第22話

 メザマシによれば、〈REM〉の運用が始まる前、このことはいくらか国民の反感を買ったらしい。脳神経に作用し、思考を制御するということと、近しい人物が亡くなったという事実を〈登録者〉の頭から消してしまうということ。この二点に、当時の人々は強い抵抗を覚えたのだ。

 だが、その抵抗感は長くは続かなかった。当時から存在した拡張現実の技術の一部――触覚を刺激し、ホログラムが実在するかのように錯覚させるという、〈REM〉にも利用されているものなど――も、人の脳神経に作用しているという点では〈REM〉と変わらないという意見が広まると、「思考の制御は倫理にもとるのではないか」という問題は、「そもそもこれは倫理的問題として扱うべき事柄なのか」「〈REM〉を否定するのなら、既に普及しきった技術の中にも、同じ理由で排除すべきものがあるのではないか」という、さらに面倒な問題にすり替わっていった。そして、当時の人々は、それを議論するだけの体力も、遺族をその議論に巻き込むだけの非情さも持ち合わせていなかった。

 「結局は、今まさに悲しみに暮れている人々を救うことが先決である」という至極真っ当かつ高潔な意見が世論の大半を占めると、故人の死を忘れさせることの是非を語ることは、品性を疑われかねない行為として認識され始め、反対派の声はますます小さくなった。

 かくして〈REM〉の運用は議会で可決され、その数年後、「焼失の日」の傷を、ひいてはあらゆる遺された者の傷を癒す優しいシステムが、この国に生み落とされたのだった。

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