉にも、どうすることもできません。奥さんが〈REM〉の効用を今以上に享受するには、どうしても、この不満感を解消する必要があります」
〈REM〉が用意した救いをネムがきちんと受け取れるよう、手助けをすること。つまり、サヨの贋物を許容し、ままごと染みた生活を始めてしまうこと。それこそ私が取れる最善手なのだ。
きっと、そんな生活をほんの数年も続ければ、ネムは満足し、サヨの死から立ち直り、幻から手を離すことができるだろう。
だが、私にはできない。
サヨが死んだという事実から、一時的にであろうと目を背けることを、己に許すことができない。
私まで忘れてしまったら、サヨは本当に独りぼっちになってしまうから。
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