第3話

 拡張現実オーグメント上に故人を疑似的に蘇らせるシステムが国によって運用され始めてから、かれこれ四十年。拒否反応を示すのはそれ以前の時代をよく知っている老人だけのはずだが、例外もいる。目の前の男もその一人だ。

「あんなもの、頼らなくて済むならそれが一番いいんだ」

「頼らなくてはならない人間もいるさ」

「それは身内次第だ。つまり、お前さんがどう支えるか次第だ」

「お前の考えだろう、それは」

「そうだ。お前さんよりは〈REM〉に詳しい俺の考えだ」

「俺よりは〈REM〉に詳しいだろうが、身内を亡くしたことはないお前の考えだ」

 沈黙。

 つい頭に血が昇ってしまった。今日はまじめな話などするつもりはなかったのに。ただ少しばかり世間話をして、日頃のささやかな鬱憤を晴らすだけのはずだったのに。

 相も変わらず〈REM〉に縋りついたままの妻に私が苛ついていたせいで、そしてどういうわけだかメザマシの顔が少しずつ深刻そうになっていったせいで、私たちは店員がコーヒーを運んでくるのを黙って待つ羽目になった。

 まもなく、コーヒーがテーブルに置かれた。店員は私たちの沈黙に身体を固くする様子もなく、「あと何時間、せっせとコーヒーを運ばなければならないのだ」と言いたげな、気だるげな顔をしている。

 パフェの方はもう少々お待ちください。店員はメザマシの方を見ながら言った。奴が鬱陶しそうに、うめき声のような返事をすると、店員はわずかに顔をしかめ、早足でカウンターの方へ戻っていった。

 目の前に置かれたカップに手をつけようとせず、メザマシは次の煙草をくわえ、ライターを擦る。見るからに安物のそれはオイルが切れかけているのか、なかなか煙草に火を点けようとしない。

「……それで、お前の方はどうだ」

「俺か? 俺の、なんだ?」

「仕事だ。まだ異動はないのか」

「さあな。俺の知ったことじゃない。お偉方が勝手に決めるんだ、そういうことは」

「変えようとは思わないのか、仕事」

 かねてから抱いていた疑問だった。

 私は十代の頃からメザマシを見てきた。出会った頃からこの男は、ひねくれていて、いつでもどこか芝居がかっていて、頑固だった。およそ人付き合いには向いていない性質で、私自身、不愉快な想いをさせられた例は枚挙に暇がない。

 それでもこの男との縁が今日まで切れずにいたのは、私の方も人付き合いが得意でなく、奴が私にとって貴重な友人の一人であったからでもあるが、それだけではない。

 メザマシは持ち前の人格的欠陥ゆえに、信頼できる男でもあった。こいつは絶対に言いたくないことを言わなかった。したくないことをしなかった。少なくともそう見えた。その傍若無人ぶりはますます他人を遠ざけたが、そんなメザマシという男との関係に、私は不思議な安心を覚えていた。

 そのメザマシが、忌み嫌っているはずの〈REM〉に関わる業務を任されて、反発するそぶりも見せず従順に勤め続けているというのは、なんとも不可解だった。

 メザマシは返事をせずにライターをかちかちやっている。ようやく煙草に火が点くと、少し長めに吸って、言葉と共にぼわりと煙を吐き出した。

「いずれ、異動はある。それまでの辛抱さ」

「だが、お前の方こそもう五、六年になるだろう。役所でそれだけ同じ部署に留まるってのはどうなんだ。長すぎるんじゃないか?」

「そうかもしれんな」

「正直、お前らしくない。憶えてるだろう、学生の頃、講演会で俺たちがしでかしたことを」

「忘れるわけないだろう。あれは俺が言い出したんだ」

 メザマシは栄光を誇るように得意げに笑う。あの恥ずべき事件を、現に私やクレサシが恥じているあの事件を、メザマシだけは未だに正しき行いと信じているらしかった。

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