第18話
「……二人とも、卒業後のこととか、考えてるの?」
それは、世の学生たちに忌み嫌われているであろう問いだった。実際、ただでさえ優れない私の気分はますます沈んだ。ただ、卒業が間近というわけではないが、そういう話を始めてもいい時期であることは確かだ。
順当にいけば、どこかのソフト開発企業にでも入社することになるだろう。そうして、私自身とは何の関係もないシステムを組み立てるべく、少しずつ命を削りながら、朝から晩までコードを書いて過ごすことになるのだろう。
そう答えると、「説教を垂れたくてたまらない」という顔でメザマシが口を開く。
「淡白な奴だな、ヨアカシ。まったく、いかにもお前さんらしい、つまらん人生設計だ。そして、言っとくが、お前さんの対人能力じゃあ、そんな平々凡々な人生を築くのすら一苦労だろうよ」
痛いところを突かれ、言葉に詰まる。プログラマになったところで、そういう能力がまったく不要ということはあり得ない。どんな仕事に就いたところで最終的に相手にするのは人間だ。だがそれを言うなら、傍若無人の権化のような、この男はどうなのだ。
「さっきも言ったが、お前にだけは言われたくないな。そういう自分はどうなんだ? 平凡な人生をなじったからには、さぞ素晴らしい展望をお持ちなんだろうな、メザマシ?」
「言うまでもない。俺は、この国を正気に戻してみせるのさ」
メザマシは平然と言ってのける。あまりにも平然としすぎていて、それが道化なのか本気なのか、判然としない。
「その台詞こそ正気とは思えないな。〈REM〉のことを言っているんだろうが、どう正気に戻すんだ? 街頭で廃絶運動でもしてみるか、年寄りたちのように?」
「さあな。だが彼らは、〈REM〉なんて支えがない時代を生きていた。それに、よその国を見てみろよ。死人の残像なんざ、どこも当てにしていない。人間、正しい手順さえ踏めば、喪失から自力で立ち直れるはずなんだ」
「『この国は、正しく傷つくことを放棄した』だろう。何度も聞いたぞ、それ」
とにかく、俺はこの国の連中の目を覚まさせる。青写真さえ持ち合わせないままそう嘯くメザマシに呆れ、クレサシに同意を求めようとしたところで、私は気づいた。彼がメザマシに、何やら尊敬の眼差しらしきものを向けていることに。
「二人とも、すごいな。ちゃんと考えてるんだね、将来のこと」
何を聞いていたのか分からないクレサシの感想に、頭が痛くなる。一応、私やメザマシを参考にしてはならないと忠告したが、彼は「そんなことない」と真顔で首を振る。目を覚ますべきはこの国ではなく私たち三人であると、つくづく思う。
「お前さんはどうするんだ、クレサシ?」
メザマシが訊くと、クレサシは幼さの残る顔を曇らせる。どことなく、耳を垂らした犬を想起してしまう。
「僕は、まだ何も決めてないんだ。母さんのことがあるから、家から離れないように、とは思ってるけど」
クレサシの母親は数年前に脳梗塞を発症しており、現在は公共の在宅医療や介護のサービスを受けながら生活している。父親は既に他界しているため、母親は彼にとって唯一の家族ということになる。
「良くなることはないのか、親御さん」
「一応、良くはなってきてるよ。健康管理システムで経過観察もしてるから、余程のことがない限り心配いらないって言われてる。でも、やっぱり傍にいたいんだ。身の回りの世話なんかは、機械より僕の方が気付けることも多いし」
クレサシは弱々しく笑ってから視線を落とし、こう続けた。
「たまに、すごく情けなくなるんだ。母さんがあんなことになってるのに、将来のこともまともに考えられない自分がさ」
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