第9話

 約四十年前のこと。私が生まれるよりも、さらに少し前のこと。この街は一度、地獄を見たらしい。

 かつて中心街には、遺体の火葬場が存在した。〈Flower Farewell〉というその施設は、「花に囲まれた別れ」をコンセプトとしていたという話だ。「彼岸と此岸との橋渡し」。そう形容される葬儀の演出は慎ましさとは無縁だったようだが、故人とのロマンチックな別れを必要とする遺族というのはそれなりに多いようで、なかなかに繁盛していたと聞く。

 その〈Flower Farewell〉が、炎に包まれた。

 火葬場は遺体を焼くための燃料をたっぷりと溜め込んでいる。燃料の眠る貯蓄槽に到達した炎は瞬く間に〈Flower Farewell〉を、そこに収容されていた遺体やら生花やらごと焼いてしまった。

 火葬場の全焼。それで終わっていれば、その日が「焼失の日」なんて名付けられることはなかっただろうし、〈REM〉というシステムが生み出されることもなかっただろう。

 火葬場を焼いた炎は、勢いを弱めることなく隣接する施設へとその手を伸ばした。季節が冬であったうえ、当時の中心街のビルの配置が、延焼を手助けするのにうってつけのビル風を発生させたためだと言われている。続々と流れ込む渇いた空気を思う様取り込んで、火葬場を焼いた炎は、終に絶望的な大きさの火災旋風へと成長した。

 そうして街を、人を飲み込んでいった。

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