第14話

「……なんだ。昼間の件なら、今の段階でお前さんに伝えられることは何もないぞ」

 メザマシから折り返しがあったのは、日付をまたぐ直前だった。その声は気の毒なほど疲れ果てていた。この時間まで後始末に追われていたのだろう。

「俺たちが居合わせたことは、もう知ってるんだな」

「当然だ。お前さんらだけじゃない。『あれ』を見た〈登録者〉はすぐさまリストアップされた」


 〈REM〉に起きたことは、今日の夕方にはニュースで取り上げられた。

 とある女性が蘇らせた少年の幻が、何の前触れもなく炎上した。

 目の前で息子が燃える様を直視してしまった被害者は、重度の心的外傷を負い、精神科救急に運び込まれた。容体は芳しくないようだ。

 厚生省は現場に居合わせた者たち、特に〈登録者〉のケアおよび原因の究明を急いでいる、らしい。あの公園にいた〈登録者〉は、被害者の女性を除けばネムだけだったようだが、大通りに面しているために、それなりの数の通行人が、少年の燃える様を目にしてしまったようだ。

 確かにケアも必要だろう。あの光景は、そう思う程度には凄惨だった。

 自我を持たないはずの少年の幻は、炎の中で驚愕と苦悶の表情を浮かべ、実在しないはずの肉体を襲う苦痛から逃れようと、のた打ち回っていた。母親は息子を包む炎を消そうと必死に身体を叩いていたが、炎は弱まる気配もなく少年を炙り続けた。

 少年の動きが鈍くなる頃、彼の姿が炎と一緒に消えてなくなり、あとには母親が残されるのみとなった。彼女が火傷を負った様子はなく、炎もまた、拡張現実オーグメント上の幻であったのだと分かる。

 少年が消えた後も、女性は半狂乱になって叫び続けていた。


 どこ。

 どこ。

 どこ。


 母親というよりは、むしろ置いていかれた幼子のように。


「被害者本人はもちろん、目撃者もトラウマになりかねんからな。通知が行ってるだろう?」

「ああ」

 メッセージアプリを起動し、役所からの通知を開く。


 ・あなたの配偶者は〈登録者〉である

 ・今回の事件で、あなたの配偶者は心的外傷を負った可能性がある

 ・早急に神経科を有する医療機関を受診させること

 ・精神的不調の自覚があるようならば、あなたも受診すること


 おおむねこのようなことが書かれていた。

「お前さんはともかく、奥さんはかかった方がいいだろうな。お前さんの家、国立の総合病院に近かったろう。明日にでも連れて行ってやれ」

「そのつもりだが、なぁ、訊いてもいいか」

「いいとも。散々マスコミの対応をさせられて、トロくさい〈ARound〉の連中の尻を蹴らされた後は、親愛なるヨアカシ君のお相手ってことだな。何時間でも付き合うぜ、俺たち、友達だからな」

 メザマシの皮肉を聞き流そうとしたが、奴の口から出た単語が気になった。聞いたことのある名だ。

「〈ARound〉って、あの大手SIの?」

「ああ。〈REM〉の設計から保守まで全部委託してる。まったく、不具合だか外部からの攻撃だか知らんが、金に見合った管理はしてもらいたいもんだ。ウチが一体いくら払ってると……いや、話が逸れたな。なんだ、訊きたいことってのは?」

 すっかりお役人になってしまった旧友に苦笑しながら、私は自分が尋ねようとしたことを思い出す。

 リビングの入口を振り返り、ネムが二階の寝室から降りてきていないことを確かめてから、私は恐る恐る口を開いた。

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