第5話

 〈REM〉を嘲笑うためとなったらあれだけの行動力を発揮した男が、今では〈REM〉の世話係というのは、やはり解せない。完全に改心したというのならまだ納得できるが、奴は今も皮肉屋のままで、根性が曲がったままで、〈REM〉を嫌悪したままなのだ。

「なぜ〈REM〉に奉仕して平気なんだ。あれだけの意志があったお前が――」


「なあ、ヨアカシ。懐かしいよな。あれから何年経つ?」


 私の言葉を遮り、メザマシはそう口にした。きっぱりとした口調とは裏腹に、その顔には似合いもしない穏やかな笑みが張り付いていた。

 その笑みに得も言われぬ不気味さを覚えながら、私は答える。

「まだ十九だったから、十五年ぐらいか」

 そう、もうそんなに経つのだ。

「あの頃の俺たちときたら、気楽なもんだったよな。生きるとか、死ぬとか、まじめに考えてる振りをして」

「そうだな、お前はいつも悟ったような話をしたがった。俺もクレサシも、それに付き合わされっぱなしだった」

 それが、今では妙に懐かしい。わざわざ言葉にするのも無粋な気がして、私はそれを飲みこんだ。

「『〈REM〉はまやかしだ。毒だ。死者への冒涜だ。生者の身勝手だ。あれに縋らざるを得ないのは、意志薄弱の証だ』。そうやって大人たちをなじった。楽しかったよ。そういうことを口にするたび、何とも言えない全能感を得られた。世界は馬鹿で溢れていて、俺たちだけが正気なんだってな。そのくせ、住む場所も食う物も、親から、まさに俺が嘲笑った大人から与えられてた。今思うと滑稽なもんだ」

「ガキってのはそういうもんだろう。おい、何の話だ?」

「自力で生きるってのは、やりたいことをやるってのは、思ったより難しいもんだって話だ。いざ大人になってみるとな」

 それが、私の問いに対する答えらしかった。

「役所勤めってのはな、潰しのきく仕事じゃない。若けりゃここから飛び出すことも考えるだろうが、気づけば三十代も半ばだ」

「今更身動きも取れない、か?」

「お前さんだってそうだろう。若けりゃ面倒ごとからも逃れられるだろうが――」

「ネムを、お前の仕事と一緒にするな」

 語気が強くなったのが、自分でもわかった。じんわりと顔が熱くなる。

 こいつが無神経だというのはわかりきったことだ。それを承知で、私はこいつとの付き合いを続けている。それでも、踏みこまれることを許せない領域というものはある。

 私にとって、天から垂らされた蜘蛛の糸。それに軽々しく指を掛けられるのを、黙って見過ごすことはできない。

 当のメザマシは特段顔色も変えず、じりじりと燃える煙草の先を黙って見つめている。

「不満がないとは言わん。だがな、俺は完全に納得してネムと一緒にいる。齢は関係ない」

「もし彼女が蘇らせたのが、息子じゃなくてもか?」

「どういう意味だ?」

「つまり、彼女が〈REM〉に登録したのが血を分けた息子じゃなく、例えば彼女方の身内だったとして、それでもお前さんはこの面倒に耐えられたか? 彼女を支えようとしたか? 『妙な女だ』と逃げ出さなかったか?」

「いい加減にしろ。今はお前の仕事の話だろう。すり替えるんじゃない」

「すり替えちゃいないさ。俺もお前さんも同じなんだよ。生きるってのは『縛られる』ってことだ。潰しのきかん仕事も、血を分けた家族への愛着も、俺たちを少しずつ縛り上げ、身動きができんようにしてるって点では同じだ。目に見えないほど細く、驚くほど頑強。まるで獲物を搦め捕る蜘蛛の糸だな」

 とにかく、いつまでもガキのままじゃいられないってことだ。お互いにな。そこまで言うと、メザマシは煙草を灰皿に押し付け、もう冷め始めているであろうアメリカンをちびりと口に含んだ。

「お待たせしました」

 店員が巨大なプリンパフェをメザマシの前に置いた。見ただけで胸やけのするそれを、メザマシは無表情のままつつき始めた。

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