第20話

 聞き飽きたアラームが、私を現実に連れ戻す。

 懐かしき大学のメインストリートから、横になるにはいささか窮屈なソファへと。

 〈Paraiso〉に格納されている記録は、自身のものに限り閲覧することができる。専用のアプリを起動し、日時を指定して瞼を閉じれば、一時の間、輝かしい過去に舞い戻ることができる。

 ネムのことで自己嫌悪に陥った私は、しばらくぶりにその世話になった。幾らか気分が晴れるだろうと期待したが、訪れたのは安らぎではなく、過去と現在との落差から来る絶望感だけだった。


 心配がいらなかったはずのクレサシの母親は、あれからほどなくして亡くなってしまった。私とメザマシでクレサシを慰めようとしたが、彼は私たちから距離を置くようになり、気づいた時には母親を、ややあって父親までもを〈REM〉に登録していた。卒業以来、私もメザマシも彼には会っておらず、今、どこでどうしているかも知れない。

 メザマシは「国を変えるなら国を知るべきだ」、「〈REM〉に代る救済を国民に提示したい」と言って役所に入職し、今では食い扶持のために大嫌いな〈REM〉に仕えている。

 私は平々凡々な展望を見事に実現した。そこそこな評判の企業に入社し、営業が掴んできた開発案件を相手に、端末の前で朝から晩までうんうん唸っている。この仕事が特別気に入っているというわけではないが、大きな不満もない。リモート作業であるから、他人と顔を合わせる機会が少ないし、私に向いているといえば向いているのだろうとも思う。

 嬉しい誤算もあった。あの日食ってかかってきた少女と奇跡的に仲を深めた私は、彼女と交際を始めた。彼女と心が通っていると実感する度、私の「本当の居場所など、この世のどこにもない」という思いは、優しく溶かされた。

 そして、彼女との間に生まれた子どもは、そのたまらない愛らしさと清浄さで以って、「父親になること」の幸せを私に教えてくれた。このつまらない男の人生に意義があったのだと、本気で思わせてくれた。

 到底届かないだろうと端から諦めていた幸福を授けてくれたネムとサヨは、私にとって世を照らす太陽に等しい存在だ。


 いや、だった、というのが正しい。


 今や太陽は燃え落ち、薄ら寒い夜が続くばかりだ。

 それがこれだけやりきれないのは、ネムという太陽が舞台裏に落ちてしまった原因が、私であるかもしれないからだ。

 リビングの天井をぼうっと眺めながら、私は幸福の残り香を捉えようとする。

 だが、頭を占めるのは、不甲斐なさと諦念ばかりだった。

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