メザマシ
第2話
「よう、まだ生きてたか」
メザマシは私の顔を見るなり、品のない笑みを浮かべて言った。学生生活の終わり、役所に勤めることにしたと聞いたときには、とうとうこいつもまともな神経を持ち合わせるようになったかと、友人として安心したものだったが、どうもそれは早合点だったらしい。
あの頃と少しも変わらない性根の曲がりっぷりに、私は会うたび関心する。同時に、こんな男に仕事を任せるこの街が心底心配になる。
「心配なんて今更だな。この街が、この国がイカれてるのなんざ、ガキの頃からわかってたことじゃないか」
私の嘆息を意に介さずににやけたまま、メザマシは灰皿を引き寄せ、煙草に火をつける。
「〈REM〉のことなら、イカれてると騒いでたのはお前だけだろう。クレサシのやつはともかく、俺は同調した覚えはないぞ」
「つまり、俺だけに先見の明があったわけだ。お前さんは今になってようやく〈REM〉の異常性に気づいて、あのアホは気づくどころか飲みこまれちまったわけだからな」
得意げに煙を吐き出す悪友に、勝手に言っていろと返してメニューを開く。今時
「おい、
メザマシの言葉に黙って従うことにする。こめかみを少し強く押し込むと、メザマシの頭上に投影されていた彼のステイタスやら、視界の右端に表示されていた今日の降水確率やらニュース速報やらが消える。
「こんな街中にこれだけボロい店があるってことが、どういうことだかわかるか」
はじめて連れてこられたとき、ずいぶんボロい店だとぼやいた私に、メザマシは言った。
「旨いコーヒーを出してるってことか?」
「違う」
きっぱりと首を振るメザマシに苦笑すると、こいつは度々そうするように顔を近づけ、もったいつけて言ったのだった。
「『焼失の日』を生き延びたってことだ。それがどれだけの奇跡なのか、どいつもこいつも忘れてやがる。店主までもがな」
「お前、クレサシとは会うか?」
ともに青春をドブに捨てた友人の名を出すと、メザマシはあからさまに眉を顰めた。
「俺が? お前さんはともかく、俺が会うわきゃないだろう。あんな軟弱者」
「ひどい言い様だ。お前のたった一人の理解者だったじゃないか」
「理解者だと。お前さんだってわかってるだろうが。あの小心者は、ただ居場所を失いたくなかっただけだ」
「奇特なことじゃないか。俺やお前の隣なんて、普通は金を積まれても願い下げだ」
「あいつの話はいい。どうなんだ。奥さんは」
私の軽口を受け流し、メザマシはそう切り出した。直後にやって来た間の悪い店員に、私はブレンドを、メザマシは不機嫌そうにアメリカンとプリンパフェを注文した。
無表情のままテーブルを去る店員を見送ってから、私は答える。
「どう? 相変わらずだよ」
メザマシは呆れたというように上を向き、黄ばんだ天井へ向けて煙を吐き出した。
「まだ〈REM〉に頼りきりか。もう五、六年は経つだろうが」
「丸五年だな。別に異常なことじゃない。〈登録者〉が故人の死を乗り越えるのには、大抵それ以上の時間が要ると医者も言っていた」
「お前さん、それを真に受けるのか。やかましくて面倒な患者や家族を黙らせるためなら奴ら、そのぐらいの嘘は平気で吐くぞ」
「どうして嘘だと言える? 街中には未だに『焼失の日』の死者が佇んでいる。四十年前の死者の幻を、未だに心の支えにしている者がいる証拠だ」
「ああいうのは大抵、文字どおりの亡者の類だ。〈登録者〉はとっくに立ち直ってるにも拘らず、故人を消してしまうのが忍びないからと、ずるずると残してしまう。あるいは単に消し忘れているかだ。そういう事例は少なくない。〈登録者〉にさえ忘れられ、かといって役所の方で勝手に消すわけにもいかず、結果的に街を彷徨うしかなくなった哀れな連中さ」
「さすが、詳しいじゃないか」
私の皮肉に、メザマシはふん、と鼻を鳴らす。
「相も変わらず〈REM〉の管理業務か? それだけ〈REM〉を毛嫌いしてるお前が。まったく、気の毒なことだな」
「いいか。俺はな、お前さんや奥さんのことを想って言ってやってるんだ。あんなものに頼るような不自然を長く続けると、そのうち取って食われるぞ」
「取って食われる?」
「昔から言って聞かせてるだろうが。俺のような人間や年寄りどもが、あのシステムを何と呼んでるか」
"墓荒らし"。もしくは"悪魔の手招き"。〈REM〉が一部の人間からそう揶揄されているのは事実だ。
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