第15話

「まず、〈登録者〉のケアが優先視されているのはなぜだ?」

「『まず』か。質問がいくつあるのか想像すると胸が躍るな」

「ほんの二、三だ。悪いが付き合ってくれ。で、どうなんだ?」

「簡単なことだ。〈登録者〉と、お前さんら非〈登録者〉とじゃ、あの光景から受けるショックの度合いが違う。お前さんらが見たのは、拡張現実オーグメント上の幻が燃える様。それも十分衝撃的だろうが、〈登録者〉が見たのはそれだけじゃない。『安らぎを奪われる可能性』も見てしまったんだ」

「……そういうことか」

 死者の残像のひとつが損なわれた。あの事件は、私にとってそれ以上の意味を持たない。だが、ネムたちにとっては、己の身体を支える杖を取り上げられるかのような不安を覚える事件だったということだ。

「ネムに起きていることは、それが原因ってことか?」

「何かしらの症状が出てるなら、十中八九そうだろうな。一時的な分離不安症に陥っている可能性が高い。まあ、俺は医者でも何でもない。詳しいことは病院で聞け」

 まだ何かあるか? 面倒くさそうに言うメザマシに、私は最後の質問を投げた。

「事件の原因について、何か分かったことはないのか? さっき『外部からの攻撃』と言ってたが、もし本当にそうなら、〈Paraiso〉の記録を検めれば――」

「おいおい、〈Paraiso〉の中身を見るってことがどういうことか、分からんわけじゃあないだろう? あそこには、全国民の個人的な記録が眠ってるんだ。俺たち職員も、易々とは閲覧できないさ。第一、まだ攻撃だと決まったわけでもない。そんな段階で、いったい誰の記録を閲覧する? 国中のプライバシーを片っ端から暴くのか?」

 〈Paraiso天国〉という神の台帳に書き留められているのは、丸裸の私たち。あらゆる刺激に対する、私たちの反応と思考の累積。山のように積み重なった、偽りようのない感情。今すぐにでも私たちの代わりを務められるほど、膨大かつ精緻な個人的記録。

 確かに、その用途は限定されていて然るべきだ。

「ということは、本当にまだ何も分かっていないのか?」

 そう食い下がると、メザマシはわざとらしく大きなため息を吐く。

「なあ、ヨアカシ。最初に言ったが、この件でお前さんに伝えられることは、何もないんだ。仮に何か掴めてるとして、ニュースでやっている以上のことは言えないことぐらい分かるだろう」

 分かっている。だがメザマシなら、まだ世間に出ていない情報を耳打ちしてくれるかもしれないと、私はどこかで期待もしていた。

 もうガキじゃない。この間の奴の言葉を思い出した。

「奥さんが心配なんだろうが、それを俺にぶつけても、何にもならんよ」

「……分かってるさ。訊いてみただけだ。悪かったな、仕事終わりに」

 電話を切ろうとしたところで、今度はメザマシの方が尋ねてきた。

「ところでお前さん、何ともないのか?」

「何?」

「俺もログで確認したが、あの子供の燃え方、生身の人間が燃えるのと変わらないほど生々しかった」

「生身の人間が燃えるのを見たことがあるのか、お前?」

「それぐらいリアルで、胸糞悪くなる映像だったってことだ。正直、思い出しただけで吐き気がする。あれを直に見たわりに、お前さん、ずいぶん平気そうだと思ってな」

「まあ、確かに気分は良くなかったが、所詮はホログラムだからな」

 相変わらず冷静クールなことだ。メザマシはそう笑って、通話を切った。

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