第10話
「あの日、私も中心街にいました」
「そうなんですか」
「ええ。昼間だったんですがね、立ち上った煙で、空が夜みたいに真っ暗で」
「私も映像でなら見たことがあります。空まで届くような火柱が、何本も」
「焼失の日」が近づくと、毎年、特集番組が放送される。私が見たのは、そこで流されているヘリから撮影された映像だった。キャスターの切迫した音声とともに、炎を纏った竜巻がビル群を荒らしまわる光景が収められていた。
恐ろしいとは感じたが、当然安全圏からの撮影だったため、そこでどれだけの命がどのように燃え落ちていったのかは分からなかった。だから、例えばこうして被災者から話を聞いても、私に想像できる地獄は、実物よりもいくらか生易しいに違いないと思っている。
「ビルの密集地で起こるそうですな、ああいうことは。あまりにも火災の拡大が早すぎて、避難誘導が遅れたこともあり、結局、あの火事で何千人も亡くなった」
ヒマワシ氏は痛々し気に目を細め、目元に刻まれた皺を深くする。そこに焼き付いた地獄は、相変わらず私には知覚できない。
経験者は話を続ける。
「誰も彼もが消沈した。途方もない喪失感だった。愛した人が、愛着のあった街の景色が、消えてなくなってしまったのですから。私の近しい人は幸い犠牲にならずに済んだが、それでも堪えました。叶うなら、あんなことになる前に戻りたいと思った。けれど、私は、私たちは働いた。うずくまっていてはいけないと。私など、あの頃はまだ花屋の一店員でしたが、それでもせめてこの街を癒せたらと」
「素晴らしいことです」
「そう思っていました。しかし、どうですかね。今思えば、あれは街のためというより、私自身のためだったのかもしれません。忙しく動き回っていれば、私自身の喪失感から目を背けることができた」
「だとしても、あなたが街を癒したのはきっと事実だ。皆、花が必要だったはずです。もう言葉も交わせぬ人たちに関わる手段なんて、墓前に何か備えてやるぐらいしかないのですから」
少なからずサヨのことを考えながら、私はそう口にした。
そして、口にしてから気づいた。それは〈REM〉に縋らずに生きている私だから言えることなのだと。
「私もそう思っていましたよ。そう思っていたからこの場所に店を構えて、馬鹿みたいに花を仕入れては売った。『焼失の日』は、こう言っては何ですが書き入れ時でした。毎年この時期になると、多くの方がお供えの花を買いにいらした。だから、仕入れては売った。仕入れては売った。仕入れては売って……やがて気づいたのです。どうも人々は、花を必要としなくなったらしいと」
「〈REM〉ですか」
ヒマワシ氏は小さく息を吐き、ええ、と返事をした。
「墓への供え物は少しずつ必要とされなくなりました。個人の記録などほとんど蓄積されていなかったせいで、当時の〈REM〉は今とは比較にならないほど不完全でしたが、それでも皆、何も語らない墓石よりも返事をくれる幻を愛したのです。たとえそれが機械的で、不完全でも。私のような外野からすれば不思議なものですが」
「あなたも〈REM〉には抵抗を感じますか」
「いやいや」
ヒマワシ氏は自らのしかめ面に気づいたように、ぱっと笑顔を浮かべて言う。
「中には〈REM〉をひどい冒涜だと感じて、”墓荒らし”だとか”悪魔の手招き”だとか呼ぶ方もいますが、私は別に構わないと思う。結果が重要なのです。喪失に足を取られていた人々が、それを振り払って動き出すことができたという結果が。この街が再興され、生き残った人たちがまた穏やかな営みの中に帰って来られたことが、私は嬉しい」
それは「抵抗を感じるか」という問いへの答えではないような気もしたが、追及はしないでおいた。この老紳士を困らせるのは、どうも気が引ける。
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