第2話

「神楽、お客さん来てるぞ」


 穏やかな目をした弓道部員、夏代翔に呼ばれて、文庫本に栞を挟んだ私は静かに席を立った。

 今日の十二時…一番に姉に祝ってもらってから、某メッセージアプリの「おめでとう」通知が鳴り止まず。学校に着いてからも、クラスメイトや部活の後輩から沢山お菓子を貰って…。

 十八年で一番幸せな誕生日だ。…トークルームの一番上に固定された『彼』が、今日何も音沙汰無い事を除けば。


(魁斗…)


 夜桜魁斗。この桜楼学園の生徒会長であり、春までは弓道部の主将も務めていた私の恋人。確かにまだ生徒会の引継ぎも終わっていないし、忙しいのは分かるけど…。…なんて、多忙であろう彼を責めてしまう私は、いつもより我が儘なのかもしれない。

 悶々としながら教室を出ると、そこで待っていた黒髪の少女が「あ、雅音ちゃん!」と顔を輝かせた。

「紫織!久しぶりやなあ、会えて嬉しいで!」 

「うん!雅音ちゃん、誕生日おめでとう。『夜桜家から』って、お母さんがガトーショコラ焼いてくれたんだよ」

 はいどうぞ、と渡された白い箱に目を移せば、側面には確かに夜桜家の母が経営するチョコレート専門店のロゴ。

 …そういえば、魁斗の好物もガトーショコラだったな、なんて小さな笑みが口をついて零れた。後で魁斗と一緒に食べようかな…ってそんな事より。

「なあなあ紫織、今日って魁斗来とる?」

「お兄ちゃん?…『射場行きたいから』って早く学校行ったけど、ちゃんと来てるみたいだよ。どうかした?」

「…ううん、何でもあらへん。今日まだ会ってないんよ」

「そっか」

 おおきにな、と元来た道を辿る紫織を見送れば、ふう、と無意識に零れる重い溜め息。

 …来てるんだったら、何か言ってくれれば良いのに。紫織や夜桜家のお母さん祝ってもらって、幸せなはずなのに…。

「……」

 箱の取っ手を握る手に力が込もって、掌がギリッと音を立てる。


 …ねえ、会いたい。会いたいよ…魁斗。

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