第4話
あの時、大学で〈REM〉に関するセミナーが開かれると語るメザマシの顔には、憤りではなく意地の悪い嘲笑が浮かんでいた。
「こういう機会を待ち望んでたんだ。恥知らずに恥を教え込ませる機会をな」
セミナーまでの一か月間、メザマシは講義にもろくに出席せずせっせと下準備に励んだ。もちろん、講師を貶めるための下準備だ。
はじめのうち、受講者が受信する講師のステイタスを改ざんし、卑猥な言葉を並べ立てるという案を私とクレサシに嬉々として語っていたが、公共の通信にアクセスするのは困難である上、流石に足がつくとごく当然な判断をして取りやめた。いっそその案を実行に移して臭い飯を食う羽目になればいいのだと、当時の私は思った。
結局メザマシが採用したのは、講演に使用する端末とプロジェクタとの無線通信に割り込むという方法だった。端末もプロジェクタも大学が用意していたため、比較的細工がしやすかったらしい。
私とクレサシは投影する映像の作成やら講師に関する情報収集やらを手伝わされた。時には奴がどこからか仕入れてきた講師の住所を渡され、尾行までさせられた。報酬は一週間分の夕食代。リスクを考えれば、割のいいアルバイトとは言えなかった。
それでも、講師が歓楽街に足を踏み入れるのを見た時は少なからず高揚した。〈Paraiso〉にも記録されない、本物のプライベートというものに触れる機会はそう多くない。
神の目を盗み、およそ妻とは思えない年齢の女性を伴って休憩所に入る講師。
その姿を、私とクレサシのカメラだけが記録するということに、私は愚かしい快感を覚えた。
セミナーはというと、メザマシの思惑どおり崩壊した。〈REM〉がいかに人々の心を癒しているかについて、神父のように柔和な表情で語っていたはずの講師は、受講者のざわめきの中、何が起きているか理解できていない様子で立ち尽くしていた。私たちはその一部始終を、講堂の窓の外からこそこそ観察していた。
「『〈Paraiso〉へのデータ送信はできるだけ切らないようにしてください。生前に蓄積されたデータが多量かつ多様であるほど、〈REM〉の作り出す人格はより鮮明になり、あなた方の死を悼む人は救われるのです』」
メザマシは直前の講師の言葉をにやけ顔で反芻し、こう続けたのだった。
「喜ばしいことだな。これで奴の幻のリアクションパターンに幅ができた。『公衆の面前で恥をかいた時の反応』なんて、ああいう連中にとっちゃなかなか貴重なはずだ」
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