#神楽雅音誕生祭

槻坂凪桜

第1話

「雅音、今日で18歳やね。おめでとうさんなあ」


 机上のデジタル時計が『00:00』を示した直後、ベッドに寝転がって携帯を弄っていた姉が、ふとこちらを振り向いておもむろに言葉を発した。

 弾かれたようにカレンダーを見れば、そこに書いてある日付は9月14日…ああそうか、今日は私の誕生日か。

「おおきに。…ところで千歳はん、いつまでここ…」

「『姉さん」やて、いつも言うてはるやないの。雅音が京都におらんでも、うちはちゃんと雅音の実姉どす。…大切な妹が一人で18歳を迎えるなんて、うちには到底耐えられへんもの。それに…うちは明日の夜の新幹線で京都に帰るつもりどす」

 愁い気に零される吐息と、はんなりと紡がれる美しい京都弁。…流石、神楽家の当主だ。最後まで家に反抗し続けた私と違って、こんな時でも落ち着きを乱さず「京美人」でいるのだから。

「…お父様が、雅音を心配しておりんした。次期当主はうちに決まりんしたけど、あの人も結局は一人の父親のようどす」

「…うちは絶対に戻ったりせんで。もううちには関係の無い事や。誰が何と言うても、うちは絶対に剣道を辞めたりせん」

「…そう言うと思いんした。そんな妹に、姉からのプレゼントどす」

 ベッドを下りた姉は、部屋の隅に置かれた鞄を開くと、おもむろに細長い箱を私に差し出した。見覚えのあるロゴに小さく息を呑めば、姉は「良かった…」と雅やかに微笑む。

「まだ雅音が京都にいた頃…うち達姉妹が行きつけだった簪店の新作どす。雅音の為に、と店主がオーダーメイドで作ってくださいんした。…離れていても、雅音はうちの大切な妹どす。もう舞わへん言うてはるのも知っとる、さかい…無理強いはせんけど、せめてこれだけでも受け取って欲しいおす」

 箱のふたを開けると、そこに鎮座していたのは…金箔と螺鈿をふんだんに使った絢爛豪華な簪。神楽を舞う姉が使うものと同じように金の鞠をあしらったそれは、神楽家を思い出すようで嫌で、でもどこか懐かしく感じられて…。

「…ん、おーきに」

「…家に戻るのは嫌と思いんす、けど…うちはいつだって、雅音の味方どす。…大好き、どすえ…雅音」


 ふわりと微笑んだ儚い京美人は、記憶に残る姿よりも…ずっとずっと、大人びていたように見えた。

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