第13話

 しばらくすると、ネムはサヨを抱き上げる仕草をしてこちらへ歩いてくる。どうやら満足してくれたらしい。

「よかったね、サヨ。パパと遊んでもらって」

 ちょっとあっちで遊んできて。そう言ってネムはサヨを下ろす。視線をジャングルジムの方へ動かしてから、こちらを振り返る。

「まだ、無理そう?」

「……うん」

「仕方ないよね。うん、無理しないで。パパがその気になったらでいいから」

 私が答えると、ネムは労し気に目を細める。病人に向ける目だ。

 どうやら、彼女の中で私は「息子の死から立ち直れない父親」ということになっているらしい。サヨの幻を受け入れられないのは、本物のサヨを愛しすぎているためだとでも解釈されているのだろう。

 幻を受け入れられない理由は、それほど間違いではない。だが、それ以上に間違いないのは、サヨの死から立ち直れないのは、むしろネムの方であるということだ。


 だが、それを突きつけるわけにはいかない。

 サヨが死んだということを、強く意識させてはならない。

 〈登録者〉という、脆く不可解な存在と接触する際の。

 それがルール。

 それが第一原則。


「もしサヨと会えるようになったら、いっぱい抱っこしてあげてね。あの子、平気な顔してるけど、やっぱり、ちょっと寂しそうだから」

 胸にチクリと痛みが走る。

 いくら馬鹿げていると己に言い聞かせても、作り物に対する罪悪感を無視することはできなかった。

「……サヨは、俺のこと、何か言っているかい?」

「普段は、あんまりパパの話はしないかな。ほら、あの子、そんなによく喋る子じゃないでしょう。でも、三人でリビングにいるときなんか、たまにパパの手を触ったりしてるよ。またパパに甘えたいんだよ、あの子」

 ネムの言葉を聞いた瞬間、私の手に懐かしい感覚が蘇った。

 柔らかく、温かい、小さな手の感触。

 強く握れば壊れてしまいそうな、愛おしい、サヨの手の記憶。

「もう、五年になるね」

 ネムは、ぽつりと呟く。

「そろそろさ、また三人で暮らしたいよね」

 サヨの手の感触が蘇った手が、じんわりと汗ばむ。

「パパだって、サヨに会いたいんでしょう?」


 やめてくれ。


 耐え切れずにそう叫びそうになるのとほぼ同時に、女性の悲鳴が公園に響いた。

 反射的に、声のした方へ顔を向ける。

 悲鳴の主は、砂場の女性らしかった。


 彼女の目の前で、子供の幻が、炎に包まれていた。

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